プルルルルルーン………。
柔らかな音が部屋にふんわりと響く。
その音が優しく忍足の耳を擽り、忍足はうすぼんやりと、瞳を開けた。
「うー…………朝やな……起きんと……」
アイボリーの天井が目に入る。
そのまま目を動かすと、開いた侭の窓から爽やかな眩しい朝日が流れ込んでいる。
今日は確か、中間考査の日。遅刻厳禁。
気怠げに思い右手を挙げて髪を掻き上げつつ、忍足は考えた。
(はよ用意して、学校に早めに行って、教室で勉強しよ)
忍足は真面目な優等生である。
今度の中間テストも勿論、クラスで一番は勿論の事、学年でも5番以内を狙っている。
そのためにも朝早くから起きて脳を活性化させ、最後の確認の勉強をばっちり学校でしておかなければ。
そう思うと頭もはっきりとしてきた。
「さて、起きよ起きよ」
そう独りごちながら上半身をベッドから起こして、
(………………?)
どうも微妙な違和感があるのに、忍足は思わず眉を顰めた。
(……なんやろ………風邪でも引いたんかな…)
それは困る。
頭を掻きつつ、首を捻って忍足はベッドから立ち上がろうとして、ふらり、とふらついた。
「……………」
微妙に体のバランスが取れない。
昨日より身体が重くなった気がする、というか…なんと表現していいか…。
不審に思いつつ、着替えようとしてパジャマのボタンに何気なく手を掛けて、忍足は心臓が口から飛び出るほど驚愕した。








「な、な、なんやーーー!!」











お気に召すまま 
《1》













手を掛けた時に、いつもならそこには堅く筋肉の引き締まった−忍足は特に胸筋は鍛えているのである−胸板が自分の節くれ立った大きな手に当たるはずなのである。
が、今日は………。
--------むにゅ。
いつもと全く違った……あり得ない感触がしたのだ。
考えるより先に目を下に向けてみると……そこには更にあり得ない……パジャマの布地を押し上げている膨らみが目に飛び込んできたのである。
開襟型のパジャマを着ていたので、広く空いた襟元から…ふっくらとした柔らかそうな肌の膨らみが垣間見えている。
思わず大声を出して、それから息を呑み、忍足はごしごしと目を擦った。
(夢でも見てるんちゃうか…?)
ごしごし擦ってもう一度胸元を見る。
やはり…ふっくらと盛り上がった胸の谷間が見える。
ごくり、と唾を飲み込み、忍足はパジャマのボタンを外した。
クローゼットにある姿見の前に立つ。
息をごくっと飲み目を閉じて、思い切って一気にパジャマを脱ぐ。
それから、ぱっと目を開いて、姿見を見ると。
「…………な、なんでや……」
鏡の中には、たわわに揺れる乳房がこんもりと盛り上がっている姿が映っていた。
ぷるん、と動けば揺れそうでいて垂れ下がっておらず、形良く盛り上がった胸。
つん、と上を向いた些か大きめの桃色の乳首。
大きさ的には……巨乳などと騒がれている女優と同じぐらいもあるだろうか。
胸からはみ出すぐらい大きい。
恐る恐る上体を揺らしてみると、乳房もゆっくり、ぷるん、と揺れる。
「………………」
声も出ず、忍足は鏡を凝視して硬直した。
胸がこんなになっている、という事はもしかして………。
ま、まさか………。
しばし呆然として鏡を見ていた忍足の脳裏に、嫌な予感がよぎった。
背筋がさぁっと冷たくなるような、そんな予感だ。
「………………」
恐る恐る…震える手を下半身に持っていき、パジャマのズボンの中に、手を入れる。
「……………ッッ!」
--------------やはり。
ズボンの中に入れた手に、いつもの慣れ親しんだ感触が当たらなかった。
指が虚しくズボンの中であるべきものを探し、見あたらずに、やがてその指は全く別な感触に当たった。
「…………な、な……なんや、これ……」
今までに触ったこともないような微妙な感触。
柔らかくて、とろけそうな感触が、指に伝わると同時に、そこから脳までなんとも言えない刺激が駆け上がってくる。
ぞわぞわと背筋が総毛立って、忍足はごくり、と唾を飲み込み、手を勢いよく引き出した。
「………っはぁ……っっ……」
詰めていた息を一気に吐き出し、がっくりと鏡の前に膝を突く。
膝を突くと、ぷるぷると乳房が揺れて、下を向く。
(ど、どうしてこんな……俺、……女になったんか………?)
-----いや、突然男が女になるなんて事があってたまるものか。
しかし、確かに俺は昨日までは男だったはずや……。
突然変異か……?
その時、目覚まし時計が鳴った。
「………っと、まずい!学校行かんと!」
混乱状態で茫然自失していた忍足は、はっと我に返った。
今日は中間テストの最終日。3科目のテストがある。
確か、1時間目の世界史の最後の暗記確認を教室で一通りやって完璧にしておこうと思っていたのだった。
こうしちゃいられない。
すぐに学校に行って…朝ご飯は食べている暇がないので、今日は牛乳でも飲んで誤魔化すか。
忍足はここ一ヶ月ほど独り暮らしをしている。
両親が学会参加のため、夫婦で海外に長期旅行に行っているのだ。
(冷蔵庫に牛乳のパックが入っとるから、あれ飲みながら学校行こ)
「着替え着替え。はよせんと…」
立ち上がってズボンを脱ごうとして、忍足ははた、と手を止めた。
(そういや、俺………)
眉をしかめて額に手を当てる。
(なんや知らんけど、身体が女になっとるんやけど………どうしたらええんやろ)
氷帝学園の女子生徒の制服は、上半身は男子と同じブレザーとネクタイで、下はプリーツのスカートである。
「って、下着もないやん……」
女子の制服など持っていない、と思って、忍足は、下着もなにも、一切女物など持っていないことに気が付いた。
(ど、どうしよ……)
やっぱり、女子の制服を着ていかないと、校則違反になってしまうだろうか。
昇降口で先生に呼び止められたりしたら、恥だ。
いや、持ってないのだから、正直にそう言えばいいか。
………と、持っていないもなにも、考えてみると、忍足は学校では男子生徒なのだ。
突然女子生徒になりました、などと言っても、先生も困るだろう。
だいたい、呼び方はどうするのだ。
女子なのに、『侑士』ではおかしい。
「侑士……侑子……なんや、俺やないみたいやな…侑、だけなんてどうやろ……」
などと、独りでぶつぶつ言ってみて、ふと気が付くと、既に登校予定時間を過ぎている。
「ど、どうしよ!はよ行かんと、勉強でけへんで!」
こうしてはいられない。
何しろ、教室に早く入って、最後の確認の勉強をしなくては。
もし、確認の勉強を怠ったせいで、テストの点数が悪くなり、順位が下がったりしたら。
跡部に抜かされでもしたらたまったものではない。
「…しゃぁないわ。今日は男のカッコで行こ!」
……とは思ったが…。
「………胸が邪魔すぎや……」
制服を着るにしろなんにしろ、とにかく胸がぷるんぷるん重いし揺れるしで、胸をそのままにしていたのでは、気になって勉強もできない。
「……どうしよ………って、ブ……ブラジャーとか持ってへんし……」
自分で言って、忍足は赤面した。
ブラジャー………その存在は知っているが、実際には手に取って見たことはない。
遊んでいそうに見えて、実は真面目な優等生の忍足は、女の子とデートはしても、そういう関係になったことはまだなかった。
意外とウブである。
(……俺がブラ……とかするんか………い、いややな……)
思わず背筋がぞくぞくっとして忍足は眉を顰めた。
「…っと、そんな事考えとる暇ないで…とにかくなんとかせんと…………ほ、包帯や!」
時代劇などでサラシを胸に巻いているシーンを思い出し、サラシなどないが、代わりになるものはないかと考えて、忍足は良い物を思いついた。
クローゼットを引っかき回し、救急箱を取り出すと、忍足はその中からスポーツ用の包帯を取り出す。
伸縮性があって、肘や膝のような曲げる部分にも対応できるものだ。
「とりあえず、巻いておけばなんとかなるやろ…」
早くしないとますます学校に行くのが遅くなってしまう。
そう思うと、途方に暮れる暇もない。
忍足は必死でたわわな乳房を包帯でがんじがらめに巻いていった。
胸の肉が押しつぶされて微妙に圧迫感と息苦しさを感じるが、とりあえず胸が揺れたり服が異様に盛り上がったりする事態だけは避けられそうだ。
「よ、よし………これでエエやろ…」
胸をぎゅうぎゅうに巻いて、忍足はほっと息を吐いた。
「はよ制服着んと……」
とぶつぶつ言いながらシャツを羽織りネクタイを締め、ズボンを穿いて、忍足は困惑した。
「背ぇ……縮んどる…」
ズボンの裾が踵より下に来るのである。
このまま穿いていたら『松の廊下』になってしまう。
しかも微妙に腰のあたりはきつくなっている。
「尻がでかくなって……背が縮んどる……」
鏡に自分の姿を映してみて、忍足は眉を顰めた。
やはり、女性の体型になっているのだ。
どうやら、背丈は10センチほども縮んだろうか。
学校に行って、級友にばれないか。
もし、ばれたら…。
『あれ、忍足、急に背が低くなってないか』とか。『あれぇ、忍足、なんだか身体がふくよかになってないか』とか。
『あれぇ、お、忍足っ!お前、女だったのか…!』
………とか言われたら。
「……いやや……恥ずかくて……学校行けへん…」
周りからいろいろ言われる場面を想像し、忍足は項垂れた。


















日記連載中の女体忍足物語その1