お気に召すまま 
《4》













「ぜ、全部脱ぐて……」
「別にいいじゃねェか。俺とお前の仲だぜ?」
跡部は肩を竦めた。
「今までだってまっぱで一緒に風呂とか入ってたじゃねェか…」
「そ、それはそやけど…」
「ほら、早く脱げよ。俺が見てお前の胸のサイズとか決めてやるからよ。言っとくが、俺は女の胸は見ただけでサイズが分かるんだぜ?」
「……さすが、跡部やな…」
跡部の言葉に、思わず顔を顰めた忍足だったが、まぁ、ここは跡部に頼るしかない、と思い直した。
(しゃぁない…。ま、別に…女になったかて、俺は俺やし、跡部とは確かに、よく風呂も入っとるしな…)
少々身体が変わったからと言って(少々でもないが)、気にすることでもあるまい。
と、思って、忍足は立ち上がるとズボンを脱ぎ始めた。
跡部に半分ほどずり降ろされていたから、そのまま足から抜き取り、丁寧に畳んでソファに置く。
それからジャケットを脱ぎ、ソファの背に皺にならないように掛け、ネクタイを抜き取ってシャツを脱いだ。
「……なるほど、そうやってたのか…」
露わになった胸に、包帯がきつく巻かれているのを見て、跡部が言う。
「ンでも、それだと胸が苦しくねェ?」
「そうなんや。今日は苦しゅうて、テストちょっと集中できへんかった…」
忍足は残念そうに言い、包帯をぐるぐると解いていった。















程なくして、跡部の目の前には、たわわな乳房をこんもりと高く盛り上がらせ、きゅっと括れた見事なウェストと大きな丸いヒップの眩しい、たおやかな女体が現れた。
「……でけェ…上に、まるっきり女じゃねェか……」
さすがに全身を見て、跡部は呆然とした声を出した。
「だから言っとるやん。すっかり女になってしもたて…」
さすがに恥ずかしい気がして、忍足は両手で下腹部を隠した。
「まぁ、お前が冗談言うような性格じゃねェことは分かってたけどよ……それにしても、……元から女……じゃねェよな、お前……」
跡部が額に手をやって軽く頭を振った。
「背も低くなってるな…?」
「そうなんや。……寝とる間にこうなってしもた…」
「寝ている間ってお前………つか、お前、親はどうしたよ、親は……?朝何も言われなかったのかよ?」忍足の家には両親と大学に通っている姉がいた。
それに思い当たって跡部は大きな声を出した。
「親…は両方とも、今学会でアメリカ行っとるしなぁ…あと2週間は帰ってこんで? 姉ちゃんはうちにおらへんし…なんや彼氏のとこ住んどるし…」
「じゃ、今、お前んち、お前一人なのか?」
「あぁ、そうなんやけど…」
跡部は腕組みをした。
「おい、ちょっとお前の携帯貸せ」
「………なにするん?」
「うるせェな。とにかく貸せ!」
跡部の剣幕に押されて、忍足は思わずズボンのポケットから出しておいた携帯を、跡部に渡してしまった。
跡部が奪うようにそれを取ると、開けてメモリから電話をかけていく。
やがて、相手が出たらしく、跡部は今までとは全く違う声音で礼儀正しく話し始めた。
「あ、侑士君のお父さんですか? 僕、侑士君の親友の跡部と申します。突然ぶしつけにお電話さしあげ申し訳ありません。至急ご相談したい事がありまして…」
「ちょ、ちょっと跡部っ!」
跡部が自分の父親に電話を掛けたのが分かって、忍足は狼狽した。
父親がいるあたりでは今頃はちょうど夜遅くであるから、ホテルにでも戻ってくつろいでいた頃だろうか。
すぐに出たあたりが、それを物語っている。
思わず跡部から携帯を取り上げようと駆け寄った忍足は、跡部になんなくソファになぎ倒されてしまった。
「いた………ッ」
肩からソファに落ちて、顔を顰めながら跡部を見上げる。
跡部はしれっとした様子で電話を続けていた。
「………ええ、そういう訳なんですよ。僕もびっくりしたんですが………………そうですか、そういう理由が。分かりました。では僕の方で侑士君には言っておきます。彼は僕の親友ですから、僕としてもできるだけ協力しますので。……いえいえ、…では、失礼します」
そう言って携帯をぱたん、と閉める。
忍足は呆気に取られて跡部を見守った。
「な、なんやて………?」
跡部が忍足を見下ろして肩を竦める。
「……まぁ、とりあえず起きろよ」
「あ、あぁそうやな…」
立ち上がった跡部が、クローゼットから純白のバスローブを取り出してきた。
「冷えるといけねェし、俺も目のやり場に困るから、これでも着てろ」
「……跡部、……おおきに…」
確かに全裸で…同性でも少々恥ずかしい所なのに、今は女になっているのだから、跡部としても、困るだろう。
忍足は口ごもって礼を言うと、バスローブをもそもそと羽織った。
バスローブの合わせ目から深い谷間を作って乳房が盛り上げるのを見て、複雑な気持ちになる。
(…こんなん、なってしもて…。と、そんな事今考えとる場合やないわ!)
「な、なぁ、なに話とったん?」
忍足は、跡部にこわごわ尋ねた。
「なにって、そりゃあ一つしかねぇだろ?お前が女になっちまったって事さ」
「……跡部っ!」
忍足は、ソファになぎ倒された時に肩を打ってしばらく呻いていたので、その間跡部が父親と何を話していたのか、聞いていなかったのである。
跡部の返事を聞いて慌てる忍足に、跡部はソファの背もたれにゆったりと身体を預けて忍足をにやにやしながら眺めた。
「お前の父親なぁ、女になったって言っても驚かなかったぜ?」
「……え、そ、そうなん?」
「あぁ、…予想していた事だとよ?」
「………」
「なんでもな……?」
そう言って跡部はかいつまんで忍足に彼の父親との話を聞かせた。
「……てなわけさ?」
「………そ、そんな事……あるんか……?」
忍足の父親の話は、こうだった。
忍足がまだ赤ん坊の頃、父親は遺伝子操作の研究をしていた。
特に性染色体の人為的操作に関わる研究に没頭していたらしい。(この辺の事は通り一遍聞いただけでは跡部にはよく分からなかった)。
その研究室に遊びに来た忍足が、はしゃぎまわって研究室の実験装置を倒してしまった事があり、その時に試薬が混ざり合い、それに忍足が触れてしまって意識を失った事がある。
幸い命は取り留めたが、その後たまに…通常3,4日だが、性転換してしまうようになったらしい。
「……だとよ?」
「……え、で、でも、初めてやで……?俺、今まで女になった事などあらへん!」
「いや、あったって言ってたぜ?つってもな、なんだか5,6歳ぐらいまでで、その後はなってなかったらしいけどな…。まぁ、3,4日経てば男に戻るらしいし、別にいいんじゃねぇ?」
「……俺、そんなん、初めて知ったわ……。そんな重大な事、俺に黙っとったんか、あのおやじ……」
忍足はがっくりと肩を落とした。
「まぁ、でもよ、とりあえず3日ぐらいって話だしな?今日が水曜だからな…。今週あと2日、風邪でも引いたって事にして休んじまえよ。そうすりゃ来週は男で普通に登校できるってものじゃねぇ?」
「……でも俺皆勤賞狙っとったんやけど……入学した時から休んでないんやで…」
「……あァ? ンなもん、しょうがねぇだろ?」
跡部が舌打ちした。
「跡部は不真面目やから、どうでもええかも知れんけど、俺は結構頑張っとったからなぁ……」
「おい、学校行ってみんなに女になっちまったのがばれるのと、2日ぐらい休んで、また元通りに学校行けるの、どっちがいいんだよ!」
「……休むほうです……」
「じゃぁ、うだうだ言ってんじゃねぇ!」
「……しゃぁない……」
「分かればいいんだよ、分かれば」
跡部が嘆息して、頭を掻きつつソファにごろり、と横になった。
「全く、驚かせやがるぜ、お前はよ…」
横になって忍足を上目遣いに見上げつつ、跡部がくす、と笑った。
「まぁ、でも………考えてみると、すげぇ事だよな。…お前が女ってのもよ…」
「…跡部……面白がっとるんか?」
忍足が思わず眉を顰めると、跡部が肩を竦めて笑いながら、上半身を起きあがらせた。
「いや、面白い……かもしれねぇが……それより、お前が女ってのがなぁ……意外な取り合わせだぜ」
「………俺だって別になりたくてなったわけやあらへん…」
「そりゃそうだけどよ……しかも巨乳と来たもんだ…。っと、そうだ。お前、どうせ自宅に誰もいねぇんだろ?だったら、男に戻るまで俺んちに居候してろよ」
「………なんでや?」
「女で自宅にいたら誰かに見られるかもしれねぇだろ?その点、俺んちで女の格好してても別に誰も怪しまねぇぜ?客用寝室も空いてるしよ。一部屋貸してやる」
「……でもなぁ…」
「いいじゃねぇか。どうせ2,3日だろうしな?とりあえず俺んちで俺の女友達って事になっとけよ?」
「……なるほど。跡部はそうやって結構女泊まらせてるんやな?」
忍足がじろ、と跡部を見ると、跡部がにやにやしながらソファから立ち上がった。
「ま、その辺はいいだろ。それより、男の格好してたらな、素性がばれるかも知れねぇからな…」
「……な、なんや?」
突然跡部が忍足の顔に手を伸ばして、眼鏡に手を掛けると外してきたので忍足は驚いた。
「眼鏡、どうせ伊達じゃねぇか。掛けてなくても大丈夫だろ。外してれば素性ばれねぇぜ?」
「そ、そうやけど…」
「それからな、下着とかちゃんと揃えようぜ?男の格好してるとまずいしな、完全に女でいたほうがいい」
と言うと、跡部は部屋のパソコンデスクに座った。
パソコンを立ち上げ、何か画面上で打ち込み、数分その作業をして、デスクを立つ。
「なにしてたん?」
ソファに座ったままそれを眺めていた忍足は不審そうな声を出した。
「ま、ちょっと待ってろ」
跡部がソファに座り直し、悠揚迫らざる様子で答える。
「とりあえず、茶でも飲んでろよ」
「……はぁ………」
深い溜息を吐き、忍足は額に手を当てた。
跡部はこの状況を楽しんでいるようだが----自分の身に起こった事でないのだから、楽しくて当然だろうが---こっちはそれどころではない。
まさか自分が昔、女性になったことがあったとは知らなかった。
というか、物心ついてからこっちそんな事態に陥ったことはなかったのに、どうして突然今になって。
何か原因でもあるのだろうか。
「まぁ、そうがっかりするなよ…?凄い体験じゃねぇか。なぁ、忍足……?」
隣に座っていた跡部が忍足の肩に手を回してきた。
「それにしても、本当に、いい女になったよな、忍足……」
耳元で囁かれて、ぞぞっと背筋が凍り、忍足はぎょっとして後ずさった。
「な、なんやねん…」


















据え膳を食わないはずがない…(笑)