お気に召すまま 
《2》













----------------リリリリン。
その時、傍らの机に置いてあった携帯が鳴り出した。
はっとして、携帯を見ると、跡部からのメールだった。
『テメェ、俺の事、起こさなかったな。覚えてやがれ。テストで悪い点数取ったらお前のせいだ。すぐ学校に来て教えろ』
「………しもた……!跡部を起こす約束しとったんや…」
忍足は狼狽した。
跡部を朝起こし、学校に早めに登校して一緒に勉強をする約束をしてあったのだ。
跡部と忍足は同じクラスで、席も、定期考査の時は名前順に並ぶので、跡部が前でその後ろが忍足になる。
こうしてはいられない。
自分の勉強もした上に、跡部とも一緒に勉強をする時間を作らなくては。
「…しゃぁない。ピンで止めればええか…」
安全ピンを探し出し、ズボンの裾を内側に捲り上げてそこをピンで止めて、忍足は慌てて着替えをした。
顔は----微妙に感じが変わっているとはいえ、殆ど女になっているというのは分からない。
「だ、大丈夫やろ…」
とりあえず、今日はテストだから、このまま女性になっているというのを隠して登校し、テストが終了するまでなんとか誤魔化そう。
背が縮んでいるのは……できるだけ立たなければいいのだし。
(とにかく、はよ学校行かんと…)
とは思ったが、そこで忍足は、
「…トイレ……」
小用を催してしまった。
「トイレ行っとかんと……学校ではでけへん!」
トイレ行こ、と思って忍足は重大な事実に突き当たった。
男の格好では、女子トイレに入れない、という事である。
いや、入れないことはないのだが、学校でそんな事をしたら………変態の烙印を押される事必定だ。
(学校ではトイレ、行けへんで……。我慢やな…今のうち、行っとこ…)
慌ててトイレに入って、
「……………」
便器に座って忍足は顔を赤らめた。
(恥ずかしくて、見られん……)
座る事自体恥ずかしいのだが、小用を足すのが妙に変な感じがする。
自分の局部を、一度しっかり見ておかなければならないとは思うが……。
(………こ、怖いし……)
忍足は怖じ気づいた。
顔を赤らめたままこそこそトイレを済ませると、目を瞑り、息を詰めて局部を拭き、ぐったりしてトイレから出る。
「っと、はよ行こ!」
頭を振り、キッチンの冷蔵庫から牛乳のパックを取り出すとごくごくと急いで飲み干して、忍足は自宅を飛び出した。


















いつも早起きの忍足だけあって、朝てんやわんやだったとは言っても早かったらしく、学校に着いて教室に入ったとき、教室にはまだ数人しかクラスメイトがいなかった。
こそこそ、前屈みに、風邪でも引いたかのように入室し、さっと自分の席に座る。
「おはよう、忍足………どうしたんだ?」
朝いるクラスメイトはガリ勉タイプで、忍足とは勉強友達でもある。
中の一人が、いつもと違ってこそこそとした忍足の様子に不審に思ったのか、声を掛けてきた。
「い、いや、ちょぉ、風邪引いたんや…」
「風邪か? 勉強しすぎなんじゃないのか? ま、今日でテスト終わりだから、一日頑張ればいいんだしなぁ」
机に座って勉強をしていたクラスメイトが顔を上げて忍足を見てくる。
「そうやな……とりあえず、勉強するわ…」
あまり話すと性転換しているのがばれるかもしれない。
声がいつもの自分より高くなっているのは気づいていたので、意識して低くし、ぼそぼそと忍足は答えた。
クラスメイトもそれ以上は話しかけて来ず、ほっとした忍足はバッグからノートと参考書を取り出して、最後の仕上げにとりかかった。
「………よぉ……」
10分ほど経った時だろうか。
ガラリ、と教室の戸が開いて、忍足が扉の方を見るよりも早く、聞き慣れた声が聞こえてきた。
………跡部だ。
思わずびくっとして恐る恐る上目遣いに扉の方を見て、自分を睨んでくる跡部と目線が合い、忍足は気弱に微笑した。
「お、おはようさん……」
「…………おはようじゃねぇだろが、このバカ」
かつかつと教室内を歩いて、窓際の一番前の跡部の席にがたん、と椅子を引いて座ると、跡部は忍足の方を向いて睨み付けてきた。
「テメェのせいで遅れたぜ……どうしてくれるよ…」
「どうするって………堪忍してや……ほら、勉強、しよ? 時間もないことやしな…?」
その時、跡部が眉を顰めて顎をさすりながら、忍足を凝視してきた。
「………お前、太ったか……?」
「…………は?」
「………いや、なんでもねぇ……」
首を捻りながら、跡部がバッグから勉強道具を取り出す。
(……跡部には分かるんかな……)
さすが、親友でいつも一緒にいるだけはある。
忍足がいつもと違う事が分かったらしい。
跡部が矢継ぎ早に質問してくるのに、これまた意識して低い声を出して答えながら、忍足はなんとなく跡部と話すことでほっとする自分を感じていた。
















終業のチャイムが鳴り、一番後ろの席の生徒ががた、と立ち上がり答案を回収していく。
「やっと終わったなァ……」
午前中2時間しかないとは言え、身体を縮めて席に座りっぱなしだった忍足は、身体の節々が軋むようだった。
身長が低くなっているのを悟られないように、だとか、声が高くなっているのを気づかれないように…結局は身体が女性になっているのを気づかれまいと、必死で、その分緊張もいつものテストの数倍はあった。
肩を回し、深く息をしながら回りの級友たちが下校するのを見守る。
今立つと身長がばれてしまうので、忍足はクラスメイト全員が帰ってから立ち上がって帰ろうと思っていた。
「おい、いつまで座ってんだよ、忍足」
その時、前の席で乱雑に勉強道具をバッグに詰め込み終わった跡部が怒ったように声を掛けてきた。
「ほら、帰るぜ」
「……あ、あのなぁ、……お先、どうぞ?」
「先って、部活だろうが?」
「………今日は、休ませてもらうわ……」
「あァ?休むだと………?」
途端に跡部が顔を顰め、睨んできた。
びく、として、忍足は気弱に視線を逸らした。
「…………どうも今日はお前、なんだか変だぜ……。どうした?」
しばし睨んでいた跡部が、忍足をじっと見据えながら、椅子に座り直し、身体毎後ろを向いて身を乗り出してきた。
「………体調悪いのか?」
「え、そ、そうやな………まぁ、それなりに……」
「おい、巫山戯た言い方してんじゃねぇよ……どうした?」
いつもと違う忍足の様子に、跡部が表情を引き締めて忍足を覗き込んできた。
「風邪でも引いたのか?……とは思えねぇしな…怪我でもしてんのか?……腕でも痛めたか?」
「え、いや、ちゃうけど……」
跡部がかなり真剣になってきたので、忍足は困惑した。
「おーい、最後の人は戸締まりよろしくな?」
教室を出ようとしていた週番が、窓際で二人だけ残った跡部と忍足に声を掛ける。
「あぁ、分かった」
跡部が片手を上げて挨拶すると、週番の生徒も手を振って教室を出て行った。
教室の扉が閉められ、明るく陽光の差し込む昼時の教室に、忍足は跡部と二人だけで残された。
















二人きりになると、残った相手が跡部だと言うこともあってか、忍足はどっと力が抜けて、疲労を感じた。
肩を落とし、頭を振って額に手をやる。
「…どうしたよ、…やっぱりどっか悪いんじゃねェのか?」
いつもと明らかに違う忍足の様子に、跡部も不安になったらしい。
声を潜め、忍足を覗き込むようにして尋ねてきた。
「…具合が悪いんじゃなければ、何か気になる事でもあるのかよ…?」
「……そ、そやなぁ…」
朝から慌ててろくろく考える暇も無かったが、跡部に聞かれると、改めて心細くなる。
考えてみると、かなり大変な問題だ。男が女になる、などという事例は今まで聞いたことがない。
考えたとしても、自分一人でなんとかなるとも思えない。
誰かに相談した方が良いかも知れない。
とは言っても家族には恥ずかしくて相談できないし…。
どうする。跡部に相談してみるか……。
忍足は迷った。
とりあえず女物の制服や下着を揃えないといけない。
今日は男の制服で誤魔化したものの、いつまでもそういう事もしていられない。
やはり、身体が女になったからには、制服もちゃんと女物にして、こそこそしないで済むようにしないと。
校則に違反するような所業はしたくなかった。
いろいろ揃えるにしても、跡部なら、何か手段があるかも知れない。
何しろ跡部は氷帝学園の中でも1,2を争うプレイボーイで、今までに付き合った女性の数も半端ではない。
女性の事なら、服とかの事も詳しそうだ。
ここは、跡部の知恵を借りるか……。
忍足はそう思って恐る恐る跡部の顔を見た。
跡部が、眉を顰め、どうした、という風な表情をする。
「あ、あのなァ……」
「……なんだよ?」
「……跡部、ちょっと相談に乗ってくれへん?………今日の午後とか、……部活、休んでもらってもええ?」
「…俺も休むのかよ……?お前がそんな事を言うとは、かなりマジな話だな?」
跡部が表情を引き締めた。
「いいぜ。…じゃぁ、俺んちででも、ゆっくり話、聞かせてもらうか」
「ほな、よろしゅう…」
跡部に相談に乗ってもらう事にした忍足は早速、善?は急げとばかりに、学校を後にして、跡部邸へ向かった。


















巨乳といいつつ、E〜Fカップぐらいで…。