抽選会
 《1》












青春学園中等部から、神奈川県の立海大附属中までは、電車で30分強である。
その日手塚は学校には行かず、副部長の大石と、直接立海大附属中へ出向いていた。
関東大会の組み合わせ抽選会が、ここ立海大附属中で行われるからである。
関東大会出場校の部長、副部長が一同に会し、抽選が行われる。
既に何度も対戦したり、或いは言葉を交わしたりして見知っている面々と和やかに会話しつつ、抽選を終えて、出ていこうとすると、
「手塚……ちょっと寄っていかないか?」
と、手塚は後ろから声を掛けられた。
振り返ってみると、開催校立海大の真田だった。
「真田か…」
「…久しぶりだな」
真田と手塚は、昨年の関東大会や全国大会でも何度か話をしているし、1年生の時から知り合いでもある。
県が違うので、普段はあまり会わないが、関東大会以上になれば、必ず対戦する可能性のある学校の部員として、常日頃からデータ収拾や研究にも余念のない学校でもある。
当然、真田も手塚も、お互いをよく知っていた。
「久しぶりに、どうだ、うちの学校の部活でも見ていかないか?」
抽選会場から三々五々人が出ていって、会場には手塚と大石、それから真田だけになる。
いつになく機嫌良さそうに声を掛けてくる真田に、手塚も表情を弛めた。
久しぶりに会う好敵手の姿に、心が弾む。
真田や柳、それから昨年異例の活躍をした、切原赤也……他にも立海大には、錚々たる面々がそろっている。
向こうから、見学していかないかと誘ってきているのだから、この機会に少々見ていっても悪くない。
そう手塚は思った。
「見学してもいいのか?」
「もちろんだ。俺たちは、全国大会連続優勝を目標にしているからな。そのためにも、おまえには俺たちのことを予めよく見ておいてもらいたい。青春学園とは必ず対戦するだろうしな」
「そうか?では、お言葉に甘えて。大石、行こうか?」
振り返って大石を見た手塚に、大石は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめん、手塚、俺、すぐに帰らないとなんないんだ」
「そうなのか?」
「だから、悪いけど、手塚だけ見に行っておいてくれるかな? 真田、悪いな。俺お先に失礼するよ」
「そうか…では、また関東大会会場でな」
「ああ、よろしく」
にっこり笑って、大石が真田と握手して会場を出ていくのを、手塚は見送った。

















「では、こっちだ」
真田が、落ち着いた低音で話しかけてくる。
「俺たちの練習を見るのも久しぶりだろう」
「そうだな、……今年も手強そうだ」
「……いや、青春学園にも、すごい1年が入ったそうではないか?」
「あぁ、越前の事か。……そうだな」
「まぁ、いろいろと楽しみだ。関東大会では……一回戦が氷帝学園とのようだが、勝ち上がってこいよ?」
「……もちろんだ」
「そうだな」
談笑しながら、二人は会場を後にし、立海大附属中テニス部のコートに向かった。

















立海大附属中のテニスコートは、校舎の北面の河川敷に広大な敷地を取って作られている。
観客席が四方にあり、とても中学校のテニスコートとは思えない設備だ。
その辺の市営のコートなどよりもずっと設備も整っている。
過去三年、全国大会を制覇している全国一の学校に相応しく、何もかも桁外れだった。
しかし、そのような設備や大勢の部員達を見ても、特に手塚は臆することなどなかった。
いつものように物静かに、テニスコートの端の席に座って、真田から説明を受け、立海大の練習風景を淡々と眺める。
見慣れない人物だが、まるっきり知らないわけでもない人物の登場に、部員たちもざわめいていた。
が、真田が一瞥すると、年下の部員達も部活の方に集中する。
「相変わらず凄いな」
手塚が言うと、真田は白い歯を見せて笑った。
「おまえに言われると、少々恥ずかしいかもな。おまえのほうこそ、練習に余念がないだろう?」
「まぁ、そうだが……やはり、立海大は凄いとおもう」
「そうか、…お褒めの言葉をいただきありがたい」
会話をしていると、そこに先程までコートで練習をしていた部員が駆け寄ってきた。
「真田副部長っ」
「赤也か…」
駆け寄ってきたのは、髪の毛がくるくると癖っ毛で、目つきの鋭い下級生だった。
手塚は見覚えがあった。
2ヶ月ほど前、青春学園に迷い込んできて、名乗りを上げて帰っていった生徒だ。
「これがうちの切原赤也だ」
「あぁ、名前は聞いている……というより、会ったな」
「赤也、…手塚に会ったのか?」
「へへ、まぁね。この間はどうもッス」
切原が照れたように笑う。
「俺、練習そろそろ終わりにするんで、手塚さんと話がしてみたいッス。副部長もどうッスか?」
「そうだな……手塚、少し話でもしないか? まだ時間があるだろう?」
「ああ、いいが…」
「せっかく来たことだしな、少し情報交換でもしたいものだ」
「嬉しいッスね、俺手塚さんと話してみたかったんすよ」
はしゃぐ切原に苦笑しつつも、手塚は真田や切原とともに、テニスコートを後にした。

















案内されたのは、テニスコートに隣接する、3階建ての建物だった。
コンクリート作りの重厚なそれは、それ一棟で、テニス部の部室である。
そこの3階に案内される。
中に入って階段を上がってすぐの部屋が応接室になっているらしく、ドアを開けて中に入ると、まるでショールームのように豪華な応接セットが並んでいた。
「ほら、赤也。お茶でも煎れてこい」
「了解ッス」
「いや、気遣い無く」
「まぁ、そう言わずに。……ここに座ってくれ」
真田が微かに笑いながら言ってきた。
勧められた椅子に座ると、切原が応接室の奥の扉を開けて、奥の部屋から湯気の立ったカップを3つトレイに載せてもってきた。
「しかし、すごい設備だな」
紅茶を勧められ、手にとって優雅な動作で飲みながら手塚が言うと、真田が苦笑した。
「まぁ、寄付がかなり潤沢にあるようだからな。おかげでこの部室も部室とは言えないほどすごい」
「あぁ、俺たちの所とは大違いだ」
微笑して言うと、真田が肩を竦めた。
「設備がいいからと言って、必ずしも強いわけでもない。せいぜい部室やコートに恥ずかしくないように頑張らねば、という所だろうか」
「ここは泊まる所もあるッスよ、手塚さん」
手塚の向かいに座って、紅茶を手にした切原が話しかけてきた。
「数人なら泊まれるようにもなってるッス」
「そうなのか……さすが立海だな」
「まぁ、設備がいいとこは結構あるッスけどね」
切原が苦笑する。
「でも、今年の関東大会はうちとアンタんとこになるかな、決勝戦、それとも……」
「…どうだろうな…」
「随分謙虚だな、手塚。自信満々なので、あらためて言うほどのこともないというわけか」
「そういうわけでもないが…」
いつになく饒舌な真田に釣られて、手塚も紅茶を飲みながら、微笑した。
3階の窓からは、6月の露の合間の晴れた空がのぞく。
爽やかな風が入ってきて、髪を揺らす。
こういう風にたまには他校の生徒と話すのも悪くない、などと思いながら、話しているうち。
(…………)
なんとなく手塚は違和感を感じた。
視界が、ぐらり、と揺れる。
手足が重くなって、動作がおぼつかなくなった感じがする。
紅茶のカップを落としそうになって慌ててソーサーに戻すと、真田がさっとそれを支えた。
「……さなだ?」
「効いてきたみたいッスね、副部長」
「………?」
切原がにやにやしながら、自分をのぞきこんでいる。
手塚は僅かに眉を顰めた。
(…きいてきた? なにが?)
「身体、動かないッスよね、手塚さん?」
「……なにを」
声が掠れた。
身体ががくがくする。
視界が揺れて、上体が倒れそうになったところを、切原が近寄って抱き留めてきた。
「ふふふ……ありがとうッス、真田副部長」
「……俺は知らんぞ……」
「いいッスよ」
「………さなだ?」
「…悪いな、手塚…」
真田が申し訳なさそうな顔で覗き込んでくる。
「……なにが?」
ぼんやりとした視界を頭を振って戻そうとする。
が、身体が重く、特に手足が動かない。
「んじゃ、移動するッス」
切原が手塚の脇に手を入れて、ぐっと抱え上げてきた。
身体が全く自由にならず、手塚はぐったりと切原にもたれかかるばかりだった。
(……なんだ?)
何がなんだか分からないままに、手塚は奥の扉から、更にその奥の部屋まで連れて行かれた。





















切原の方が真田より押しが強いという事で。