情交 
《1》











真田が跡部から呼び出しを受けたのは、県大会が終わってほどなくした頃だった。
真田の持っている携帯に、跡部からメールが来ていたのだ。
跡部と真田は以前から面識があった。
あったというより親しいと言っていい。
昨年はジュニア選抜で一緒に合宿にも参加している。
お互い強大な部の代表をしているから、会えば話もする。
今までにも練習試合の打合せやら、部員のことやら、いろいろと跡部とは話をしていたから、その時もテニス関連の事だろうと真田は思った。
お互いに携帯の番号やメルアドを登録していたので、跡部からメールが来ることも変とは思わなかった。
特に今は部長の幸村が病気でテニス部の運営の方に関われない事もあり、真田は跡部の他にも青春学園の手塚などともよくやりとりをしていた。
どちらかというと手塚との方が話しやすいが、跡部も向こうから話しかけてきてくれる分には気楽な間柄だった。
「悪いが氷帝まで来てくれ」というメールに「承知」と返し、部活が終わってから氷帝学園まで出向いたのだが。














「……失礼する」
そう言って指定された部屋に直接入ると、そこには跡部が一人で待っていた。
「すまねぇな、わざわざ」
機嫌良く話しかけられて真田は頷いた。
「何か急用なのか?」
普通なら、跡部の方から立海に出向いてくることの方が多い。
今回は来てくれ、との事だから、氷帝学園の事で何か用事があるのだろうが……火急の用なのだろうか。
勧められたソファに腰を深くおろし帽子を脱いで、真田は向かいの跡部を見つめた。
湯気の立つ香ばしいコーヒーを出されるのを、カップを手に持ってゆっくりと飲む。
「そんなにものすごく急ぎってわけじゃねえんだがな…」
なんとなく跡部の様子がいつもと違った。
結構直裁に物を言ってくる性格なのに、今日はわざと本題をはぐらかしているような感じだ。
「……何用だ?」
重ねて問い返すと、肩を竦めて跡部が笑った。
「せっかちだな、真田。まぁ、いいか……」
そう言ってくすっと笑い、ソファの背後の机の引き出しを開けて、中から何かを取りだしてくる。
みると、葉書ぐらいの大きさの紙だった。
「これ、ちょっと見てみろよ」
と言って跡部がそれを真田に差しだす。
デジカメで撮ったものをプリントアウトした写真だった。
ばっとテーブルの上に放り投げるようにしたので、数枚がテーブルに散らばる。
その数枚のうちの一枚を眺めて、瞬時に真田は息を詰めた。
心臓が、どくり、と跳ねた。
息が、吐けない。
全身の体温がすっと数度下がったような気がした。
「……びっくりだぜ、真田……」
跡部が薄笑いを浮かべた。
写真に写っていたのは真田自身だった。
場所は東京の有名なラブホテルの一室。
自分がが男に肩を抱かれて口付けを交わしている所を、横から写されていた。
場所にも、相手にも見覚えがあった。
先日、ネットで出会った男と会ったときのものだった。















真田には人に言えない嗜好があった。
男性に性欲を感じるというものだ。
中学に入った頃からうすうす感じてはいたが、一度女性と付き合ってみて、実感した。
中学2年の時に同じ立海大附属高校の上級生から告白されて、大人な雰囲気と、清楚でいて積極的な所が気に入ったので、付き合ってみたのだが。
彼女にどうしても性欲が湧かず、ただ話をする程度でいるうちに、彼女が焦れたらしい。
結局、振られてしまった。
キスでさえ嫌がったのだ。
振られるのも当然だった。
どうしてもできなかった。
彼女の柔らかな身体に触れることさえ、なぜか怖じ気づいた。
気持ちが悪い、と思った。
側に来るな、と思ってしまったほどだった。
そんな態度は、いくら隠していても付き合っていれば自ずとばれる。
「好きでもなんでもないんだったら、最初からちゃんと断ってね」
最後に寂しげに彼女に言われて心が痛んだ。
だが、どうしようもなかった。
その経験が、真田を変えた。
自分は同性愛者なのではないかと思うようになったのだ。
暫く懊悩し、テニスに打ち込むことでその悩みから逃げたりもしたが、結局テニスで気を紛らわすのにも限界があった。
密かに悩み抜いて、真田はその手の雑誌を買ったり、ネットでその手のサイトを見回ってみた。
相手を捜すサイトが多数あった。
その中の一つで相手を捜し、一大決心をして、年齢を偽って会ってみた。
会ってすぐにラブホテルに誘われた。
行って、初体験をした。
そこで本当に真田には分かったのだ。
自分が男に対して欲情するタイプだと言うことが。
男同士の性交渉に慣れている相手だったらしく、真田は抱かれたのだが、ほとんど痛みを感じなかった。
それよりも、身体全部をゆさぶるような快感に突き上げられて、我を忘れた。
今まで抑えてきた情欲を、全て白日の下に晒けだされたようだった。
「君、凄いね……」
上からのし掛かってくる男の感嘆するような声にも、身体が燃えた。
何度も貫かれ、自分も何も吐き出すものがなくなるまで射精させられた。
性欲の発散相手だから、その一度きりで後は会っていない。
その後も真田は、密かにネットで相手を捜しては、定期的に会っていた。
年齢を偽って会っている以上、同じ相手とは何度も会えない。
優しい男もいれば、乱暴な男もいた。
だが、どちらにしろ、真田の落ち着いた物腰と筋肉質の身体に喜び、自分を中学生だとは微塵も思ってないようだった。
大学生ぐらいに思っているらしい。
「何かスポーツやってるんだね?」
尻を撫でられたり、引き締まった腹を愛撫される。
真田自身も、自分よりも遙かに年上の男に抱かれ貫かれることで、暗い情欲を発散させていた。
表の自分とは全く違った裏の自分。
だが、どちらも自分には変わりない。
ただ、裏の自分は、絶対他人には知られてはならないものだった。
それが-------------。














どうしてこんなものを跡部が持っているのだろうか。
真田は驚愕した自分を悟られまいと務めて平静を装った。
跡部が、軽く笑って、自分を観察するように見つめてくる。
「それ見た時はびっくりしたぜ。……まさか、お前がなァ?」
「……どうしたんだ、これは?」
「へぇ……あんま驚いてないんだな?」
真田の低い声音に、跡部が灰青色の目を見開いた。
「さすが真田だぜ……」
くすくす笑いながら、覗き込んでくる。
「お前の相手、俺の知り合いなんだよ」
「………」
思いがけない繋がりに、真田は顔を顰めた。
「俺のっていうよりは親同士がな。結構俺とも話すやつでな、ホモなのは前々から知ってるんだけどよ。この間うちに来た時にえらい自慢していたんだよ、いい男とヤったとな。そいつ、ちょっと悪癖があって、ヤった男の写真をおかずにするそうだぜ。で、ホテルに隠しカメラとか設置してたってわけさ。悪いヤツに引っかかったな、真田?」
「…………」
跡部の声がいかにも嬉しそうだった。
黙ったまま跡部を睨んでいると、跡部が鼻で笑った。
「すげぇ良かったって言ってたぜ、お前のこと。ネコなんだってな……意外だぜ……」
「………誰かに言ったか?」
跡部が肩を竦めた。
「誰にも言ってねぇよ。安心しな。お前のことも話しちゃいねぇ。ただ写真を何枚かもらっただけだ。ばれるとまずいだろう、真田?」
「…………」
跡部の真意が分からなかった。
これを元にして脅迫されるのだろうか。
いったい何を……。
………立海大に迷惑はかけられない。
眉を顰めたまま跡部を睨んでいると、跡部がすっと立ち上がり、真田の前に立った。
「ばらさねえよ……お前次第だがな?」
「……何を……」
「真田……」
跡部がふっと笑った。
端正な顔が、花が咲いたように笑い、男の自分から見ても惚れ惚れするほどだった。
「…ヤらせろよ……」
跡部のよく響くテノールが、耳朶を擽った。
「誰でもいいんだろう、真田。……ネットで男漁りなんてしてねぇで……俺がヤってやるよ…」
手を握られる。
びくり、と背筋を震わせたまま、真田は動けなかった。
もしかしたら、跡部に知られたと分かった時から、こういう展開はうすうす気づいていたのかもしれない。
嫌なら、一喝して逃げることもできたかもしれなかった。
跡部とて、真田が真に拒絶したら、ばかげた提案など引っ込めただろう。
真に、拒絶したら。
だが、……拒絶できなかった。
身体は動かず、拒絶の言葉も出てこなかった。
ただ、跡部を虚ろな視線で見るだけだった。
「立てよ…」
言われるままにぎくしゃくと立ち上がる。
「……ベッドに行こうぜ?」
跡部がふふっと笑った。
「楽しませてくれよな、真田……」
扉を開けて隣の部屋にはいると、そこに簡易ベッドが置かれていた。
薄暗い部屋に、ぞくり、と背筋が総毛だった。
これから、跡部と……。
それは、絶望なのか、………期待なのだろうか。
「………」
ごくり、と唾を飲み込んだのが分かったのか、跡部が艶然と笑った。
「お前、最高だぜ、真田……」
















真田の設定がありえないっすね(汗)まぁ、たまにはいいかな…と。