狼疾-rou-shitu- 
《1》















終業のベルが校舎内に響きわたり、途端にがやがやと教室内が賑やかになる。
がたがたと椅子を蹴って立ち上がり、そそくさと荷物をまとめる者。
隣の席の友人と話をする者。
教室の後ろに設置してあるロッカーで荷物の整理を始める者。
午後の日差しがカーテン越しに柔らかく教室に降り注ぎ、生徒達のざわめきや、黒板を消す音、椅子や机を動かす音などが響く教室に、桃城はぽつんと教室の一番後ろの椅子に座り、ぼんやりと頬杖をついていた。
「よ、帰んないのか?」
クラスメイトの一人が、ぽん、と桃城の肩を叩いてきた。
「あ、ああ……帰るけどよ…」
「つか、桃城、部活だろ?」
「……まぁな」
「おいおい、どうしたよ?」
いつもなら授業が終われば水を得た魚のように元気になる桃城が、ここ数日、すっかり元気を失ってぐったりしている様子なのに、クラスメイトが気付かないはずがない。
「なんか、やな事でもあったのかよ?」
「……別に……」
クラスメイトにいちいち詮索されるのも煩わしく、桃城はなんでもない、というふうに手を振りながら立ち上がった。
机の上のものを乱暴にスポーツバッグに詰め込むと、それを肩に担いで教室を出る。
足取りも重くのろのろと歩きながら、桃城はだるそうに欠伸をした。
ここの所桃城は、夜眠れなかった。
夜遅くまで無理矢理テレビを見たり、ゲームをしたりして起きていて、なんとか眠くなったような感じがするとベッドに入ってはみるものの、暗闇の中で目を瞑ると、どうしても彼のことを考えてしまう。
氷帝学園の跡部景吾。
「……………」
その夜も12時過ぎてからようやくベッドに入って、案の定眠れなくて、桃城はベッドの中で何度も寝返りを打ちながら溜め息を吐いた。
この間公園で、桃城は無理矢理跡部を抱いた。
いや、抱いたというようなものではない。
------強姦だ。
激情の赴くままに彼を蹂躙して、それから…………
胸がきゅっと痛んだ。
あれから跡部はどうしただろうか。
あの公園に、蹂躙した格好のままで打ち捨ててきてしまった。
あれから帰ったのだろうか。
よろよろと立ち上がって、敗れた服や傷付いた身体を庇いながら。
あんな酷いことをした俺を憎んでいるだろうか。
いや、あの跡部のことだ。
つまらない人間の事など………俺のことなど、頭の中から追い出しているかも知れない。
「跡部さん………」
胸がナイフで切り裂かれたように、ずきずきと痛む。
彼の気持ちが分からなかった。
あの時-------自分が好きだ、と告白した時、あんな酷い事をしたのに彼は怒らなかった。
灰青色の綺麗な瞳を潤ませ、視線を彷徨わせて泣き出しそうに顔を歪めて、美しかった。
--------ズキン。
また胸にナイフが突き刺さる。
桃城は両手で頭を抱えた。
会いたい。
会ってもう一度。
(………………)
いや、会ってどうする。
今更会っても、どうしようもない。
この間あんな酷い事------強姦をしてしまったんだ。
会ったとしたって、普通に話の出来るような自分じゃない。
ああいうふうに無理矢理でしか、俺は彼に近づけない。
ああいう手段でしか、彼を手に入れられないんだ。
桃城は、唇を血の出るほど噛み締めた。
俺なんかじゃあの人の相手にはならない。
なぜなら、彼は自分には釣り合わない相手だからだ。
氷帝学園の200人の部員を纏める部長で、うちの手塚部長に匹敵する実力の持ち主。
誰もが跡部に憧れるし、相手にしてもらいたいと思うに違いない。
--------あきらめろ。
桃城は自分に言い聞かせた。
………いいじゃないか。
彼を抱くことまでできたんだ。
それに自分の気持ちは言った。
だから、いいじゃないか。
もう、いい加減にあきらめろ。
彼は俺には過ぎた人だ。
俺なんかが近づけるような人じゃないんだ。
でも、会いたい。
会って………………
考えないようにすればするほど、脳裏に、抱いたときの跡部が甦ってくる。
掠れた喘ぎ。
弱々しく首を振る仕草。
震える肩。
間近で見れば見るほど美しい、灰青色の瞳。
半開きの唇。
「……………」
桃城は溜め息を吐いた。
胸にナイフが何度も突き立てられていく。
--------苦しい。
布団をかぶって桃城は枕に自分の顔を押しつけて嗚咽を漏らした。



















「桃城、ちょっと用事を頼まれてくれないか?」
数日後の部活の時間の事。
レギュラー落ちをしていた桃城がコートで球拾いをしていると、つかつかと手塚が近付いてきた。
「なんスか?」
呼ばれて手塚の後について、部室まで行く。
部室に入ると、手塚が奥のロッカーの鍵を開けて、中から大きな封筒を取り出した。
封筒は青春学園の名前の入った公用のもので、中にはかなり書類が入っているのだろう。
手渡されたその封筒はずっしりと重かった。
「実は、これを氷帝学園に届けて欲しいんだ」
「氷帝っスか?」
「あぁ。重要書類なので本来ならば俺が届けに行くべきなんだが…」
と、手塚が眼鏡の奥から涼しげな瞳でじと桃城を見つめてきた。
「…んで、俺でもいいんスか?」
現在自分はレギュラー落ちをしているから、暇があるといえばあるが。
自分が使いに行くことには全く異存がない桃城だったが、氷帝という所が引っかかった。
「じつはな……」
手塚が話し始めた。
「氷帝の跡部に電話をしてみて俺がこれから届けに行くと言ったのだがな、お前を寄越してほしいと頼まれたのだ」
「俺っスか?」
「あぁ、お前は跡部と学校以外で会ったことがあるだろう?」
---------ドキン。
思わず顔を反らせると、それに気付かなかったのか、手塚がそのまま話を続けた。
「前に市営だろうか、テニスコートで試合をしたと聞いたが。跡部に気に入られたのではないか。まぁとにかく、お前に来て欲しいということなのでな? 部活が終わった後に、申し訳ないが氷帝まで寄り道をしてくれ」
「い、いいっスけど」
手塚の頼みだったらどんな事でも断るつもりは毛頭無いが、さすがに桃城は胸がどきどきと波打った。
……跡部さんが俺を呼んでいる。
(………………)
不安なのか期待なのか、いや懼れかもしれない。
全身が震えるようで、怖かった。
なにか言われるだろうか。
分からない。
跡部の出方が分からなかった。
部活終了後学生服に着替えて、書類の入った封筒をスポーツバッグに入れてそれをしっかりと持ち、桃城は不安な面持ちで氷帝学園への地下鉄に乗った。


















氷帝園についたのは夕方も遅くなった夜で、すでに辺りは暗く、氷帝学園の重厚な門は開いていたものの、中には人影がなかった。
街灯に照らされた美しい校庭を抜けると、体育館にはまだ人がいるのか、中の灯りが外を明るく照らし出している。
その体育館に隣接して、テニスコートがずらりと並んでいる。
照明も落とされ、人気のないそこを抜けると、テニスコートの向こう側に小さなビルと言ってもいいぐらい豪華なテニス部の部室が聳えていた。
まだ電気がついている一階のエントランスから入り、すんません、と声を掛けながら、どきどきして階段を上がる。
跡部に指定された部屋は二階の置くの部長室である。
中は誰もいないらしく、灯りはついているものの自分の足音だけが響く。
リノリウムのつるつるした床を歩いて、レギュラー用の部室や応接室と書かれたプレートを見ながら、その奥の部長室というプレートを見付ける。
廊下は灯りがついていず、照明の照度が落とされていて薄暗かったが、部長室と書かれたドアの辺りは、どうやらドアが少し開いているのか、一条の光がすっと廊下に伸びていた。
なんとなく怖じ気ずいて、桃城は足音を消してこっそりとそのドアに近付いた。
中に誰かがいる。
その気配が桃城を緊張させた。
とんとんと叩こうとしたが、その動作をしようとした時に、僅かにあいたドアの隙間から中の声が聞こえた来た。
「ぅ………あ……ん…」
びく、と瞬間桃城は全身を硬直させた。
叩こうとして拳を握りしめたままで、耳だけを研ぎ澄まして声を聞く。
「ぅ……ん……く……ッッ」
跡部の声だった。
しかもただの声ではなかった。
濡れた艶めかしい、聞いているだけで全身が燃え上がり、蕩けるような、そんな声。
自分も聞いたことのある声だ。
頭のてっぺんから冷水を浴びせかけられたように、全身が冷たくなる。
渾身の力を振り絞って、動かない身体を、桃城はドアに近づけた。
音を立てないように、気配を悟られないように全身を緊張させながらも、ドアの隙間から中を覗くと、明るい照明の下で、二人の裸の男が絡み合っていた。
壁を背にして、ドアに向かって大きな重厚な机があり、その机の前にソファがテーブルを挟んで置いてある。
その一つ、桃城からはちょうどよく見える位置のソファに跡部が四つん這いになり突っ伏していた。
白い艶めかしい肌を震わせながら、尻だけを高く上げた姿勢で、顔をソファにつけて身体を震わせている。
その尻を些か浅黒い手ががっちりと掴み、背後から覆い被さるように男が動いている。
少々長い黒髪の丸眼鏡の男。
氷帝の忍足だ。





















続編書いてみました^^忍足君登場させちゃった…けどいいかな…。