修学旅行
 《2》















そんな風に気まずくなってそのまま数日、不二とはきちんと話をしないままに、修学旅行の日がきてしまった。
青春学園はクラス数が多いので、出発便が1組〜6組、7組〜11組で異なる。
手塚たち前半グループは朝かなり早く、学校からバス6台を連ねて空港にやってきた。
空港のロビーで集合し、チケットを受け取り、飛行機に乗り込む。
荷物は前日に既に学校からトラックで空港に運ばれていて、荷物検査を受けた後、飛行機に格納されている。
身軽な旅行で楽しめるはずだったのに。
手塚は心が重かった。
せっかく異国の地に来ているのだから、不二の事は忘れて、少しの間でも楽しまないと。
『離れていた方がいい』
不二の言葉を思い出して、手塚はそうかもしれない、と思った。
不二を好きなことにかわりはないし、不二の言葉は、少なくとも自分に関しては間違っていると思う。
自分は、不二のことを本当に好きだ。
好きというのは、ただの友人としての好きじゃなくて、恋愛対象としての好きだ。
そうじゃなかったら、キスされて、気持ちいいはずがない。
あのまま、不二と一つになってしまいたい、と心から思うのに。
でも、焦れば焦るほど、どうしても身体が強張ってしまう。
少し頭を冷やした方がいいのかも知れない。
「はい、1組の人はこっちに並んで下さい!」
学級委員の女子が明るい声で集合を掛けている。
手塚は頭を振って、不二のことを考えないようにした。


















手塚たち、青春学園中等部の修学旅行の日程は4泊5日。
成田空港から、台湾の台北空港に到着した後、国立故宮博物院を見学。
2日目は孔子廟・保安宮を見学し、バスで移動して台湾民俗村を見学。
3日目は台中に移動し、国立自然科学博物館、小人国、台北に戻って国父記念館を見学。
4日目は忠烈祠、中影文化城を見学した後、台湾の中学と交流会。
5日目は中正紀念堂、国立歴史博物館を見学した後、飛行機にて帰国。
という、社会・歴史見学が主日程のものだった。
そのため、手塚達は2年生になってから、ホームルームや総合的な学習の時間で、台湾について事前に詳しく調べていた。
交流校とも5月ごろからインターネットで頻繁に交流し、特に手塚は生徒会副会長であるため、訪問した際には生徒代表で挨拶をすることになっていた。
そういう責任の重い仕事がこの修学旅行では課されているため、本来ならば、不二のことなど考えて呆けているような立場ではなかった。
不二のことはとりあえず忘れて、修学旅行に専念しよう。
手塚は何度もそう自分に言い聞かせた。

















しかし。
青く澄んだ空や、珍しい亜熱帯の植物、日本とどこか似たところのある家屋や歴史的建造物、或いは博物館の歴史的な遺物など、物珍しく興味を惹かれるものがたくさんあるにもかかわらず、手塚はどうしてもそれらに集中することができなかった。
級友たちの興奮した歓声や、驚きの声などを聞くにつけても、ふと溜め息が出てしまう。
不二は、どうしているだろうか?
同じ行動をし、同じホテルに泊まっているにも関わらず、不二とは一度も顔を合わせなかった。
隣のクラスの大石とはホテルで部屋が近いこともあって、食事等でも一緒になったし、見学先では一緒に行動することもあった。
が、不二の姿は大勢の学生達の中のどこにも見付けられなかった。
2、3日と日程が過ぎて行くに連れて、手塚は今までにない寂しさを感じた。
それは、心の底から湧き上がってくるような、押さえきれない強烈なものだった。
不二と、こんなに長い間、話もしない、顔も合わせないという事がなかった。
たった数日顔を見ないだけで、こんなに、心が持って行かれたみたいに寂しいなんて。
やっぱり、俺は不二の事が好きなんだ。
しかし、不二はどうだろうか?
不二は………俺のことをあきらめてしまったんだろうか?
自分から積極的に出られない手塚にとって、不二が退いてしまうことは、そのまま別れを意味する。
そう考えると、手塚は背筋が凍った。
いけない。
また不二のことを考えている。
せっかく旅行に来ているのに。
「手塚、どうしたんだ?」
交流会の席上、手塚がいつもより口数も少なく気分も悪いように見えて、一緒に座っていた大石が気遣わしげに声を掛けてきた。
「なんか、体調悪そうだぞ?…薬でももらうか?」
大石に優しく心配されると、手塚は不意に涙が出てきそうになった。
「…いや、大丈夫だ」
「交流会の後の外出、どうする?」
4日目は交流会の後、台北の中心街へ買い物がてら外出時間が設定されていた。
「勿論行く。お土産も買わないといけないしな…」
「…そうか。手塚、あんまり無理するなよ?」
外出は大石と行く約束をしてあった。
大石に必要以上に気を使わせるのは申し訳ない。
実のところ、修学旅行に来てからの手塚の様子がおかしい、というので、大石は自分のクラスの仕事や友人との約束も反故にして、手塚に付き添ってくれているのだ。
「大丈夫だ、心配かけて済まないな…」
自分だって、持病の胃痛で大変だろうに、と手塚は苦笑した。
大石は環境がかわると、胃腸を壊しやすいのだ。
だから、台湾に来て、台湾料理もあまり食べられないし、しょっちゅう日本から持ってきた薬を飲んでいる所を目撃していた。
そんな大石にまで心配されるようではいけないな。
少なくとも、手塚は身体の調子が悪いのではない。
ただ、不二のことでうじうじと悩んでいるだけなのだ。
「外出、楽しみだな」
大石のことも労らなくてはな。
そう思って手塚は気を引き締めた。





















日程はネットで調べたので、適当です…(汗)