お気に召すまま 
《14》









「すまねぇ」
ユニットバスから部屋に戻るドアを開けると、仏頂面の真田がじろり、と跡部を見てきたので、跡部は機嫌良さそうに笑いかけた。
「いや、別に構わんが…」
見ると真田はテーブルに置かれた紅茶をゆっくりと口に運んでいた。
既に飲んでいるらしい。
(…飲んどる…)
それを見て忍足は胸がどきん、とした。
媚薬が仕込まれていてすぐに効いてくる、と言っていたが。
(…本当にこの真田なんかに効くんか…)
それに……。
忍足は改めて真田を見た。
部屋の中なので帽子は被っていないが、テニスコートで見るのと同じ鋭い目線。
射抜くように見つめてくる切れ長の瞳。
さらりとした黒い前髪が揺れてその間からの強い視線に、思わず息が詰まる。
(コイツとヤるんか…)
誘えるのか……?
----------無理や!
「ほら、お前も座れよ」
思わず心の中で弱音を吐いた所に、跡部が忍足の方をこづいてきた。
「あ、あぁ…」
冷めかけた紅茶が二つ置かれたテーブルに、真田と向かい合わせに座る。
「わざわざ招待してくれたのは嬉しいが、別に俺は理由など聞かなくてもいいのだが」
二人が座ったのを見て真田が口を開いた所に、跡部が肩を竦めて言った。
「いや、ちょっとな。…誰かに相談してえって思ってたんだぜ。お前なら口は堅いし、いいアドバイスが聞けるかと思ってよ」
「……女装趣味の相談か?」
「違うって…」
真田の勘違いの返答に、肩を落とし、跡部が額に手をやった。
考え込むような素振りで、一見端から見ると悩んでいるようにも見える。
「実はなぁ、こいつ、…女装じゃなくて、ホントに女になっちまったんだよ」
「………」
真田が眉間に皺を寄せた。
「なぁ、忍足?」
「あ、あぁ、……そうなんや……」
「………」
「…信じてねえな?」
真田がますます眉間の皺を深くしたのを見て、跡部が顔を振って溜息を吐く。
「忍足の父親、医者なんだがな。…遺伝子工学の研究をしていて、なんと我が子を実験台にして、性転換の研究をしたらしいぜ」
「……バカな…」
「企業秘密だぜ? 誰にも言うなよ、真田」
「…勿論、言ったりしないが…」
全く信じていないようで、呆れたように言う真田に、跡部はここぞとばかりに真剣な表情で額を手で押さえて溜息を吐いた。
「男に戻らねってわけじゃねえんだがな。…だが、突然性転換しちまうってわけだ」
「……」
「今日もな、朝起きたら突然女になっていたようでな、慌てた忍足が俺に相談してきたってわけだ。な、忍足?」
「そ、そうなんや……今日は中間考査で学校行ったんやけど、隠すの大変だったんや」
「……二人して、いつまでもそんなくだらない話をしているのなら、俺は帰らせてもらうか」
突然真田が立ち上がろうとしたので、跡部は大仰に溜息を吐いた。
「やっぱり、信じてもらえねえか……」
「当然だろう? 別に女装趣味で構わん。言い訳するな」
「忍足、…やっぱり信じてもらえねえな。……お前、見せてやれよ……」
跡部が仕方がない、というように再度大きく溜息を吐いて、哀しげに言ってきた。
(落胆しているような感じで胸見せてやれ)
こっそり耳打ちされて、忍足は慌てて顔を引き締めた。
「あ、あぁ……そうやな……」
忍足も跡部に合わせて哀しげに俯き、ゆっくりとワンピースを脱ぎ始める。
後ろのファスナーを下ろし、肩から布地を滑らせて、たわわな乳房がブラジャーから盛りこぼれている所を、顔を左右に振って溜息を吐きながら露わにする。
「…………!」
さすがに真田は仰天したようだった。
紅茶のカップを持っていた手が宙で止まり、瞬きもせずに忍足の胸を凝視する。
「…な、ウソじゃねえだろ?」
すかさず跡部が、哀しげな声を出した。
「忍足、すげぇ悩んでるんだぜ。…こんな身体になっちまってなぁ…」
「……信じられん……」
真田が掠れた声を出した。
「俺も信じられなかったけどよ、実際こんなになっちまってるんだから、事実は事実だぜ」
「…テニスはどうするのだ? 女子テニスで出場するのか?」
「………」
思わず吹き出しそうになって、跡部は必死で笑いを堪えた。
俯き、がっくりしているように見せながら、笑いで震えそうになる肩を手で押さえると、いかにも泣いているように見える。
(さすが真田だぜ。言うことが忍足並み……いや、それより酷いか?)
「跡部……?」
「いや、女になるって言ってもすぐに戻るんだがな。それまで数日は隠れていなくちゃならねえってわけなんだ」
跡部はできるだけ神妙な声で言った。
「今日は、あまりにも忍足が沈んでたから、本当に女の格好しちまえば分からないだろうと思って無理に気分転換に外に出てたってわけだ」
「……なるほど。それは済まなかったな。俺に会ってしまって困っただろう?」
急に真田が忍足の方を向いて頭を下げてきたので、忍足はどぎまぎした。
「い、いや、別に大丈夫や。……真田なら、秘密守ってもらえるしな」
「あぁ、誰にも言わんから、安心しろ。約束する。……それにしても、本当に女性になっているのか…」
真田の視線が忍足の盛り上がった胸の膨らみを凝視してくる。
媚薬が効いてきたのだろうか。
いつもの彼ではなく、心なしか熱っぽい視線だ。
(………)
忍足は胸がどきどきした。
この真田をこれから誘惑………。
できない、という気持ちと、なんとなく胸の奥がざわざわする気持ちで、混乱してくる。
(ど、どうしよ……)
その時跡部の携帯が鳴った。
パチ、と携帯を開けて跡部がメールの画面を見る。
「すまねぇ、ちょっと用事だ。1時間ぐらい出かけてくるんだが、その間、悪いが、真田…」
「……なんだ?」
「忍足、独りにしておくと不安定だからさ、こいつ……相手してやっててくれねえか?」
「あぁ、いいぞ。今日は特に俺は用事がないのでな、時間は気にするな」
「悪いな。ンじゃ宜しく頼むぜ。忍足もあんまり思い詰めるなよ?」
と言いつつ、跡部がこっそりとウィンクしてきた。
「………」
部屋を出て行く跡部の後ろ姿を眺めながら、忍足はごくり、と唾を飲み込んだ。

















一方、跡部が出て行って、忍足と二人きりで部屋に残された真田は、密かに困惑していた。
真田は、忍足とは個人的に話をしたことがない。
跡部となら、昨年の秋のジュニア選抜合宿で数日間生活を共にしたし、その前から試合等で言葉を交わす仲でもある。
性格的には自分とはかなり違う人種だとは思うが、少なくともテニスの事では話が合うし、性格が違っていても、真田は跡部のさっぱりとした所が気に入っていた。
だから、何時間二人でいてもいいのだが。
しかし、忍足というのは……。
真田は紅茶のカップを口に運びながら、向かいのソファに座っている忍足を、切れ長の焦げ茶の瞳をすっと眇めて眺めた。
……いや、忍足とも話は合うと思うのだが。
というよりは、きっと忍足の方が性格的に合うだろう。
跡部から聞いている忍足の人物像から想像するに、彼は真面目で何事にも真摯に打ち込む性格のようだからだ。
だが、今は……。
さすがに性別が変わっている相手と話をするというのは……。
と、真田は密かに困っていた。
元々真田は女性と滅多に話をしない。
学校でも、クラスメイトの女子などは、まず真田には話しかけてこない。
どうやら怖がられているらしいが、真田自身特にそれを気にしてもいなかった。
当然、女性と親しくなったこともない。
それで別に寂しいとも思ったこともなかったし、テニスで親しい同性の友人のいる生活に十分満足していた。
(……女だと思うからいけないのか…)
忍足をちらちらと三白眼で睨むように見ながら、真田は心の中で考えた。
(単に身体が変化しているだけで、中身は氷帝の忍足なのだからな…)
……とりあえず、テニスの話でもしてみるか。
そう思って真田はカップをテーブルに置いた。
「今年の氷帝の調子はどうだ?」
不意に話しかけられて、少々呆けていたのか、忍足がびく、と真田の方を向いてくる。
ふわり、と柔らかな視線が自分を見つめてきて、真田は思わず顔を顰めた。
--------やはり、女性だ。
しかも、先ほど着衣を脱いだ時のままの格好だから、自分の方を向いた途端に、たわわな乳房がブラジャーから盛りこぼれるようにして揺れた。
「……………」
いけないものを見たような気がして、真田は視線を逸らした。
あれは、忍足だ。
単に今だけ変化しているだけだ。
(…それにしても、女物の下着やらなにやら、なんで着ているんだ…?)
ふと疑問が湧いた。
「お前、その服や下着はどうしたんだ? 自分で買いそろえたのか?」
「…は? ち、違うて。跡部が用意してくれたんや……こんなん、自分で買うか!」
「そうか? 似合っているが…」
「そ、それはおおきに………って、こんなん似合っててもしょうもないやん。……はよ男に戻りたい…」
俯いて溜息を吐く忍足に、真田は少々緊張が取れて軽く笑った。
「しかし、本当に女になっているんだな。不思議なものだ。お前の父親というのは、凄い研究をしていると見える」
「おやじか?……知らんけどな。……それにしても、ええ迷惑や。学校にも行けへんって」
「なるほど、それは困るな。テニスもできんか…」
「まぁ、知り合いの前には出られんな。テニスも数日お休みや。学校も行きたいんやけどなぁ…」
「さすがにまずいな。まぁ、数日で元に戻るのならいいではないか。それに、女性になるなど経験できない事だからな。せっかくだからいろいろ体験してみるのも良かろう」
(……あとで自分もなるって知らんから好きなこと言っとるわ……)
と、心の中でこっそり呟いた忍足だったが、そう言えば真田を女にするのにセックスをしなければならないのだと言うことを思い出した。
今までなんだか健全に話をしていたので、そのまま話だけで終わってしまいそうな所だった。
(まずいまずい。跡部が隣で見とるんやな。……なんとかうまく持っていかんと……)
さてどうするか……。

少々考えて、忍足は真田に向かって大仰に溜息を吐いて見せた。
「でもなぁ、いろいろ体験って言うてもほんま、こんな身体になってしもて、どうしよって感じやね。……自分でも恥ずかしゅうて見られんわ…」
「……そんなものか?」
「女性と付き合った事とかないしなァ、俺は。……だから、自分の身体も恥ずかしくて見ることできへんて……」
「……なるほど」
真田が頷いた。
「なぁ、真田は女性の裸とか、見たことあるん?」


















真田はあくまで真面目で…