修学旅行
 《1》















眼下の住宅街がどんどん近付いてくる。
小窓から目を移して前方を見ると、壁に設置されたスクリーンに、飛行機のコックピットからの画像が映し出されている。
白く長い滑走路が見えてきて、それに向かってぐんぐんと接近していく画像だ。
やがて、ドーン、と重い衝撃とともに、飛行機が空港に着陸した。
「あー、緊張した!」
手塚の隣に座っていた級友が、ほっとしたように声を出す。
「手塚は全然大丈夫みたいだな。俺はすっごく緊張したよ」
肩や腕を解しながら言ってくる級友に、手塚は微笑んだ。
周りを見ると、クラスメイトたちが皆一様にほっとしたようにくつろいでいる。
「俺、飛行機乗ったの初めてなんだよな」
「俺もだ、けど全然怖くなかったぜ」
「おい、今どき、飛行機怖いやつなんているかよ」
立ち上がって頭上から荷物を取り出しつつ、賑やかに話している級友達に、手塚は苦笑した。

















青春学園中等部の修学旅行は、2年の秋に実施される。
行き先は、近隣のアジア圏の国だ。
手塚達、今年の2年生の行き先は中華民国(台湾)である。
外国と言っても、国内旅行とほぼ同じぐらい近い。
時差もなく、成田空港から2時間程度で着いてしまう距離だ。
とはいえ、飛行機に初めて乗るという学生も多く、それなりにみな緊張している。
手塚は、小学生の時に既にヨーロッパへ旅行しているので、飛行機には慣れている。
だから、級友達のように騒ぐでもなく、静かに座席に座っていた。
もっとも、手塚がもし飛行機に乗るのが初めてだったとしても、騒いだり、緊張したりする暇はなかっただろう。
手塚は、目下、修学旅行とは全く別の問題で頭の中がいっぱいだったからだ。
その事をまた思い出してしまって、手塚は誰にも気付かれないように小さく溜め息を吐いた。
ここのところ、ずっとその事で心が重い。
何気なく後ろの席を見ながら、その問題の原因となっている人物、不二を探している自分に気付いて、手塚は唇を噛んだ。
手塚は1組で、座席の順は最前列だった。
不二は6組。手塚の席から、不二の姿がみえるわけもない。
この席に座ったときは、不二のことを少しは忘れていられると思って、ほっとしたのに。
それなのに、ふと気が付くと、不二の姿を探している。
(不二……)
「ほら、降りよう」
隣の席の級友に声を掛けられて、手塚ははっとした。
「あ、ああ…」
急いで手荷物を掴むと、通路に出る。
空港に出ると、広い空間にざわめきが満ちていた。
クラス毎に集まって担任の点呼に応えている間に、手塚は、到着口にふわりとした髪の少年を見た気がした。
「不二……」
菊丸と楽しげに話しながら到着口から出てくるのは、不二だった。
また溜め息が出て、手塚は首を振った。

















「ねぇ、僕たちさ、別れようか」
先日、不二の家に泊まったとき、手塚は不二からそう言われた。
その言葉が、手塚の胸に重くのし掛かっていた。
その日は休みの前の日で、手塚は学校から直接不二の家へお邪魔した。
不二の家族と夕食を和やかに食べて、風呂に入った。
風呂から上がって不二の部屋に戻ると、不二がベッドの上で待っていた。
「手塚……」
しっとりとした声音で名前を呼ばれて、どうしても表情が強張ってしまう。
……大丈夫だ。
今日こそは、ちゃんと、不二と……不二の願いを叶えてやるんだ。
そう心の中で何度も繰り返して、不二の隣に座る。
「好きだよ…」
不二がそっと囁いて、手塚に口付けしてきた。
口付けは好きだ。
不二の唇は柔らかくほんのり甘くて、軽く何度も唇をつけられると、それだけで幸せになる。
「手塚…」
唇が離れたときの不二の声も好きだった。
こうやって何時までも、不二とキスだけできていたらいいのに。
いや、それでは駄目だ。
不二は、俺と一つになりたい、とずっと願っているんだから。
「手塚、いい?」
不二がそう言いながら、手塚の身体をそっとベッドに押し倒してきた。
「あ、ああ」
できるだけそっけなく言ったつもりだったが、やはり声が強張ってしまった。
不二が一瞬、寂しげな表情をする。
-----------いけない。不二に又あんな顔をさせてしまった。
手塚は焦った。
焦れば焦るほど、気持ちに余裕が無くなっていく。
不二が黙って、手塚のパジャマを脱がせてきた。
身体が露になるに連れて、どんどん強張りが強くなっていく。
口付けの時は、あんなに身体も蕩けていたのに。
なのに、不二の眼前に手塚の全裸が晒け出されたときには、手塚はすっかり萎えていた。
「あ、…その……」
自分の萎えた性器を見て、不二が柳眉を寄せる。
「大丈夫だ。…だから……やっていいから…」
手塚は必死で言った。
「キミも気持ちよくなってくれないと、いやだよ…」
不二が手塚の萎えたそれを、口に咥えた。
「不二…」
不二の茶色の頭が自分の脚の間で動く。
不二に、こんな事までさせてしまって。
そう思うと、手塚はいたたまれない気持ちになった。
早く、興奮しなくては。
不二を悦ばせることができるように。
しかし、そう思えば思うほど、手塚は強張り、性器は縮んだままだった。
しばし、手塚の柔らかな性器を口で扱いていた不二だが、やがて顎が疲れたのだろう、ふう、と溜め息を吐いて、手塚のそれから口を離した。
「不二、すまん……」
なんと言っていいか分からなくて、手塚は涙声になった。
決して、不二とこういう事がしたくないわけではない。
それどころか、不二を悦ばせてやりたい。
不二と本当に一つになりたい。
そう思っている。
なのに、どうして身体が強張ってしまうのだろう。
不二は寂しげに笑って、
「いいよ、手塚」
と言って、身体を離した。
「ごめんね、いっつも気を使わせて…」
「そ、そんなことない。俺は……」
「ね、手塚……」
そこで、手塚は不二に言われたのだ。
僕たち、別れようか?と。
「ど、どうして…?」
手塚は愕然とした。
確かに、こうやってもう何度も身体を繋ごうと試みては、失敗してはいるが。
でも、俺は不二が好きだ。
告白してきたのは不二の方からだったが、不二だって、俺が不二を好きだって事をちゃんと分かっていたから、告白してきてくれたんだと思う。
セックスができない、という以外は、俺達はすごくうまくいっている。
-----セックスだって。
これからもっとな馴らしていけば、きっといつかちゃんとできるはず-----だ。
手塚の気持ちが表情に現れていたのか、不二が目を伏せて弱々しく微笑んだ。
「だって、キミって優しいから、僕のこと、すっごく気遣ってくれるでしょ?……それをさ、好きだって勘違いしてるんじゃないかな?」
「そんなことはない!」
「あのね、セックスって…」
不二が俯いてシーツを掴みながら言ってきた。
「やっぱり恋人同士には重要だと思うんだ。勿論、僕は、キミとたとえ何もできなくても、キミのこと好きだけど。……でも、キミは、きっと僕のこと、そういう意味で好きじゃないんだよ。だから、やろうとするとできないんだと思う。キミは僕に合わせてくれてるだけなんだと思う」
「ち、違う…」
「キミと僕は、ちょっと離れてた方がいいよ。そうすればキミにも本当に好きな人ができると思うし…」
「不二……」
「ね、そうしよう?」
手塚は反論できなかった。
本当は、不二の言うことなど、馬鹿なこと言うな!と一喝してしまいたかった。
しかし、不二が本当に寂しそうで悲しげだったので、何も言えなくなってしまったのだ。
不二をこんな風に悲しませているのは、自分だ。
自分が不二とセックスできないから-----だから。
でも、俺は不二が好きだ。
ずっと一緒にいたいと思うし、不二に抱かれるのは嫌じゃない。
俺の事なんて気にしないで、俺の身体を抱いてしまえばいいのに。
そんな風に強く出ないところが不二の優しさであり、手塚はそういう不二が好きなのだが。
だが今は、反対に寂しかった。
「ね、付き合うの、やめよう。……少し、僕たち離れてた方がいい」
不二に言われて、手塚は俯いて唇を噛んだ。





















したいけど勃起できない手塚……ってのも萌えかな、と(笑)