「いいって、ほら、電話してみろよ」
「あ、あぁ……」
そう言って立ち上がり、持ってきたバッグの中から携帯電話を取り出す。
少し逡巡して、眉根を寄せたまま携帯を操作する。
「俺だ、弦一郎だ……」
という声も少々高く柔らかな感じになっている。
(声質が違うから、なにか違和感感じるかもしれねえな…)
真田のバスローブ越しの大きな尻を見ながら跡部は思った。
「今、家にいるのか? そうか……家の人はいるか?…いないか……少々用事があるのだが、今からお前の家に行ってもいいか?」
商談がまとまったようだ。
見ていると、真田が携帯の蓋をパチン、と閉めた。
「…おい、用件とか言わなくていいのかよ?」
「……言っても信じないだろう。携帯で言うより、直接言った方が早い」
「なるほど、それもそうだな…」
さぞかし相手は驚くだろうが。
「では、……蓮二……柳蓮二だが……彼の家まで送っていってもらっていいか? 少し遠いのだが…」
「あぁ、おやすいご用だぜ。っと、その服は着れねえだろ…」
真田が男の時着ていた服を着ようと取り上げたのを見て、跡部は立ち上がった。
「ちょっと待ってろ…」
忍足の時と同様、既に服をいくつか見繕って用意しておいた。
呼び鈴を押して使用人を呼ぶ。
「これでよろしいでしょうか?」
使用人が大きな段ボールの箱を持ってきた。
真田が訝しげに見ている所で、その段ボールを開ける。
「……それは、なんだ?」
「なんだって……何か着てかねえとしょうがねえだろ? 俺様のプレゼントだ」
段ボールを開けて、中のものを真田に見せる。
「こ、これを着るのか…」
「言っとくが、男の時の服は着れねえぜ……それにちゃんとした下着を着とかねえと、お前の胸はぶるぶる揺れてしょうがねえだろうが?」
「む……そ、そうなのだろうか……」
「ンなでけえ胸、揺れるし、……乳首丸見えだぜ?」
「……恥ずかしいことを言うな!」
真田が首まで赤くして怒鳴るのを、跡部はくすくす笑って眺めた。
「とりあえず、まずはブラジャーだな?」
「…ブラ…ジャー………」
呆けたように復唱する真田の目の前に、跡部はブラジャーを取り出して突きつけた。
薄い水色がかったレースの中に濃い青の刺繍で薔薇の花が綺麗に描かれている、巨大なブラジャーだ。
「………これを、つけるのか…?」
真田が盛大に眉を顰め、唸った。
「お前の胸にちょうどいいサイズだと思うんだがな。ちょっとつけてみろよ」
「………」
「しょうがねえなぁ、俺がつけてやるから、ほら、バスローブ脱げよ」
「う、うむ……」
跡部に押し切られた風になって、真田はしぶしぶバスローブを脱いだ。
むっちりと二つの小山が、跡部の目の前に熟れきった果物のようにゆさっと現れる。
(何回見ても、すげえな……)
大きい乳首がぷるぷると桃色に揺れているのを見るとたまらなくなる。
股間がズキンと疼いたのを、跡部は眉を寄せて我慢した。
このままずっと真田が女でいてくれたらなどと、ふと馬鹿なことを考えてしまって、心の中で自嘲する。
ブラジャーを真田の肩に掛け、巨大な山をカップの中に慎重に納め、跡部は背中のホックを止めた。
「……………」
今まで胸にブラジャーをあてた事などないから当然だろうが、真田が窮屈そうに身動ぎする。
跡部はにやにやしながら、盛りこぼれそうな乳房に手を当てて揉み、カップの中に綺麗に納めた。
「きついな……というか、胸が押される感じだ。……女性は大変だな…」
真田が眉を顰めて言う。
「ほら、下も穿かねえとな」
跡部は段ボール箱の中から、ブラジャーと揃いの、水色に青い薔薇の刺繍のショーツを取り出した。
「………ふんどしでいい…」
そのショーツを見て、真田が更に眉を寄せて唸るように言う。
「おい、ふんどしつけてる女がいるかよ…」
真田の言葉に思わず吹き出しながらも、跡部は真田の足首に触れた。
「ほら、足、上げろよ……」
愛撫するようにそっと足首を撫でると、真田がびく、と身体を震わせていやいやながらも足を上げる。
ショーツを穿かせると、淫猥な部分が隠れたせいか、色気の中にも清楚ななんともいえない雰囲気が生まれ、跡部は下着姿の真田を見つめて思わずごくりと唾を飲み込んだ。
(いいおんなだぜ……)
つい見とれてしまって、真田のいぶかしげな視線にはっと我に返る。
「っと、服はどれがいいか…」
苦笑して跡部は次に服を探した。
「おい……忍足が着ていたような服を俺に着せるつもりか? 俺は着んぞ」
真田が苦虫を噛み潰したような顔で言ってきた。
「俺は男物でいい。シャツとズボンでもくれ」
「あァ?……男物でその胸が入るやつあるかよ?」
「肥満体の服なら入るだろう」
「おいおい……せっかくのプロポーションがだいなしだぜ」
「とにかく、女物の服は着ん。裸でいた方がましだ」
真田が巨大な乳房を押し上げるように腕組みしてそっぽを向く。
「しょうがねえなぁ……」
忍足に着せたような、色っぽいスカートを着せてみたかったのだが、どうも真田は聞き入れる様子がない。
跡部は肩を竦めて、段ボールの底を漁った。
「んじゃ、浴衣でどうだよ? これならいいだろ?」
一番底に、紺色の上品な布地に、淡い白の花をあしらった浴衣一式が入っていた。
花びらが淡い紫から白、淡い桃から白へとグラデーションのついたもので、紺色の布地に上品に散っている。
えんじ色で派手すぎず地味すぎないちょうど良い雰囲気の作り帯と、大きな黒い下駄つきである。
「…これでどうだ?」
それを掲げて見せると、真田がしぶしぶ頷いた。
「……和服か。まぁ、しょうがあるまいな…」
「んじゃ、これでいいか」
考えてみると、浴衣を着た真田というのも悪くない。
跡部は思わず相好を崩した。
ブラジャーとショーツを脱ごうとした真田を、下着はきちんとつけてねえと、お前の胸は危ねえぜ、と押しとどめて、跡部は真田に浴衣を着せていった。
「…む、自分でできる…」
浴衣の花柄に形の良い眉を顰めながらも、真田がさっさと浴衣を羽織っていく。
「まぁ、作り帯びだから、楽か?」
「…そんな帯じゃないのはないのか?」
作り帯は綺麗にリボンの形になっていた。
「これじゃねえと格好つかねえって」
渋面を作る真田にはおかまいなく、跡部はついていたマニュアルを見ながら、帯を巻き付けて背中に作り帯を挟んだ。
「よし……」
意外ときちんとできた。
帯もきっちりしているし、清楚な紺色が真田の色気を更にひきたてて、まさに匂い立つような色香である。
ほっそりとした項など、吸い付いてこのまま押し倒してしまいたくなる。
(……柳だったか、……まぁ、驚くだろうな…)
これからの展開を思い浮かべるとついつい頬が緩んだ。
「んじゃ、出かけるか」
自分も手早く着替えると、真田の着てきた服はバッグに詰める。
「かたじけない…」
と言ってバッグを持とうとする真田を遮って、跡部は段ボールの底に入っていたえんじ色の巾着を真田の手に押しつけた。
「和服なのにテニスバッグなんか持ってたら興ざめぜ。お前はこれ持てよ」
「…………」
真田も、和服にバッグは似合わないとは思ったのだろう、しぶしぶ大きな手で巾着をひっつかんだ。
「じゃ、行くぜ?」
これからどうなるか、わくわくする。
含み笑いしながら、跡部は真田の背中を押すようにして部屋を出た。
豪華な玄関に黒塗りの外車を横付けさせ、真田を先に乗せて自分も後から乗り込むと、真田から聞いておいた柳の住所を運転手に告げる。
運転手が頷き、すっと車が動き出した。
真田が浴衣の袖をたくしあげて腕組みする。
「おい、……おやじくさいぜ……」
可憐な浴衣に、清楚な表情、浴衣の襟元からのぞく深い谷間。
どれをとっても極上の美女なのに、足を開いてどっかり座り、腕組みしていたのではだいなしだ。
そのギャップが面白くてついついくすっと笑うと、真田が跡部を睨んできた。
「お前は他人事だと思って気楽だろうが、俺はこれから蓮二に頼まなくてはならんのだぞ?……考えると気が重い……」
ふう、と深く溜息を吐く。
「お前みてェにいい女に言い寄られていやがる男はいねえぜ? 柳だって大喜びするだろうよ」
「……蓮二はそういうやつではない……。俺が頼めば勿論承諾してくれるだろうが、蓮二に不本意な事をさせると思うと、申し訳ない……」
(おいおい、……絶対喜ぶって……)
と心の中で思ったが、真田が深刻そうにしているので、口には出さず、心の中で肩を竦める。
「申し訳ないって、柳には付き合ってる女とかいるのかよ?」
「……いや、そういう人はいない。少なくとも俺が知っている範囲ではな…。そういう意味では、女性と付き合った事はないはずだ」
「んじゃ童貞かよ?」
「……まぁ、そうだろうな…」
「ちょうどいいじゃねえか? お前で筆下ろしができるんだからよ?」
と言うと、真田が思いきり顔を顰めた。
「…気持ち悪いことを言うな…。蓮二はお前とは違う。蓮二はそういう事には興味がないと思う。それを無理矢理頼むのは心苦しい…」
「はーそうかよ」
もし、柳が真田の言うとおりの人物であったとしても、この女体の真田を見たら180度転換するだろう、と思ったが勿論口には出さない。
「じゃ、幸村にしたらどうだよ?」
「……いや、幸村ではもっと申し訳ない……というのもあるが、今体調が悪くてそれどころではないのだ……」
真田が言うと、話題がなんでも重くなってきそうだ。
(まぁ、胸は重いけどな)
「柳には悪い事をするとは思うけど、しょうがねえな……真田、よくお願いしてなんとかしてもらえよ?」
絶対柳は喜ぶと確信している跡部は、真田からそっぽを向き声だけは深刻そうに答えたが、顔はにやけるのを止められなかった。
真田編その7
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