お気に召すまま 
《10》









「部屋に飯持ってきてもらうからな。…その前に、シャワー浴びとくか。忍足、立てるか?」
「…ぁ? ああ…」
跡部がベッドから降りて部屋の内線電話で昼食を家政婦に頼んでいるのを、ぼんやりとベッドに沈み込んで見ていた忍足は生返事をした。
(あ、立つんやな…)
ぼんやりとした頭に跡部が言った事が入ってきて、ベッドから降りようと上体を上げると
「……いッ!」
ズキン、と跡部が入っていた部分が痛んで、思わず忍足は声を上げた。
力を入れるとずき、と脳まで響くような痛みが走る。
「……いてえのか?」
先にバスルームへ行こうとした跡部が眉を顰めた。
「大丈夫かよ。無理すんじゃねえ」
そう言うなり、跡部が自分の身体をぐい、と抱き寄せてきたので忍足は慌てた。
------な、なんや?
と思う間もなく、ふわり、と抱き上げられる。
「……風呂まで連れてってやるぜ」
耳のすぐ側で跡部の声がした。
「え、ええよ……自分で歩くって…」
「痛いんだろ、無理するなよ。……だいたいな、ヤった後に俺が抱いていってやるなんて事はな、今まで一度もねえんだぜ? お前が最初だ。有り難く思えよ」
「有り難くて言われてもなぁ……」
跡部が自分に非常に優しいらしい事は分かるが……なんというか、恥ずかしい。
本来ならば、自分を抱き上げて運ぶなど、跡部には絶対できないはずなのだ。
なにしろ自分のほうが跡部より背も高ければ体重もある。
だから、一層恥ずかしかった。
「…こういう事は女にしてやったらええやんか。悦ぶんやない? 跡部にしてもろたら」
「……まぁな」
忍足を抱き上げて歩きつつ、跡部が肩を竦めた。
「そりゃぁ天にでも昇る心地で悦ぶだろうよ。だからやらねえんだろ?」
「……なんでや?」
「…俺は、自分でしたい時しかしねえからな。……で、お前にはやってやりたくなったって訳さ。お前は可愛いからな……そそるぜ、忍足……」
-------------ぞくぞくっと背筋が総毛立った。
気持ち悪い……というのではないが、なにやら表現しようがなく居心地が悪い。
「そ、そんな事言わんでええって……」
聞いているこっちが恥ずかしくなり、顔を赤くして忍足は呟いた。
「……俺に惚れたか…?」
「……………アホ」
冗談で言っているのだろうが、それにしても、跡部とはこういうヤツだったのか…。
と、忍足は認識を新たにする思いだった。
今まで真面目な勉強の話などしかしてこなかったので、跡部のこういう面については、思い至らなかったのだ。
人間……いろんな面があるんやなぁ…。
などと感心している間に、跡部はバスルームのドアを足で蹴破るように開けると、中に入った。















跡部の自室に付属して設置してあるとは言え、そのバスルームはどこか一流ホテルのように豪華だった。
広い洗面台に、大理石の床。
白い機能的な形をしたトイレが反対側にあり、バスはゆったりとした二人は十分に入れる大きさだった。
その象牙色の浴槽に忍足をゆっくりと下ろすと、跡部はシャワーのコックを捻った。
ちょうど良い温度の湯が溢れるほどにほとばしり出てくる。
疲労した身体に程よい暖かさのお湯が心地よく、忍足は浴槽に寝そべるようにもたれかかって瞳を閉じた。
「それにしても、胸がでかいぜ…」
跡部がシャワーを懸けながら笑いを含んだ声で言ってきた。
言いながら、シャワーを乳房の周りにまわすようにして懸けてくる。
「…胸の話はええって…」
でかいというのが誉めているのかけなしているのか分からないが、とにかく、自分はそう言われてどう返したらいいのかも分からない。
閉じていた瞼をあけると、跡部の灰青色の瞳と視線があった。
「んないい女を抱けたとはなぁ」
「…そういう言い方やめろて…」
と言いつつも、シャワーが心地よいので、忍足は口調が柔らかくなった。
跡部は繊細にシャワーをかけて、身体の各所を洗ってくる。
(…結構、尽くし男なんやろうか…)
意外とマメなのに、忍足は認識を新たにする思いだった。
(世話好きなんかもな…)
とは毛頭見えないが、考えてみれば跡部は200人の大所帯のテニス部の部長もしているし、今期は生徒会会長もやっているのだった。
ボランティア精神に富んでいなければ、できることではない。
(まだまだ知らない事がぎょうさんあるな…)
跡部とは親友同士、かなり知っていると思っていたのだが。
今まで自分の知らなかった跡部の新しい一面を知ることは、不快ではなかった。
前よりずっと近づけた感じがする。
というか、物理的にはこれ以上ないほど近づいてしまったが。
と、その時、ズキン、と陰部が痛んで、忍足は顔を顰めた。
跡部が忍足の両足を広げさせてきたのだ。
「ちょ、…そこじゃ自分で洗うよって……」
「まぁ、いいじゃねえか……俺の方が慣れてるぜ?」
跡部がくす、と笑いながら言い、忍足の手を軽く払うと、シャワーの水勢を弱めて、右手で花弁をゆっくりと左右に開き、中にお湯を当ててきた。
「……ッッ」
じいん、と痛みなのか快感なのか区別の付かない刺激がして、忍足は思わず喉を詰まらせた。
「…ピンク色で、綺麗だぜ…」
跡部がしげしげとそこを眺めて囁く。
「見ていると、すぐにでもまた挿れたくなっちまうな…」
「……えっ!」
「はは、冗談だぜ。…まず飯食わねえとな?」
笑って立ち上がると、跡部は自分にもシャワーをかけて身体の汚れを洗い流し、浴槽に脚をかけると、忍足の背後に入ってきた。
ちょうど、忍足を背中から抱きしめるような格好で浴槽に腰を下ろし、排水溝を塞ぐとお湯の栓をひねって温かな湯を勢いよく出す。
忽ち浴槽にはシャワーよりは少々熱めの湯が溜まり、忍足の乳房の下あたりまでが湯に浸かった。
「……なんや、気持ちええな…」
熱めの湯に浸かると、疲労していた身体がじんわりと軽くなる感じがする。
背中からぴったりと跡部が密着しているのも意外に安心できるようで心地よく、忍足は軽く息を吐きながらそう言うと、跡部の胸に頭をもたせかけるようにして力を抜き、目を瞑った。
そのまま寝てしまいたくなる。
朝から慌てたり、テストでは無用に緊張していたせいだろうか、瞼が重くなって意識がふうっと遠のいていく。
「おい、ここで寝るなよ……」
跡部の笑いを含んだ声が耳元でしてはっと目を開けると、どうやら湯舟に浸かったままうとうとしていたようだった。
「寝たい所悪いが、ここじゃ風邪引くしな、出るぜ」
「あ、あぁ、そうやな……」
そのままずっと湯舟で寝そべっていたかったが、そうもいかない。
ざぶり、と湯から上がると、身体が重かった。
先に湯舟を出た跡部が、真っ白いバスタオルを忍足にかぶせてくる。
「身体、痛いか?」
「…ちょぉ、痛いな…」
まだ鈍痛が腰全体を覆っているようだったが、耐えられない、というほどでもない。
「心配せんでええって…」
やたらと跡部が優しいのに戸惑って口ごもる。
「まぁ、そう言うなよ。お前を心配できるなんてな、滅多にねえからなぁ」
跡部がくすくす笑いながら答え、バスルームの扉を開けた。
「ほら、これ着ろよ」
あらかた身体を拭いて出ると、これまた真っ白なガウンを渡される。
来客用にあらかじめ用意してあるのだろうか。
やはりどこか一流ホテルのように新品のそれに、忍足は申し訳ないような気持ちになった。
「なんや、いろいろすまんな」
「なに遠慮してんだよ。ほら、飯もできてんぜ」
跡部に言われて、部屋の中を見てみると、まるでこれもホテルのルームサービスのように、部屋の中に二人がけのお洒落なテーブルが設えてあり、その上に、香ばしい匂いを上げてパンとミルク、それにベーコンエッグなどが純白の上品な白い皿に乗せられていた。
「……凄いな」
忍足が目を見張ると、跡部はくす、と笑った。
「椅子に座るといてえかもしれねえが、ちょっと我慢しろ」
「あ、あぁ、そのぐらいなんでもないわ…」
とは言ったものの、恐る恐る椅子に座る。
自分もガウンを羽織った跡部は向かいの席に座ると、銀製のポットから湯気の立つコーヒーをカップに注いだ。
「……美味そうやな……」
今朝は牛乳を少々飲んだだけの忍足は、腹がすっかり減っていた。
目の前に並んだふわふわのスクランブルエッグやベーコン、ソーセージ。
大きな皿に盛られたサラダ。
クロワッサンや熱々のトースト、何種類ものバター、ジャム。
フルーツの入ったヨーグルトなどを見て、ごくり、と唾を飲み込む。
「じゃぁ、おおきに、いただきますよって」
一応跡部に伺いをたててから、忍足はまずミルクを口にした。
風呂に入って火照った身体に冷たいミルクが心地よい。
ごくごくと飲んでから、ふぅ、と息を吐き、今度はナイフとフォークを手にして、ソーセージを切りにかかる。
口に入れて噛むとじゅわ、とジューシーな肉汁が溢れてくる。
空腹が更に刺激されて、忍足はものも言わず夢中になって食べ始めた。
トーストにバターを塗り、コーヒーと一緒に食べ、クロワッサンをちぎって食い、スクランブルエッグの仄かな甘みに舌鼓を打つ。
皿を舐めるようにして綺麗に食うと、今度はヨーグルトを食い始める。
「…随分腹が減っていたようだな…」
忍足が夢中になって食う様子を、向かいから跡部がやや呆れたように眺めた。
「そ、そりゃぁな、…朝は食ってへんし」
「朝食ってないのか?」
「こんな身体になっとるの分かって慌てたしなぁ。…食ってる余裕なんかあらへんって…」
「それもそうだな。……だが、処女喪失したあとで、こんなにがつがつ食う女も初めてだぜ」
肩を竦めて跡部が言ってきたので、忍足はかぁっと頬を赤らめた。
「…へ、変なこと言うなや」
今まで跡部が付き合ってきた女性たちは、事が終わったあとも恥ずかしそうにでもしていたのだろうか。
ふと跡部はどんな女性が好きなのだろうか、と考えてみて、忍足は、
「……なぁ、跡部が今までつきおうてきた女、どんなん?」
と何気なく聞いてみた。
「…あぁ?」
「……だから、外見とかもそうやけど、……みんなおしとやかなん?」
「まぁ、そうだな」
「へぇ……そういうん好きなんか、跡部」
忍足のぼそぼそした声に、跡部が肩を竦めた。
「別に、好きも嫌いもねぇよ。俺はそういう意味で今まで好きなやつはできた事がねえからな」
「…そ、そうなん?」
あぁ、別に好きじゃんだが、向こうからやってくれって言ってくるからな、まぁ、やってやるってわけさ」
「……な、なんや、すごいな…」
「なんだよ、お前だっていい線行ってるんだから、そういう女がいそうだがな?」
「…俺にいるわけないやん。…そういうの、苦手やし…」
なんとなく恥ずかしくなって、忍足は口籠もった。
「まぁ、今まで童貞だったって事はそうなんだろうけどな。でも、もうお前も童貞じゃねえし……って、童貞なのか?」
跡部が首を捻った。
「処女じゃなくなったが、男でやったことがねえんじゃなぁ…じゃぁ、男に戻ったらやらせてやるからよ」
「……はぁ?」
「どうせもう俺たち他人じゃねえんだしな? お前が男に戻ったら俺を抱かせてやるって話さ」
「…………」
跡部の話は忍足にはびっくりする事ばかりである。
目を白黒させて呆気に取られて跡部を見ていると、跡部がくすっと笑った。
「まぁ、なんでも経験だぜ? お前も勉強ばっかりしてねぇで色々見聞広めろよ」
「……あんまり広めてもいい見聞とは思えんけどなぁ」
などとぼそぼそ言いながらも、跡部には敵わないので、忍足はやれやれと肩を竦め、ヨーグルトを食べる作業にもどった。
新鮮なフルーツの切片が入ったヨーグルトは、さっぱりとして美味しかった。
舌鼓を打って食べ終わると、珈琲を飲み、満足してふぅ、と息を吐く。
向かいのテーブルを見ると跡部も食べ終えたらしく、上品に口許をぬぐっている。
(こういうの、慣れてるんやなァ……)
今日は驚くことばかりだった。
しかし、まだ先があった。
食べ終えると跡部が内線で電話をする。
「失礼します」
と、使用人がテーブルをさげにきた。
更に、もう一人、実直そうな使用人が、大きな段ボールを運んできた。
「景吾ぼっちゃま、この辺に置いてよろしいですか?」
「あぁ、そこでいい」
跡部に指示された場所に段ボールを置くと、一礼して出て行く。
ぼんやりとそれをソファに座ったまま眺めていた忍足は、跡部が段ボールを開くのを見て目を見開いた。
「…な、なんや?」
段ボールから跡部が取り出したのは、色とりどりの………ブラジャーだったのだ。


















跡部家の食事は美味しそうですよね。