お気に召すまま 
《11》









呆気にとられて眺めていると、跡部が忍足を手招きしてきた。
「おい、こっちに来いよ」
「……それ…」
「あァ? お前に着せようと思って頼んだやつだぜ」
「………」
「サイズもぴったりなはずだぜ」
跡部がくす、と笑う。
「これなんか、似合いそうだな…」
そう言って跡部が取り出したのは、黒の光沢のある生地に白いレースでゴージャスな薔薇の刺繍があしらってあるブラジャーとショーツのセットだった。
店からそのまま取り寄せたのだろうか。
袋に入ったままなのをびり、と勢いよく破いて取り出す。
「…着けてみろよ」
「……こ、こんなん…」
手に押しつけられて忍足は困惑した。
ショーツを手に取り左右に広げてみる。
(こんなひらひらしたちっちゃいやつ……大事なもんがはみ出そうや…)
と思って、そういえばもうはみ出るようなモノがついてない事に思い至る。
急に自分が女の身体をしている事を意識して、恥ずかしくなる。
頭を振って照れ隠しにショーツをぎゅっと引っ張ってみる。
(リボンなんかついてるやないか……恥ずかしい…)
真ん中に純白のバラの刺繍とリボンがついているのが妙に羞恥を誘う。
手に持ったまま渋面を作っていると、跡部がやれやれという感じで近寄ってきた。
「俺が着せてやるか」
「え、ええよ……自分で着るて……」
見ているだけでも恥ずかしい下着なのに、跡部になぞ着せてもらった日には、顔から火が出そうだった。
慌ててもごもごと口ごもりながら、跡部を伺い、満足げな表情に軽くため息を吐いて、着ていたバスローブを脱ぐ。
ひらひらしていて頼りない生地を手にとって足に入れる。
引っ張り上げて穿いたが、どうも穿いているというより、いやらしく局部だけ隠したようで、忍足は微かに頬を赤らめた。
「…ほら、ブラジャーもしてみろよ」
腕組みをして忍足を鑑賞しながら、跡部が囁く。
「…………」
ブラジャーの方が、飾りが大きかった。
純白のバラがカップの上にひらひらとフリルになってついている。
紐をおそるおそる肩に引っかけ、後ろ手にフックを止めようとしてなかなかうまくいかない所を、跡部に背中を撫でられて忍足は、
「………ッッ!」
思わず息を呑んだ。
「後ろ、止めてやるぜ…」
背後から低い声で囁かれて、ぞわっと背筋が総毛立つ。
「跡部の声ってやらしいんやな…」
首筋を縮めて口の中でもごもごと言いながらも、背中がうまく止められないのでは仕方がなく、跡部に背中のフックを止めてもらう。
「胸、綺麗だぜ」
カップの上部からこんもりと盛り上がってはみ出だたわわな乳房を眺め、跡部が瞳を細めた。
「すげぇいい女だな。忍足……こんないい女の処女を奪えたとはな、俺もついてるぜ」
「…しょ、処女ってのはやめといてや」
跡部の言いぐさがいやらしく更に背筋がぞくぞくした。
「色っぽいぜ……これも着てみろ」
忍足が後ずさるのにも構わず、跡部が更に段ボールから次のものを取り出してきた。
「……それ、着るんか?」
次に取り出してきたのは、こんなもの着られるのか、というようなひらひらした服だった。
「ほら……お前に似合うぜ?」
跡部が忍足にそれを広げてみせる。
胸元にこれでもか、というぐらいギャザーとフリルの入った黒に小花模様の身体の線のはっきりでるワンピースだった。
裾の長さが切り替えごとに違っていて、ひらひらと揺れている。
「……跡部……」
いつのまにこんなものまで……。
忍足は呆然となった。
「お前に似合いそうなやつをチョイスしてもらったんだぜ? 他にもいろいろあるから好きなやつ選んでもいいんだがな。着たら出かけねぇか?」
「…え、出かけるて…」
「折角女になったんだし、女の格好してればばれねぇぜ。眼鏡外せば顔もわからねえしな? 出かけて女の生活楽しんでみねえか?」
跡部の言葉に忍足は思い切り眉を顰めた。
「この姿だとまずいから出ない方がええ、言うてたやないか?」
「いや、お前が忍足だとばれるとまずいって話だぜ。ちゃんと女の格好していれば絶対ばれねぇって。……ほら、着ろよ。もしこれがいやなら別のも取り寄せてあるからな」
「え、ええって……てか、跡部の趣味なん?」
跡部が軽く肩を竦めた。
「お前の外見とサイズを言って適当に持ってきてもらったのさ。可愛いやつがよければそういうのも入ってるぜ?」
そう言って跡部がピンクの花柄のブラジャーを取り出してきたので、忍足は急いで首を振った。
「え、ええ。…これでええよ……」
「服だって別のがあるぜ?」
太股が見えそうなミニスカートを出され、慌てて更に首を振る。
「これ、わざわざ取り寄せたん?……俺今あんま金持ってへんけど……代金、後ででええ?」
「バーカ。金なんざいらねえぜ。んな事心配するなよ」
「そう言われてもなァ…」
「てめぇ、へんな所で貧乏くせぇな。俺が買ってやったんだから、気にするな」
と言われても、結構一般庶民な忍足は困惑した。
「お前が着ねえやつは返品できるから心配すんなよ。んじゃ、それでいいな? あとは靴だな…」
段ボールをごそごそと探って跡部が、穿いたらよろけそうなミュールを出してきた。
「…そんなん、ちゃんと履けるかな…」
「まぁ、がんばれよ」
跡部がくす、っと笑った。
「お前の支度ができたら出かけようぜ」
そう言いながら跡部も自分の部屋の巨大なクローゼットを開け、中から服を取りだして着替え始める。
「随分服持っとるなぁ……」
クローゼットの中が自分では持ってないようなブランドの高そうな服ばかりなのに、忍足は目を見開いた。
さすが跡部だ。
おしゃれには余念がないらしい。
(こんだけ格好よくておしゃれなら、モテモテやなぁ……)
跡部が女にモテるのも十分うなずける。
(それに、セックスも上手そうやしな…)
などと、先ほどの自分に対する跡部の振る舞いを思い出したりしてしまい、忍足は密かに赤面した。
(な、なんや変な気持ちやな…)
狼狽し、俯いてごそごそとワンピースを身に着ける。
(す、すうすうするなァ……)
こういうのを生足、というのだろうか。
ひらひらして穿いているのかいないのか分からないような布地では、内股まで風が通り抜けるようで心許ない。
渋面を作りつつも、なんとか服を着終わる。
既に跡部は身支度を整えていた。
どこぞの芸能人のような、しゃれた格好である。
カジュアルで、それでいて品の良さの感じられるものをさりげなく着こなしている。
一品一品は高そうに見えるのだが、跡部が身につけると上品でさりげなく、カジュアルな雰囲気にコーディネートされている。
(さすが、真の金持ちは違うな……)
これが成金だったりすると一点豪華主義になって、いかにも高いものを着ています、という感じになるだろうが。
(俺なんか着たら、そうなりそうやな…)
忍足の家も決して貧乏という事はなく、むしろ裕福な方なのだが、跡部にはかなわない。
「…なんだよ、見とれるほどいい男か?」
忍足がまじまじと見つめていると、跡部がくす、と笑った。
「お前も、いい女だぜ…」
跡部にいい女、と言われると背筋がぞわっとする。
思わず眉を顰め、むすっとして忍足はミュールを手に持った。
「…ほら、バッグはこれにしろ」
最後に跡部がブランドの小さなバッグを取り出してきた。
段ボール箱をあさって、女物のブランドハンカチとティッシュを入れている。
「これ、持つんか?」
「あぁ、男でも女でも身だしなみはきちんとしとかねえとな。ポケットがねえからよ、携帯でも入れておけよ」
「なるほど、そうやなぁ……」
細かい所に気のつく男だ。
忍足はまた舌を巻いた。
「…で、どこいくん?」
自分が学校から持ってきていたバッグの中から、財布と携帯を取りだして詰める。
それから忍足は跡部に尋ねた。
「そうだな……まぁ、標準的なデートコースでもどうだ?」
「デートコース……」
「中学生らしいのにしようぜ」
「…跡部がそういう事言うと変やな…」
他の女性とデートする時は、どのへんに行くのだろうか。
忍足はふと思った。
なんとなく………標準的な所というのはそぐわない。
(ラブホ直行やないのかな…)
などと考えて少々眉を寄せる。
「まぁ、いいじゃねぇか。……そうだな…平日で空いてるだろうから、映画でも見に行くか?」
「…映画?」
「そのあと食事でもしようぜ。…いい感じのデートだろ?」
「……デートなぁ…」
「あぁ、デートだな。いいじゃねえか、男のお前とだって映画ぐらい行ってたしな?」
「まぁ、そうやけど…」
「じゃ、決まりだぜ」
跡部が爽やかに笑ってそう言い、部屋から出ようとするのに慌てて、忍足もミュールを手にぶらぶらさせたまま後を追った。

















跡部邸を後にすると、最寄りの地下鉄の駅に向かう。
「ちょぉ、跡部……あんまり早く歩かんといて。歩きにくいわ…」
忍足は足下がおぼつかなかった。
こんな支点がぐらぐらする頼りない靴、怖くて早く歩けやしない。
こんなものを穿いて、よくあんなに颯爽と歩けるものだ。
と、忍足は地下鉄の駅で自分の周りを歩いている女性を見て、心底感心した。
女性になるのもラクではない。
しかも、こんなふりふりの服しか着てないし。
歩き方が変なのだろうか。駅にいる人みんなに見られているような気がする。
「ほら、切符だぜ」
切符売り場で切符を買ってきた跡部が一枚を忍足に差し出した。
「あ、買わんでもええのに、俺メトロカード持ってるで」
忍足が申し訳ない、というように言って恐縮して切符を受け取ると、跡部が吹き出した。
「おいおい、貧乏くせぇ事言うなよ。このぐらい俺に奢らせろって」
「そうか?」
「しかし、メトロカードかよ。……まぁ、お前らしいか…」
くすくす笑いながら改札口へ向かう。
足下をふらつかせながらも忍足も改札口を通ってホームへ出た。
ちょうど地下鉄がホームへ入ってきた所だった。
扉が開いて人々が乗り込む。
平日の昼間なので、朝夕の通勤ラッシュのように人はいないのだが、それでもそれなりの混みようである。
「忍足」
忍足がもたもたしているのを見て跡部がす、と手を伸ばすと、忍足の腰を抱き寄せるようにして、自分より先に乗り込ませた。
「ちょ……」
他の客がみな自分を見ている気がする。
気がする、ではなくて実際見ていた。
忍足は慌てて俯き、こそこそと車内を見回した。
跡部が忍足の後から悠々と乗車してくる。
車内は残念な事に空いている席がなかった。
乗車口の所に立っていると、跡部が忍足の隣にぴったりと寄り添ってきた。
「お、おい……くっつきすぎやで…」
自分の肩に手を回し、下手するとキスでもしそうなほど顔を寄せてくるので、忍足が渋面を作る。
「ンな顔するなよ……他人が見てるぜ?」
跡部が灰青色の瞳を細めた。
「べたべたしとるから見てるんや。ちょぉ離れろて…」
「おいおい、離れたりしたら、お前みたいな美人、アブねえじゃねえか。痴漢に遭うぜ?」
「まさか……」
「だいたいお前が綺麗だから、みんなお前を見てるんだからな?」
跡部が忍足の耳元に囁いてきた。
「そんなはずないやろ……」
「なんだ、随分へりくだってんじゃねえか? いつもの忍足らしくねぇなァ?」
跡部がくすっと笑う。
「その、いつもの俺ってなんやねん……」
「おいおい、俺とか使うなよ、せっかくの美女がだいなしだぜ?」
「……俺が駄目て……なんて言ったらええやん」
「そりゃぁ私だろうぜ?」
「わたし……な、なんや寒いな…」
眉間に皺を寄せると、跡部がそこをす、と撫でてきた。
「ほら、そういう顔すんじゃねぇよ。みんなが見てるぜ?」
「…………」
それとなく周囲を見回すと、確かに跡部の言う通り、地下鉄の乗客達がちらちらと自分たち二人の方を見ている。
跡部などはこういう注目のされ方は普通の事なのだろうが、忍足にとっては初めてである。
居心地が悪く、忍足は俯いて地下鉄のドアに寄りかかった。
(なんだか、いつもの自分やないな……)
もっとも、今は女性になっているのだから、いつもの自分でなくて当然なのだが。
(それに、なんや、股が痛いわ……)
立っていたからだろうか、じんじんと疼くような痛みが先ほど跡部が入っていた所からしてきて、忍足はひそかに頬を赤らめた。
まだ、跡部がそこにすっぽりと入っているような気がしたのだ。
(自分で何考えとんのや!)
自分を叱咤する。
こんな昼間に、しかも地下鉄の中で先ほどの情事を思い出すなど、……女になってから淫乱になってしまったのだろうか。
(…………)
なんだか考えていたら下腹が疼くように熱くなってきて、忍足は狼狽した。
(まずいわ……なにか、学校のことでも考えよ…)
必死に今日受けてきた中間考査のことを考える。
(出来はまぁまぁやったと思うから、……今回もクラス一番は勿論やけど、学年でも……5番以内は堅いな…)
朝起きたら女性になっていた、というアクシデントはあったものの、無事に試験を受けることができた自分を誉める。
(何があっても動じない俺ってえらいやん…)
などと変な誉め方をしていた所に、地下鉄がガタン、と止まった。
「着いたぜ?」
目の前のドアがすっと空いて、跡部が忍足の手をさりげなく握って引いてきた。


















外でデートv