部長、大変です!
《16》













手塚といえば一週間前…………
「おい、なんの話したんだよ?」
まさか、手塚が一週間前の出来事を、真田に話すとも思えないが……。
と思ったが、それは真田の次の言葉であっさりと翻された。
「お前、手塚と、その、………した、そうだな?」
真田が眉間に皺を寄せ、言いにくそうに言葉を切りながら話してくるのを、跡部は引きつった顔で聞いた。
「…手塚が、言ったのかよ?」
「……そうだ」
「………どんな事言ってたんだ?」
「どんな事とは…」
真田が困ったように視線を逸らす。
「お前は凄いそうだな。……手塚が驚いていた。自分では全くその気などなかったのにいつのまにか……とかなんとか……」
「……あァ?」
背中がぞくぞくっとして、跡部は思わず変な声を出した。
「凄いってなんだよ……」
「…いや、手塚が驚いていたからな。自分がよもやお前と関係してしまうなど、今でも信じられないようだぞ? だが、お前は素晴らしかった、と感激もしていたな…」
「……手塚、変なんじゃねぇ?……つか、お前らそういう話するほど仲いいのかよ……?」
「手塚とは、いろいろと相談したりしているし、昔から知り合いだ。…いや、今までそんな話などした事もなかったのだが。手塚から打ち明けてきたような形だ。俺に意見を聞きたかったようなのだがな…」
「……意見?」
「…あぁ。自分のこういう気持ちは、おかしいだろうか、と……悩んでもいるようだった」
「…まぁ、手塚だからな。……わりぃことしたか…」
「いや、そうではない」
真田が跡部をひた、と見据えてきた。
「手塚は、お前に感謝していたと言っただろう? それよりも、お前に申し訳ない、とか言っていたが……詳しくは聞かなかったので、知らないがな」
「別にいいんだけどよ…」
自分が強姦されたことについては、手塚はそこまでは真田に話さなかったようで、跡部は内心ほっとした。
「それにしても、手塚が羨ましいものだ……」
「……あ?」
真田が変な事を言ってきたので、跡部は思わず聞き返した。
「なんだって?」
「いや、……手塚が羨ましいと……」
「羨ましいって、なんで……?」
「なんでと言われても……あの手塚が、それは感激したように話すのでな、お前はさぞ素晴らしいのだろうと思ったら、妬けた。手塚は幸せ者だな…」
「…おい、真田……」
「……いや、すまん。……失礼な事を言ったか……」
熱っぽく語っていた真田が、はっとしたように瞳を瞬かせた。
「手塚と俺は、そういう面ではお互い堅物で、女性と付き合ったこともないしな。…似たもの同士、という感じだったのだ。その手塚が、と思ったらな……つい、お前に聞きたくなってな。……俺としたことが、お前に非常に失礼なことを行った気がする、許せ」
深々と頭を下げられて、跡部は困惑した。
部屋の中では、真田はトレードマークの帽子を脱いでいるので、跡部の目の前には黒く艶やかな真田のさらりとした髪と、つむじが見える。
「別に謝らなくてもいいけどよ……」
あの傲岸不遜にも見える真田が自分に頭を下げているのが妙に居心地が悪くて、跡部は口ごもってそう言いながら、もぞもぞとソファに座り直した。
それにしても---------
女性と付き合ったこともないか……
まぁ、そうだろうな、とは思ったが。
真田も手塚もそういう点は似ているとは、跡部も常々思っていた所だった。
どちらも謹厳実直。不言実行型で、堅い。
真田の方がより気むずかしそうで、強面だが、手塚も似たり寄ったりである。
(まぁ、あの手塚もなぁ……結構、興奮してたよな…)
茶を啜りながら、跡部は先週の青学部室での出来事を思い出していた。
迫った時、言葉では戸惑い拒絶していたものの、反面身体は勃起していた所がいかにも手塚らしい。
(結構、でかかったな…)
手塚のペニスが自分の中に押し入ってきた時のずうん、とした甘い衝撃やら、手塚の熱い吐息やらを思い出す。
手塚の低い呻き声や、抱き締めてくる腕の力や……
耳元に熱く吹き掛かってくる吐息や、微かな呻き。
(おいおい、何考えてんだよ……)
ふと、思い出している間に、下半身がずきん、と甘く疼いて、跡部は狼狽した。
ズボンの中で、自分の性器がむくり、と頭を擡げてくる。
血液がどっと流れ込んだようで、ぞくぞくとした戦慄が尾てい骨から背筋を駆け上る。
(…ヤられた事考えて、興奮してんじゃねえよ……)
と、自分を叱咤したのだが、一度興奮したそこは収まらなかった。
ここ数日、いつもの日常に戻ってきたとは言え、あの時の快楽や興奮は、跡部の身体の奥底で熾火のように燃え残っていたのである。
それに一気に火がつき、その火が勢いよく燃え始めたのだ。
一週間、自慰も何もしていなかったのも一層興奮を煽っている原因かも知れない。
(くそ、………)
跡部は心の中で舌打ちして、なんとか身体の疼きを止めようとした。
「どうした…?」
跡部がもぞもぞしているのに気づいたのか、真田が顔を上げて、跡部を覗き込んできた。
太い眉が僅かに顰められ、鋭い三白眼が自分を見つめてくる。
(………真田か…)
不意に真田の太い首筋に目が行き、跡部は息を詰めた。
(堅そうだよな、確かに…)
筋の浮き出た太い首や、喉仏、それから襟元を外したシャツから見え隠れする日に焼けた胸元に目が止まる。
……ドクン……。
不意にうねりのように興奮が突き上げてきて、跡部は瞬時眉を顰めた。
(おいおい、真田見て興奮してんじゃねえよ!)
と、自分を叱咤するが、収まらない。
一旦興奮し始めると、自分は止まらなくなるのだろうか。
淫乱………単語が脳裏を掠める。
やはり自分は淫乱なのかもしれない。
一週間前にふと思った事が、かなり現実味を帯びて迫ってきた。
(くそっ、どうしようもねぇな、……どうする?)
どんどん熱くなる身体と、血が流れ込んでズボンの中で頭を擡げてきたのが分かるペニス。
熱っぽい吐息が漏れてくる。
もう、これ以上我慢できそうにない。
このまま火照った身体を抱えてこの場を逃げ去るか、もしくは----------
「…なぁ、真田……」
跡部は掠れた声を出した。













「……なんだ?」
急に跡部が気分が悪そうにしてきたので、真田は困惑していた。
昼飯がまずかったのだろうか。
だが、同じ物を食っていて、自分はなんともない。
食中毒ということは考えられないが。
アレルギーでもあったのだろうか。
などと益体もないことを考えていると、不意に跡部が立ち上がった。
(………?)
「…どうした?」
トイレにでも行くのか、と思って声をかけた所に、跡部がふらり、と自分の隣に腰掛けてきた。
腰掛けてたと思った途端に、跡部がすっと手を伸ばして自分の首筋に触れてきたので、真田は驚愕した。
「なぁ、……真田も、…やらねぇ?」
低い、甘いハスキーなボイスが耳朶を擽る。
「手塚が羨ましいって言ったろ? だったら、どうだ? 俺と……してみねぇ?」
「……跡部……」
耳たぶに暖かい濡れたものが触れてきた。
跡部の舌だろうか。
耳たぶをぷるぷると舌先でつついてくる。
動けずに硬直したまま、思考も止まっていると、跡部が更に、耳朶をかぷ、と咥えてきた。
「……俺のこと、欲しくねぇか? なぁ、しようぜ……」
ぞくぞくと背筋に戦慄が走る。
ズキン………股間に痛みが走り、みるみるうちに自分の性器が大きくなっていくのを感じて、真田は狼狽した。
ジャージのズボンの生地を押し上げ、形が分かるほどになる。
跡部が嬉しげにくす、と笑うのが聞こえて、真田は眉を顰めた。
「……冗談はよせ!」
跡部の胸を強く押しのける。
「ぅ……ッ」
無防備だったらしく、真田の大きな掌で押し退けられて、跡部はソファの背凭れに背中を打ち付けた。
「す、すまんっ…」
跡部が顔を顰めて痛そうに俯いたのを見て更に慌てる。
「…大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ………なぁ、どうしてくれるんだよ……?」
俯いていた顔がゆっくりと上げられた。
「……………」
灰青色の瞳が濡れて、凄絶な色気を放っている。
真田は息を飲んだ。
こんな跡部は見たことがなかった。
跡部と言えば、外見や言動は派手なものの、真摯ににテニスに打ち込む真面目な面しか知らなかった。
ジュニア選抜で一緒に合宿した時も、夜はさっさと寝てしまう真面目な奴だった。
だから、手塚から話を聞いた時は、信じられなかった。
実際に自分が確かめてみたい、とは思っていたのだが。
しかし、手塚に聞いていた以上の、想像以上の跡部の妖艶さに、真田は言葉も出なかった。
頭ががんがんとしてくる。
「なぁ、真田………こんなになっちまったんだ……なんとか、してくれよ……」
真田の視線が食いつくように自分を見ているのを知って、跡部がふっと笑った。
















第2部。7人目その2。