お気に召すまま 
《26》











「些か理由があってな……こんな格好になっているが、俺だ」
柳は何度も目を瞬いた。
人形のように首をぎごちなく動かして、跡部を見る。
跡部がやれやれ、という調子で手をひらひらと振った。
「おい、きちんと説明しねえと駄目だぜ」
「とりあえず、家に入らせてもらっていいか? 表だと目立つからな」
「あ、あぁ…」
ぎくしゃくとしたまま門を開けると、跡部と浴衣の美女が入ってきた。
「俺はあがらねえで帰るから、玄関でちょっと話そうぜ?」
「そうか?……いろいろ面倒かけたな」
「いや、いいって…」
と二人が話しているのを背後に聞きながら、玄関をがらり、と開けて二人を中に入れる。
美女がふう、と溜息を吐いた。
「蓮二…」
確かに、口調は真田だ。立ち居振る舞いもそうだ。
だが--------。
近くで見ると、浴衣の襟元からむっちりとした胸の谷間がほの見えて、柳はぎくっとした。
どうみても、女だ。
男が女装しているわけではなくて、女が普通に浴衣を着ている……それもすごい巨乳の女だ。
真田は女だったか、などと一瞬考えてしまって、柳は慌てて首を振った。
「実はな…」
真田が言いにくそうに口火を切ったところに、跡部が覆い被せるように言ってきた。
「おい、俺が説明してやるぜ。お前、説明下手そうだからな?」
「そ、そうか……すまん」
「実はなぁ……話せば長い話なんだけどよ」
といって跡部が話し始めるのを、柳は呆然としたままで聞く羽目になった。














「……ってわけなんだ。真田には迷惑かけちまったが、とりあえず忍足の方はなんとかなった。あとは真田だけなんだがな。…まぁ、真田がお前に頼むってんで、こうしてお願いに上がったってわけだぜ」
「…………」
跡部が一通り話し終えるまで、柳は息を詰めたままだった。
話が終わって緊張が解けると、柳は大きく深呼吸を繰り返した。
………信じられない。
が、確かに目の前には、どう見ても女になった真田がいる。
冗談でもからかわれているわけでもない。
(もっとも、真田はそんなふざけた事などしない)。
女になった、というだけでも天地がひっくりかえるほどの驚愕だが、更に--------。
(この弦一郎が、既に跡部と性関係を持った……?)
--------しかも。
(弦一郎が俺と性関係を持ちたいだと?)
……………全く現実味がなかった。
そんな事、勿論考えたこともない。
真田の顔を呆気に取られて見る。
真田は形の良い眉を少々寄せて、心配そうに自分を見つめていた。
顔は幾分なよやかに、柔らかな雰囲気になってはいるものの、瞳はいつもの真田だ。
性関係………つまり、性交の事だが……。
(性交……)
という単語を脳裏に思い浮かべて、柳は思わず細い眉を顰めた。
………想像できない。
(この、弦一郎をか。……俺がか?)
柳も正常な発育を遂げている男子であるし、そういう事に興味がないわけではない。
友人とある程度その手の話題はするし、勿論必要に応じて自慰などもする。
が、現実にそういう事を、となると、まるでそれは自分にとっては雲の上の話だった。
一番の親友である真田も自分と似たり寄ったりで、その手の話などしたこともない。
他の部員たち………ブン太や仁王などは、そういう話題が好きらしいが、部室で話しているのを遠くから聞くだけで、自分がその話の輪に入ったこともない。
それはブン太や仁王などもきちんと弁えているようで、自分や真田の前ではそういう話など決してしてこなかった。
そこに、突然だ。
しかも相手が弦一郎……。
いや、女になっているから、支障ないのか。
い、いや、そういう考えもおかしい。
………が、男同士、よりはマシか……?
いや、相手は弦一郎だぞ。
そういう事を考えるだけでも変だぞ
-------などと、混乱した頭でぼんやり考える。
「おい、大丈夫かよ…?」
真田の背後の跡部が心配そうに声を掛けてきたので、柳ははっと我に返った。
「ちょっと、いいか…?」
跡部が柳に向かって手招きする。
「真田はここにいてくれ。ちょっと柳に細かいアドバイスしてくるからよ?」
跡部が傍らの真田の肩をぽんぽんと叩いて、柳に外に出るように促す。
玄関の扉をガラリ、と開けて外に出ると、既に夕焼けで、爽やかな夕風が庭に吹いていた。
「実はなぁ……」
跡部がぐっと頭を近づけてきた。
「さっきの話だけどよ、嘘ついてるところもあるんだ」
「……嘘?」
「…あぁ。ま、だいたいは本当の話なんだが、……真田が元の男の身体に戻るのに、もう一人とセックスしなくちゃならねえって所がな…」
「………」
「あれは嘘だ。俺の想像だが、真田はなにもしなくても、あと2、3時間で元に戻っちまうと思う。……真田とセックスしたくなければ、正直に言っちまってもいいぜ? だが、真田はあと一人男とやらねえと治らねえと信じてるからな……まぁ、お前次第って事かな…」
跡部が含み笑いする。
「どうだよ、あの真田………すげえだろ? 俺は美味しくいただいたが、……おっと怒るなよ? 素晴らしい身体だったぜ? 反応もいい……。ま、お前がどうするか……真田を抱くか、それとも本当のことを言ってやめとくか……それはお前に任せるぜ」
「………」
とっさに返答できなかった。
(弦一郎を抱かなくても、元に戻る……?)
「んじゃ、俺はそろそろ帰るぜ」
跡部が玄関の扉を開けて室内に戻る。
「真田……頑張れよ?」
肩を竦めて真田に向かってそう言うと、呆然と立ちつくしている柳を通り越して、跡部は門扉に横付けされていた外車に乗り込んだ。
黒塗りの車がすっと遠ざかっていくのを、柳は立ちつくしたままで眺めた。
















「蓮二…」
頭が働かず、ぼんやりとしたままで門扉を閉め、玄関に戻ると、真田が難しい表情をして待っていた。
「あ、あぁ……こんな所に立っているのもなんだな、上がってくれ」
「すまんな…」
真田をずっと立たせたままだったのに気づいて慌ててそう言う。
真田が行儀良く膝を折り、下駄をきちんと揃えて玄関に置くのを、柳はなんとも言えない表情で眺めた。
凄い身体だ。
浴衣を着ていても、中の身体がどうなっているのか、如実に分かるような気がする。
男の時には太く逞しかった項が、女になったからだろうか、浴衣の襟足から覗くそれはすっきりとしなやかである。
浴衣の襟を左右に押し広げるように、むっちりと盛り零れる胸の深い谷間がほの見える。
以前、部室にブン太あたりが置いていったのだろうか、その手の巨乳女優の雑誌が放り投げられていたのを見たことがある。
柳とてその手の話題に興味がないわけではない。
その時見た女優の胸も凄かったが、………真田の胸はそれ以上ありそうだ。
というよりは、女優の胸は大きかったが、あまり美しいとは感じなかった。
垂れていたからだろうか、形があまり良くなかった。
(弦一郎はどうなんだろうか……)
などと、ふと考えてしまって柳は狼狽した。
(つ、つまらない事を考えるな…)
慌てて首を振り、玄関に跡部が置いていった真田のバッグを手に持つ。
「とりあえず、俺の部屋に行くか」
場を取り繕うように明るい声で言う。
「あぁ、すまん」
真田が頭を下げるのを、柳は複雑な表情で見た。
















真田編その9