譎計 
−kekkei- 《2》















きっかけは比較的すぐに到来した。
ある日の放課後、部の顧問の竜崎から頼まれて、乾は生徒会活動で部活に来ていなかった手塚を呼びに行くため、生徒会室を訪れた。
ちょうど秋の文化祭が控えていて、手塚達生徒会の役員はその準備で忙しく活動していた。
青春学園中等部の生徒会室は、特別棟の2階の一番奥だった。
特別棟は既に人影が殆どなく、乾はとんとんと階段を上がって、2階の廊下を奥へ進んだ。
生徒会室の手前は物理室や化学実験室で、戸は固く閉ざされ、人気がなかった。
一番奧の生徒会室だけ照明が灯り、ドアが半分ほど開いていた。
生徒会室のドアまであと数歩という所で、突然、部屋の中から大きな音が聞こえてきた。
-----ガタン、
という、椅子が倒れるような音だった。
立ち止まって耳を澄ませて中の様子を窺うと、手塚ともう一人------どうやら生徒会長の3年生らしいが--------その二人が言い争う声が聞こえてきた。
「そういう事は困ります!」
手塚の低く良く通る、しかし些か上擦ったような声が聞こえてきた。
「どうしてだ? 俺はこの間からずっと君の返事を待っているんだ」
苛立ったような3年生の声が聞こえる。
「俺のことが嫌いなのか、手塚?」
乾はびくっと身体を震わせた。
非常に興味深い場面にでくわしたようだ。
乾は生徒会室のドアにできるだけ近寄って、慎重に中を覗いてみた。
中では、手塚が3年生に肩を掴まれて壁に押し付けられており、二人は至近距離で睨み合うように対峙していた。
手塚は髪がほんの少し乱れ、息も少々荒かった。
対する3年生の方はすっかり感情的になっているようで、はぁはぁと肩で息をしながら、手塚を睨み付けている。
3年生のほうが少し手塚よりも背が高く、手塚は強張った表情で視線を逸らす。
「俺のこと、嫌いじゃないだろう……どうなんだ?」
3年生が叩き付けるように、それでいて縋るように声を出し、それから手塚を強く壁に押し付けたかと思うと、手塚の首筋に顔を埋めた。
途端に、びくりと手塚が身体を大きく震わせたのを、乾は見た。
黒い瞳が大きく見開かれ、形の良い唇が何か言いたげに開いて、細かく震える。
「……く…ッ」
手塚が唇を噛んで呻きを漏らしたかと思うと、目元を赤く染めた。
「…止めて下さい!」
3年生の手が、手塚のズボンを強く掴んでいた。
必死で3年生を押しのけようとする手塚を抱きすくめて、右手で手塚の性器を揉むようにして扱きながら、3年生が忙しく息を吐く。
「手塚、君は本当はこういう事好きだろう? こうやって酷くされたり、いたぶられたるするのが大好きという顔をしているくせに…」
愕然としたように、手塚が瞳を見開いた。
それから、ぐっと眉を顰めた。
「…なに、ふざけた事を! 離して下さい!」
眉をきつく寄せて顔を背け、必死で3年生の拘束から逃れようとする手塚は、ぞっとするほど妖艶だった。
余裕のない手塚の表情に、乾は身体中がぞくぞくと震えた。
こんな表情をする手塚は、初めてだった。
このまま押し倒して、犯してしまいたい。
突き上げるような衝動が襲ってきて、乾は身体を震わせた。

















何度も深呼吸をして自分を宥め、2、3歩下がって、乾はそこからわざと靴音を響かせてゆっくり歩いた。
----カツンカツン。
靴の音が響いて、部屋の中でがたがたと音がした。
「すいません、失礼します」
ドアの所で声を掛けて、乾は素知らぬ振りをしてドアをばっと開いた。
「すいません、テニス部の乾なんですが、手塚君、いますか?」
そう言って中を見ると、悔しげに唇を震わせて、それでも手塚から離れてなんとか体勢を立て直した3年生と、上気した頬に息を乱した手塚が、泣きそうな表情で乾を見てきた。
「…あ、手塚に用か?」
乾を見て理性が戻ったのだろうか、3年生が気まずそうに言った。
「じゃあ俺は先に帰るから、手塚、戸締まりを頼む。乾君、何か話があるんだったらここでしていくといいよ」
そう言ってバッグを掴むと、そそくさと逃げ出すように走り出す3年生を見送り、乾はばあんと、生徒会室の扉を閉めた。
手塚はまだ頬を上気させたまま、壁に凭れていた。
性器がまだ勃起したままらしく、ズボンを押し上げていた。
そこを穴が空くほど見つめて、それから乾は手塚を舐め上げるようにゆっくりと視線を移した。
手塚の下半身から腹、腹から胸、胸から襟の乱れた白い首筋、それから唇、最後に手塚の目。
手塚は、潤んだ瞳で、乾を見つめてきた。
視線が合って、乾はそこで初めてにやりと笑った。
はっとしたように手塚が目を見開いて、それから赤面して俯いた。
ぞくぞくとした興奮が乾の背骨を駆け上がってきた。
そのまま、手塚の前に歩いていくと、手塚がわずかに後ずさった。
焦げ茶の綺麗な瞳に、怯えと羞恥の色が見て取れた。
乾は瞳を細めて笑い掛けた。
びくっと手塚が戦慄く。
今度はさぁっと顔色を青ざめさせた。
「やあ手塚。竜崎先生が呼んでいるんだ。仕事終わったんならいっしょに行こう」
表情とはまるで反対に穏やかな口調で、乾は手塚に話しかけた。
「あ、ああ…」
手塚がびくびくしながら乾を伺ってくる。
全て見たよ、という目で笑ってみせると、さっと視線を逸らして、手塚が身体を震わせた。
なんともいえない興奮が心の底から湧き起こってきて、乾は嬉しくてぞくぞくした。
こんな高揚した気持ちになるのは初めてだった。





















清楚な手塚を堕とすという感じで・