法悦 
《2》















都ところが、そんな手塚の内心とは裏腹に、次の日から不二が手塚を無視するようになった。
今まではプライベートでは勿論の事、手塚の一番の友人は不二で、部活でも学校の中でもしきりに不二が手塚の所にやってきてはにこにこと話しかけてきたものだった。
が、次の日から一切不二は手塚に近寄らなくなった。
意識して近寄らないと言うのではなく、手塚のことなど興味も関心もないので、どうでもいいという感じの無視の仕方である。
自分から話しかけることなどできない手塚は、面食らった。
不二が昨日の手塚の言動に対して、何らかのリアクションをしてくると思っていたからだ。
それなのに、部活でも不二はにこにこと菊丸や河村と話をして、楽しそうに部活をし、さっさと帰ってしまう。
一日だけならばまだしも、それが二日三日、一週間となると、さすがに手塚には堪えた。
そんな手塚の様子を見て、桃城や大石が気遣うように自分を見てくるのが、また耐え難かった。
大石と言えば--------。
手塚が大石とセックスをした後、不二が大石に、自分と手塚の関係をばらしたらしく、その後一日大石は落ち込んでいた。
それでも、もう手塚に自分の気持ちを伝えてふっきれたのか、大石は落ち込みから回復した後は、手塚を何かと気遣ってくれた。
きっと大石自身も、手塚と不二の関係が不自然だと思っているに違いない。
が、当の手塚が不二と上手く行っているなら、と諦めているようだった。
「なぁ、手塚……」
手塚が不二に無視されるようになってから一週間程経った頃。
部室で大石と二人きりになった時に、大石が口ごもりながら手塚に尋ねてきた。
「なぁ、手塚、………不二と何かあったのか?」
大石が心の底から心配している、というような口調で話しかけてくる。
「い、いや、別に………」
大石の優しさが身に沁みて、手塚は唇を噛んだ。
「そうか? ならいいんだけど……」
そこまで言って大石は一旦言葉を切って、それから思い切ったように言ってきた。
「な、手塚、俺さ……こういう事言うのもなんだけど、……不二とは別れた方がいいと思うよ? なんか不二って、おまえのこと、好きなんだかどうなんだか俺には分からない。おまえをただ利用して、遊んでいるようにしかみえないよ……」
言いにくそうに言葉を切りながら、それでも手塚をしっかりと見据えて言ってきた。
手塚は俯いた。
自分でもその通りだと思った。
しかし、それを他人に言われると、自分でそう思っているくせにそうじゃないんだと思いこみたくなる自分がいた。
「……済まないな、大石………おまえにまでいろいろと酷いことをして……」
「いや、俺はいいけどさ……」
大石がおずおずと手塚の髪に触れてきた。
慈しむように髪を撫でられて、手塚は堪えきれず涙が滲んできた。
好きでもないのに大石を誘惑して、彼の純情を踏みにじったというのに。
大石はそんな俺を許してくれて、それどころか、俺の事を本当に心配してくれている。
手塚は、大石の胸に涙で汚れた頬を埋めた。
大石を好きになれたら良かったのに……………。
「手塚……」
大石がそっと手塚の肩を抱いてきた。
















----------バタン。
その時、突然部室のドアが開いた。
びくっとしてドアの方を向いた手塚と大石の目に、不二の姿が飛び込んできた。
「不二…………」
まずいところを見られた。
瞬時心臓がきゅっと縮む。
不二が怒る様子が目に浮かぶようだった。
表情を強張らせて不二を見る。
しかし、不二は、手塚と大石が抱き合っていたのを見ていながら、全くそれを無視した。
手塚の方を見ようともせず、大石の方にだけにっこりと笑い掛けて話しかけてきた。
「大石、ここにいたんだ? エージが待ってるよ?」
「あ、ああ、行くよ」
大石も表情を強張らせ、脅えた様子だった。
口籠もりながらそう答えて、手塚を気にしながら大石が出ていく。
「ふ、不二………」
手塚はこわごわ不二に話しかけた。
が、不二は全く手塚の方を見ず、答えようともせず、ロッカーの前で着替えを始めた。
あくまで自分を無視しようとするその態度にかっとなって、手塚は立ち上がると不二の腕を掴んだ。
「……不二!」
着替えをしていた不二が、手を止めて、すうっと手塚の方を向いてきた。
「あ…………」
氷のように冷たい視線に、手塚は背筋がぞっとした。
「………何?」
感情の籠もっていない低い声。
「あ………お、俺は…………」
かっと熱くなっていた心が瞬時に冷えて、手塚は不二の手を掴んだまま立ちすくんだ。
「……触らないでよね……」
知らない人間に言うような素っ気ない様子で言われ、ぱしっと手を振り払われる。
それから不二は、手塚のことなど忘れたかのようにさっさと着替えを再開した。
学ランを着ると、手塚の方など全く見ようとせずに、さっさと部室を出ていってしまう。
不二にそこまで無視されるとはさすがに思っていなかっただけに、手塚は呆然とした。
そんなに俺は、不二の気に触るような事をしてしまったのだろうか?
それとも、もう不二は俺の事を見捨てたのだろうか。
俺なんて、……不二の言う事を聞かない俺なんて、不二にとって全く用のない存在なのだろうか。
…………もう、俺は用済みなのか。
そう思うと足下が崩れ落ちるような、そんな恐怖感が手塚を襲った。
手塚は身体をぶるぶると震わせた。
-------不二に、見向きもされなくなった。
もう不二にとって、俺はいらない人間なんだ。
二度と話しかけてもらえない。
これからもずっと無視されて、そのままなんだろうか。





















強気な手塚だったけどこの辺で限界かな?