お気に召すまま 
《3》













跡部の家は、氷帝学園からスクールバスで20分ほどの、高級住宅街の一角にある。
広大な庭を擁した、広々とした3階建てだ。
跡部が門を開け、エントランスを歩いいくあとについて、忍足は恐る恐るついていった。
実のところ、昨日まで忍足の方が跡部より5センチ前後背が高かったのだが、今日は跡部の方が反対に5センチ以上は背が高い。
------というのを跡部に気づかれたくなかった忍足は、ごほごほと咳き込み背中を丸めて歩き、バスでも席を極力立たず、勿論、跡部と並んでなど歩かなかった。
跡部は特に不審に思わず、単に忍足の体調が悪いと思ってくれたようである。
「…お邪魔します…」
跡部邸の豪華な扉をくぐって中に入る。
「家族は誰もいねェからな、気楽にしろよ」
両親祖父母とも仕事関係で出かけているらしい。
「お帰りなさいませ」
家政婦が出てきて挨拶するのに合わせて頭を下げ、忍足は跡部のあとについて彼の部屋まで上がった。
跡部の部屋は2階の東南の一角である。
15畳ほどのワンルームにバスルームまで設置された、そこだけで住めそうな部屋だ。
入って窓に面した豪華なソファに腰掛けると、家政婦が紅茶とケーキを持って入ってきた。
「どうぞごゆっくり」
「はぁ、おおきに…」
忍足は何度か跡部の家には遊びに来ていたので、家政婦とも顔見知りだった。
にこにこ笑顔を作って家政婦を見送る。
家政婦が出て行き、広い跡部の部屋に二人きりになると、跡部が忍足の向かいのソファでごろり、と肘掛けに肘をついて紅茶を飲みつつ、忍足をじっと眺めてきた。
「………で、…どうしたんだよ…」
おもむろに話しかけてくる。
「あぁ……そのなァ……」
忍足が答えると、跡部が表情を引き締めた。
忍足はどう切り出して良いか、困惑した。
(どうしよ………なんや、言いにくい……というか、恥ずかしいやん……困ったなァ…)
「……あ、あのな……今日の俺、どっかいつもと違うと思わへん?」
言い出しが考えつかず、とりあえず無難な所から話を始めると、眉を寄せて跡部が忍足を見つめてきた。
「………そういや、なんだかいつもと違うぜ。………やっぱ風邪でも引いたのか?」
跡部が顎に手を掛けて眉を顰め問いかけてきた。
「い、いや、風邪は引いとらんけど……」
「じゃぁ、なんだよ……声がいつもと違うぜ?喉でも悪くしたのかよ…」
跡部が更に問いかけてくる。
「………声、違うか?」
「あぁ、…そうだな…」
跡部が忍足をじっと見つめてきた。
強い視線に、つい顔を逸らして、忍足は目を伏せた。
「……あんまり元気がなさそうだしな、…声が細くなった感じだ…」
(さすが跡部やな…)
意識していつもより低めの声を出しているし、殆ど学校ではしゃべらなかったのに、分かったらしい。
忍足は瞠目した。
「…で、風邪引いたから、わざわざ俺に部活休ませた訳じゃねぇんだろうな……どうしたよ、忍足」
ソファに腕組みをして跡部が尊大な雰囲気で尋ねてくる。
紅茶をごくり、と飲み干して、忍足は表情を引き締めた。
「……あのな、跡部は……俺が、…オンナになったらどうする?」
「………あ?」
「だからな…俺が、男やのうて、ある日突然オンナになったらどうするか、て思うて…」
「……テメェ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ…」
跡部の声音が低くなって、怒りを抑えているのが分かって忍足は慌てた。
「ふざけた事やないんやて……俺、オンナになってしもたんや…」
「………………」
跡部が足を組んでじろり、と忍足を睨んできた。
「ほ、ホントやって……ほ、ほら……」
跡部が全く信じていないどころか、かなり怒ってきたのを感じて、忍足は慌てた。
ソファから立ち上がると跡部の隣に座って、跡部の手を取る。
その手を忍足は己の股間に押しつけた。
「……お、おいッッ!」
突然他人の股間に自分の右手を押し当てられて跡部がぎょっとしたように声を挙げたが、途中でその声音が変わった。
「……………おい……本当かよ…」
跡部は、当然自分の手に当たるべき、男のシンボルの感触が全く無いことに気が付いたのである。
驚きの表情のまま忍足を見上げると、忍足が頷いた。
眼を見開き、ぱちぱちと瞬きして、跡部は右手で忍足の股間をまさぐった。
普通なら、ここにある程度のふくらみがあるはずである。
自分のものを触るのと同じ感触の膨らみが----。
それが………ない。
全く、ない。
「…………ウソだろ…」
跡部の声が上ずった。

















忍足が女だった……? 
いや、こいつは昨日までは男だったはずだ。
なぜなら、俺たちは一緒に風呂にも入った事があるし、便所だって一緒に入った事もある。
ちゃんと、忍足には男の印がついていたじゃないか…。
跡部はめまぐるしく混乱した頭で考えた。
合宿で風呂に入った時に見た忍足自身----これが立派で跡部は密かに悔しがったりもしたのだが----、筋肉のついたがっちりとした体型などが脳裏に浮かぶ。
まさか、女のはずはない。
……が、確かに、今触っているここには、何もない…。
「……………」
混乱したまま、跡部は忍足をソファに押し倒すと、忍足のズボンに手を掛けてベルトをガチャガチャと外し始めた。
いったいどうなっているのか。見てみなくては。
頭の中が疑問と驚愕で一杯になっていて、跡部は無我夢中だった。
「……ちょ、ちょぉっ、あとべッ!」
忍足の慌てた声など耳に入らない。
ベルトを外してジッパーを下げ、そのままぐいっとズボンを、中に穿いていたボクサーごとずり降ろして、
「………………ッッッ!」
跡部は声もなく固まった。
目の前に現れたのは、跡部がこの間まで見ていたはずの、ごつごつした骨張った下半身ではなかった。
代わりに、柔らかい曲線を描く円やかな腰と、滑らかな肌。
ふっさりと生えた黒い陰毛の丘は脂肪がほどよくついているようで顔を埋めてしまいたいぐらいだ。
そしてその下には…見慣れた器官はついていなかった。
ただ、陰毛がやわやわと生えたまま、す、と内股に続いている。
白く柔らかそうな内股と、黒い艶やかな陰毛、それにふっくらとした恥丘。
-------どう見ても、女性だった。
思わず瞬きをし、目をごしごしと擦って、跡部は眉を顰めた。
そこを穴が開くほど眺める。
首を傾げて、覗いてみる。
だが、どこにも、竿もなければ玉もなし。
ふっくらとして柔らかそうな女性の性器が、恥ずかしげに息づいているだけだった。
跡部は勿論、女性と何度も経験があるので、異性の局部も見慣れていた。
だから、忍足のそこが確かに、健康な女性の器官である事は分かる。
---------しかし、忍足が………?
「どうなってるんだよ……」
跡部はますます混乱した。
呆然としたまま見ていると、呼吸に合わせてか、忍足の白い下腹が微かに上下する。
元々忍足は色は黒くない方だったが、女性になっている、と思うからだろうか、臍の下から、艶やかな漆黒の陰毛までの間が抜けるように白く滑らかだ。
(いい女じゃねェか……)
などと一瞬思ってしまって、跡部は青ざめた。
(おい、何考えてる! こいつは忍足だぞ……!)
頭に浮かんだ考えを吹き飛ばすように激しく頭を振る。
「あのー………もう、ええ?」
その時、頭の上から途方に暮れたような声が聞こえてきて、跡部ははっと顔を上げた。
「あ、……っと、悪ィ……つか、忍足!」
「……な、なんや?」
「テメェ、女だったのかよ…今まで俺を騙してたのか?」
「……そんな訳あらへんやろ! 昨日までは男やで…ちゃんとついとるもんもついとったし……」
「…そ、それもそうだよな……って、お前、上はどうなんだ?」
「…上?」
「胸だよ……」
「あ。あぁ……なんや膨れてしもた……」
「完全にどこからどこまで女になったのかよ?」
「そうみたいなんや…。どうしたらええと思う……? 女性用の制服とか、下着とか持ってへん…今日はなんとか誤魔化したけど、明日からどうしよ…。女なのに男の制服は着とるわけいかんやろ?」
忍足が心底困惑したように言うのを見て、跡部は額に手を当てて嘆息した。
「あのなー……そういう問題じゃねぇだろうが? 男が女になるなんて事、普通ねぇぞ? どう考えても凄い事だぜ? もっと深刻な問題なんじゃねぇのかよ…」
「…そう言われてもなぁ…。なったもんはしょうがないやろ? 原因は分からんけど、とりあえず下着とかな、揃えんと、学校行けへんやん…。…跡部ならいろいろ知っとる思うて、……相談に乗って欲しいんやけど…」
「…俺に相談?」
「そうや。なぁ、下着………なんや恥ずかしゅうて買えんわ……跡部、何か持ってへん?」
「……俺が女の下着なんか持ってるわけねぇだろ……とにかくだ……」
跡部は溜息を吐いた。
「少し頭整理しねぇとな……お前が本当に女になったのかどうか、確かめてみて、それからいろいろ考えようぜ?」
「確かめる、て?」
「……おい忍足、…全部脱げよ…」
跡部はそう言うと、南面の大きな窓のカーテンを立ち上がってしゃっと閉めた。
部屋は薄暗くなり、淡い照明がふんわりと照らし出す空間に変わった。


















脱いだら終わりですよね〜(笑)