お気に召すまま 
《25》











(弦一郎のやつ、いったい何の用だろうか……)
その頃柳は、自宅で真田の到着を待ちながら、思案に耽っていた。
柳の自宅は立海大附属中からほど近い所にある郊外型の住宅地の一角に建っている。
低い山を一山、バブル期に住宅地に造成した所で、柳が幼少の頃に両親が土地を購入し、小学校の時に東京から引っ越してきた。
傾斜地に立てられているため、市街地が一望に見渡せて見晴らしがいい。
和風の広い玄関から庭に出て、門扉の所で空を見上げると、夕方の空にはすうっと白い雲が一筋浮かんでいた。
今日は、自宅には柳以外誰もいなかった。
祖父母と両親は昨日から旅行中で、一人いる姉も今日から大学の合宿だった。
大人びた柳は、中学生ながら一人でも十分家の留守番はできる。
元々旅行等で自宅を留守にしがちな家族である。
そういうわけで姉も、「蓮二、よろしくね」と言って出かけてしまった。
早めに戸締まりをしてしまおうか、と思った所に、真田から電話がかかってきたのだ。
(なんだろうな…)
いつも謹厳実直な声の調子が、少々上擦って声質自体高かったような気がする。
珍しく何か慌てているというか……とにかく落ち着いた状態ではないようだった。
(部活のことでなにか……あるいは、幸村の調子でも…)
そう考えて柳は秀麗な細い眉を顰めた。
真田が来ればすぐ分かるだろうが、それまでの時間でも心配である。
門扉に背中を凭れさせ、空を見上げてふぅ、と無意識のうちに溜息を吐いた所に、道路の向こうから黒塗りの高級外車がすっと近づいてきた。
いったいどこの家に行くのだろうか、と思って何気なく見ていると、その車が柳の家の前で停車した。
(…………)
門扉に背中を凭れたままの柳の目に、車の扉が開いて中から出てきた人物が飛び込んできた。
「……あとべ…?」
それは意外な人物だった。
氷帝学園の跡部景吾。
どう考えても、自分の家になど来そうにない人物だ。
(どうして、跡部が…)
無意識に渋面を作ったのが分かったのか、跡部が車から降りると笑いかけてきた。
「そう不審がるなよ。…真田を送ってきてやったんだ」
「……弦一郎を?」
「あぁ」
「…弦一郎と一緒だったのか?」
「まぁな」
肩を竦めて答える様子を、柳は細く切れ長の瞳を見開いてじっと見つめた。
(弦一郎は、氷帝に行っていたのか?)
そういえば今日は真田は部活を休んでいた。
東京に用事があるので行くと言っていたのを、柳は思い出した。
氷帝学園に何か火急の用でもあったのだろうか…?としても、自分に相談なく行くとは思えない。
よほど重要な事案でもあったのだろうか。
訳が分からず、眉を顰めたまま跡部を見つめていると、跡部の後から、車を降りてきた人物が目に入った。
「げんいち……」
てっきり真田だろうと思って声を掛けた所で、柳の声は止まった。
















出てきた人物は男性ではなかった。
紺色の涼しげな浴衣に、えんじ色の帯。
柳の目には、その人物が車から足を出し、すっと立ったところが見えた。
すらりとした身長に、浴衣等を着慣れているのだろう、優雅で落ち着いた立ち居振る舞い。
およそ跡部の車に乗っているのがふさわしくないような感じである。
きゅっと締まった帯の下の腰や尻の形の良いのをつい無意識にデータ的に眺め、それから帯の上の胸を見る。
「……………」
浴衣は胸の大きさはあまり分からない着衣であるにもかかわらず、彼女の胸がたわわに盛りこぼれそうになっているのが見てとれた。
少しあいた襟元から、深い胸の谷間が垣間見えている。
すごいプロポーションだ。
下駄の所から首まで眺めて頭の中でデータをはじき出して、柳は感嘆した。
跡部の彼女ででもあるのだろうか………派手な跡部にはふさわしくないと一瞬思ったが、これだけプロポーションがよく、しかも浴衣をしっくりと着こなす女性は極上だ。
跡部が連れていてもおかしくはないか…。
などと思いながら、目線を上に上げて、柳は一瞬細い目を張り裂けんばかりに見開いた。
「……………」
顔は……勿論、素晴らしい美人だった。
形の良いすっきりとした眉と、切れ長の黒い瞳。
鼻梁の高い鼻に、些か厚めで色っぽい唇。
だが…………。
「…………」
どうみても、顔が真田だった。
いや、女性なのだから、真田のわけはないのだが。
(……弦一郎の親戚か……?)
もしかして、今まで知らなかったが、東京の方に真田の親戚がいて、跡部と知り合いででもあるのだろうか。
自分が知らないだけで、真田と跡部は元々知り合いなのかもしれない。
しかし、自分と真田は親友で隠しごとなどないと思っていたのに……などと柳は瞬時不快な気分になって、慌ててそれを心の中で打ち消した。
(知らないことがあろうとなかろうと、俺と弦一郎とは親友だ…)
そう思って反省する。
それにしても。
……色っぽい女性だ。
年の頃は少々年上だろうか。
何か言いたげに自分の方を見つめてくるその瞳に、柳は内心どきっとした。
長く黒い睫が、霧雨のように瞳に被さって、えもいわれぬ風情を醸し出している。
こんな素敵な親戚がいたとは……。
呆気に取られたまま見つめていたが、女性が降り立ったあと誰も車から出てこないので、柳はとうとう質問した。
「……弦一郎はどうした?」
「あァ…?……あー…」
跡部が肩を竦めた。
「おい、どうするよ…」
傍らの浴衣の美女に向かって話しかけている。
美女が、自分の目を見つめてきた。
「……蓮二、俺だ…」
「…………は?」
「…俺だ、弦一郎だ」
「……………」
目の前の美女が、美女に似合わぬ低い声で自分に向かって話しかけてきている。
まぁ、女らしくない声とも言えるが、反対に低く落ち着いた透る声が格好いい。
-------いや。
そういう事を考えている場合じゃなくて……。
(…………)
柳は混乱した。
「俺だ、蓮二。……少々格好が変になってはいるが、弦一郎だ」
----------少々どころではなくて、思いきり変なのだが。
「……げんいちろう……?」
掠れた声で名前を復唱すると、目の前の美女がにっこりとして頷いた。
















真田編その8