妙な三人連れになってしまった帰りは、電車の中でも跡部も忍足も勿論真田も押し黙ったままだった。
電車を降り、来た道を引き返して跡部の邸宅に戻る。
「……ここがお前の家か」
「そういや初めてか。家族は誰もいねぇから、気にしないで上がれよ」
邸宅を見上げる真田に、跡部が手招きする。
「では、お邪魔する」
中学界一の実力を誇るだけあって、こんな時にも落ち着いた物腰は変わらない。
跡部の案内で広い玄関から階段を昇り、跡部の部屋に入る。
「ちょっとそこにでも座っててくれ」
そう言って部屋から一旦出て行った跡部だが、ほどなくして紅茶と御菓子のセットを持った家政婦さんと一緒に戻ってきた。
「いらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ」
と言われるのにも丁寧に礼儀正しく一礼する真田を、忍足はソファにもぞもぞと座りながら眺めた。
家政婦が出て行くと、跡部が大きく息を吐いて、だらしなくソファの背凭れに頭を預けた。
「……で、わざわざ招待してくれたのは恐縮だが。……別に聞かなくてもいいんだが」
とりあえず自分の前に置かれた紅茶のカップを手に取り、真田が居心地悪そうに言葉を発した。
「女装趣味とテニスの腕前は関係ないだろうしな。…お前にそういう趣味があっても、俺は口外せん」
「ってか、女装趣味なんてない言っとるやんっ!」
「……では、どうして女性の格好をしている?」
真田が太い眉を顰め、眉間に皺を縦に深く寄せて問いかけてきた。
「……ぅ、そ、それは…」
「おいおい、そう怒ってもしょうがねぇだろ?」
跡部がくすっと笑った。
「跡部っ、笑っとらんで、真田の誤解解いてや。女装なんて、キモイやないか!」
「そう言っても、お前女物着てるじゃないか?」
「…それは、跡部が!」
「……跡部……」
二人の会話を聞いていた真田がぼそっと言ってきた。
「友人に女装をさせて街を歩くのが趣味なのか、跡部?」
「お、おい、なんだそりゃ!」
さすがの跡部も呆気に取られ、爆笑した。
「はははっ、真田ってすげえ発想するのな!」
「……そうとしか見えないが…」
笑われて憮然とした表情で真田が言う。
「俺にはわけが分からん。二人で俺をからかっているのか、跡部」
「いや、違うんだけどよ……うーん…」
跡部が頭を抱えた。
「どうすっかな…」
「どうするって何をや、跡部?」
忍足は跡部にこっそり話しかけた。
「いや、このままじゃ埒があかねえしな。それに……」
跡部が暫くじっと考え込む。
真田は眉間に皺を寄せたまま、忍足は不安げに跡部を眺めた。
「ちょっと忍足、こっちに来い。真田、すまねぇが、ちょっと待っててくれ」
「え、な、なんや?」
不意に手をぐいっと引っ張られて忍足は驚いた。
ふんわりとしたスカートを翻して立ち上がったところを、跡部に部屋の隅のユニットバスに引きずり込まれる。
「よし、ここなら話が聞こえねぇな…」
ユニットバスの扉を閉めて、跡部が軽く息を吐いた。
「…なんや?」
「忍足…」
「……?」
跡部が忍足の肩を掴むと息を潜めた。
「お前……真田とセックスしろ」
「……はぁ?」
「真田の事誘惑して、あいつの童貞……まぁ、童貞だよな……それを奪えって言ってんだよ」
「……な、な、なに言っとんの?」
忍足は仰天した。
「冗談きっついわ…」
「冗談なんかじゃねえぜ。俺は本気だ」
「……あとべ?」
跡部の口調が真剣なので、忍足はぎくっとした。
「ま、まさか、…本気やないよなぁ?」
「本気だぜ」
「ど、どうして…そんな馬鹿な事…」
呆然として目を見開いたまま跡部を見ると、跡部が肩を竦め、忍足の肩をぽんぽんと叩いてきた。
「…よく聞けよ、忍足。実は、お前に言ってなかったんだが……女になっているお前と生でセックスするとな……相手の男も一時的に女に変化するらしい」
「………はぁ?」
「携帯に着信が来ててな。留守番電話にしておいたのを聞いたんだが……お前の父親からだった」
「………」
「性器同士が接合して体液を交換したりするとな、一時的にお前の身体に起きた作用が相手に伝播する、という事なんだ。まぁ、数時間ぐらいだそうだがな…」
「……ウソやろ、跡部、女になってないやん」
「すぐにじゃねえようだ。相手が性転換するのはその相手によるようだが、……いつも一緒にいるような相手だと体液など交換とはいかなくても付着する事があるから、その分反応が鈍くなって、逆に遅くなって3日後ぐらいに変化するみたいだ。滅多に会わないような接触の少ない相手の方がすぐに変化するらしい。動物実験でしか確かめてないので人間はどうか不明だがって話だがな? 俺が今度俺を抱かせてやると言ったのは、そういうのもあってな。俺が女に変化したらお前が男に戻っているだろうから、女の俺を抱かせてやるよ」
「……女のお前……」
この跡部が女性に?
と思ったら、忍足はわくわくしてしまった。
「そ、それは悪くないナァ……」
跡部が女になったら、どういう感じだろうか。
忍足は目の前の跡部をまじまじと見た。
跡部は元々男にしておくには勿体ないぐらい綺麗だ。
勿論、男としても申し分なく格好いいし、大人しくしていたら深窓の美少年、という感じなのだ。
だが、これが女性になったら、もっと深窓の美少女、という感じでたおやかで素晴らしいだろう。
いや、たおやかなのは外見だけで、性格は同じだから、性格の悪い美少女……。
などと思ったら、なんだか興奮してしまった。
(性格きっつい女になるやろうけどな……この跡部が女になぁ……)
胸とかどのぐらい大きくなるだろうか。
(意外と小さかったりしてな……)
自分がこんなに胸がでかくなったのは予想外だったが、跡部はきっとそれなりに…。
(Bぐらいやろか……俺が触るとちょうど掌にすっぽり入るぐらいで…)
(触ったりすると、この跡部が喘いだりするんかな)
それも想像できないが。
(何しろさっきは俺が抱かれたしなァ……考えると超はずかし…)
「おい、なに興奮してんだよ。俺が女になるのがそんなに楽しみかよ」
忍足が鼻の穴を膨らませて自分を食いつくように見つめてきたので、跡部は眉を顰めた。
「す、すまん」
「まぁ、いいけどよ。とりあえず俺の件はあとでのお楽しみに取っとけ。今は真田の話してんだからな?」
「…そういえばそうやったな…」
「……でだ」
跡部が身体をぐいっと乗り出してきた。
「お前と真田がだ、ここでセックスするとするだろう…?」
「……あ、あぁ…」
「すると、お前と真田ってのは、普段は全く接触のない相手だから、真田はすぐに身体が変化するはずだ」
「すぐに変化て……」
「ここですぐに真田が女になった所を見られるってぇ予定さ」
「ほ、ほんとか?」
「あぁ、まぁ、予定だがな…?」
跡部がウィンクしてきた。
「それはすごいけど……ほんまかな…」
あの真田が女性になる?
-------いくらなんでも信じられない。
忍足はゴクリ、と唾を飲み込んだ。
真田といえば、現在テニスの腕前は全国一。
『皇帝』とも呼ばれている偉丈夫だ。
身長は忍足と同じぐらいだろうが、体格はずっと逞しいし、何よりあの落ち着き払った物腰や鋭い目つきが怖い。
その真田が女に………。
(ど、どんな女になるやろ…)
かなり体格のいい女性になりそうだが……というか、性格も凄そうだが……。
というより、本当に女性になるのか?
--------全く想像できない。
「どうだ……見てみたくねえか?」
「……見てみたい…」
跡部の囁きに、忍足は思いきり顔を上下に振って頷いた。
「で、女になったアイツをな、俺が犯してみるってのはどうよ?」
「…跡部が?」
「まぁ、お前もやりたいだろうが、今のところ女だからな。……女同士ってのも悪かねぇだろうが、真田にやられそうだしな、お前…」
跡部がくすっと笑う。
「お前は見学してろよ。すごい見物だろうが?」
「……凄すぎや。…ちょっと頭痛うなってきた…」
あの真田を跡部が……?
とても想像できない。
……が、非常に見てみたいかもしれない。
見た後どうなるか分からないところが更に恐ろしいが、人間、怖いものほど見たくなるものである。
あの真田が女になる。
まずこれからして、凄い。
更に、女になった真田が犯されるところ……。
---------怖すぎる!
だが、見てみたい……。
まぁ、跡部が他の人間を抱く……というのは少々気に入らないような気もするが……。
と考えて、忍足は眉を顰めた。
(なに考えとんのや、あほらし)
だいたい、女になる、という事自体があり得ない事だから、ここは普通の感覚で考えてはいけないのだ。
(それにしても、とりあえず真田が女になる所は見ても悪くないなァ)
というか、見たい。
非常に見てみたい。
考えたらぞくぞくしてしまって、忍足は密かに狼狽した。
(俺も変態になっとるんやないか?)
「でだ……」
跡部が話しかけてきたので、忍足ははっと我に返った。
「……ん?」
「真田を女にするのに、まずお前が真田をその気にさせてセックスする必要があるわけだな」
「…そやな……って、あいつをその気にさせるんか? えらい難しそうやん…」
跡部の言葉を真面目に考えてみて、忍足は頭を抱えた。
あの真田をその気にさせる?
----------絶対無理。
だいたい、忍足は即席で女になったばかりだ。
女の色気など出しようもない。
それに、相手はあの真田だ。
滅茶苦茶堅そうだ。
ちょっとでも何かしかけたら、怒って即座に帰ってしまいそうだ。
「……無理やな……」
頭の中でちょっと考えてみだけでも、到底無理、と忍足は肩を落とした。
「まぁ、そうがっかりするなよ」
意気消沈した忍足の様子を見て、跡部がくすくすと笑う。
「ある程度は大丈夫なはずだ。真田のカップに媚薬を入れておいたからな」
「…媚薬やて?」
「あぁ。即効性があってしかも結構強力なやつを入れておいた」
「はぁ…」
「だからな、すぐにヤツは身体が火照ってたまらなくなるはずだ。そこにお前がうまい事誘いをかける、とな?」
「…誘いをかけるて……そんまん、できへんって」
「別にヤろうとか言わなくてもいいんだぜ? 触るとか、とにかく何か軽いことはやれるだろう? 俺がいると真田が人目を気にしてうまくいかないだろうから、俺は部屋から出てるぜ」
「二人きりでやるんか?」
「二人きりの方がお前もやりやすいだろうが…」
跡部が肩を竦めて苦笑した。
「ま、まぁ、そうかな。……なんや不安なんやけどなァ…」
「じゃぁ、俺が見物してた方がいいか?」
「え、…い、いや、それも恥ずかしいけど…」
「まぁ、何かあったら呼べよ。とりあえずモニターで部屋の様子は別の場所から見ることができるようになってるから、そっちで見てるぜ」
「はぁ? なんだ、そういうのついとるんか?…んじゃ、出歯亀やん!」
「…まぁな?」
跡部が掌をひらひらと上に向けて振った。
「お前だって後で俺と真田のやつ見たいだろ? 別の部屋でこっそり見ろ」
「……跡部……」
「…なんだ?」
「お前、相当危ないやつやな…」
「…そうかよ?」
跡部が可笑しげに口許を歪めた。
「人生、いろいろ楽しまねぇと損だろ? 俺は楽しみに貪欲なだけだぜ」
「……」
「まぁ、お前も今の自分の境遇を最大限に楽しむ事だな。そういう姿勢が大切だと思うぜ?」
「説教垂れとるんか…」
「ははっ、んじゃ、行くぜ。いいか? 真田が紅茶を飲んでたら、すぐに効いてくると思うからな、飲んでるようだったら、俺はちょっと用事があるって言って部屋を出て隣に行っている。隣は客部屋だが、そこのテレビを付けるとモニターで見られるようにしておくからな。お前も後ですぐに見られるようにな。じゃぁ、応援してるぜ、忍足」
「……まぁ、うまく行けばええんやけどなぁ…」
「真田を女にするために頑張れよ」
肩をぽんぽん叩かれて忍足は思わず溜息を吐いた。
確かに、真田が女性になるところは見たい。
かなり見たい。
そういうのが想像できない相手だからこそ一層だ。
……千載一遇のチャンス。それが今だ。
今を逃したら、こんなチャンス、二度と来ない。
(……よし、がんばろ…)
忍足は心の中で自分にエールを送った。
真田×忍足になります。
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