お気に召すまま 
《27》











柳の部屋は階段を上がった左側である。
階段を上がっていく真田は、後ろから見ると顔が見えないせいで、完璧な女性だった。
浴衣を着ていても分かる、むっちりと大きな尻が、歩くにつれて浴衣の布地を引っ張って左右に揺れ動く。
(…………)
胸がわけもなく動悸した。
思わず眉を顰める。
目の前で揺れ動く尻を見ないように、そっと目を背ける。
なんだか罪悪感がした。
見てはいけないものを見ているような、そんな感じだ。
(この弦一郎と、…跡部が……)
『俺は美味しくいただいたが、……おっと怒るなよ? 素晴らしい身体だったぜ? 反応もいい…』
先ほど聞いた跡部の声が頭の中で反響する。
「…………」
柳は細い切れ長の瞳を堅く瞑って息を吸い込んだ。
(弦一郎がそんな事をするはずが……)
………いや、現実に、彼はさっきまで跡部と一緒にいて、跡部に抱かれてきたのだ。
抱かれた………。
(女の身体になった弦一郎が、跡部と……)
跡部のにやにやした顔を思い出す。
立海大附属中の方まで、彼の行状はテニスの功績と共に流れて来ていた。
あの美しい外見と派手な態度で、女との噂が絶えないとか。
中学生なのにすでにOLの彼女が複数いるとか。
そういう噂をくだらない、と当時は一蹴していたものだが。
(……その跡部が弦一郎を……)
なにか喉元に熱い物が込み上げてくる。
吐き気がしそうだった。
信じられない。
性交-------------柳は頭の中に貧困な知識を広げた。
(お互い裸になって、特に女性は足を広げてその中心に男のものを……)
と考えて下劣な想像に思わず眉を顰める。
(弦一郎がまさか……)
そんな屈辱的な格好を真田が承諾したのだろうか。
いや、跡部は真田のことを素晴らしく反応の良い身体だったと言っていた。
だから、したのだ。
……して、跡部のものを挿入されて……反応良く……。
(反応がいい……?弦一郎が……?)
身体がかぁっと熱くなる。
(この弦一郎が……喘いだりするのか?)
「…………」
眩暈がした。
二階に上がった真田が、心配そうに振り返ってきた。
「どうした、蓮二……大丈夫か?」
「…あぁ、すまない……部屋はそこだ。ちょっと入って待っていてくれないか。飲み物でも持ってくる」
二階の上がり口に真田の荷物を降ろすと、柳はふらつく身体を叱咤して、階下に降りた。















誰もいないキッチンに逃げるようにして入ると、柳は大きく息を吸って、ふぅ、と肺の中の空気を全て出し切るかのように息を吐いた。
心臓が、早鐘のように打っている。
額に冷や汗が浮かんでくるような気がする。
頭を振って不埒な考えを頭から追い出すようにしながら、食器棚から湯飲み茶碗を取り出す。
急須に香ばしい茶葉をざっと茶筒から開けていれ、ポットの熱湯を注ぐ。
香しい匂いが立ち、目を閉じてその匂いをゆっくりと吸っていると、漸く柳の心臓も落ち着いてきた。
深呼吸をして息を整え、急須から茶碗に茶を注ぐ。
(落ち着け……)
柳は何度も自分にそう言い聞かせた。
とにかく今は………。
自分が真田と性交をするのかしないのか。
……それが問題だった。
跡部の言葉を正直に言えば、真田はほっとするだろう。
本意で跡部に抱かれたわけではないだろうし、俺とそういう事がしたい………はずがない。
『俺と』……と考えた所でぱっと頬が熱くなる。
あと2,3時間もたてば戻るのか……。
(…………)
柳はきゅっと眉を顰めた。
あと2,3時間しかない。女になった弦一郎を眺め、抱けるのは……。
(…おい、何を考えている……)
自分の考えに愕然として、慌ててそれを打ち消そうとしたが。
----------だが。
「……………」
心がざわざわした。
絶対、逃せない。そう思った。
こんなチャンスは二度とない。
(弦一郎を、俺のものにできるんだ…)
不意にぞくぞくとした感動が湧き上がってきた。
そうだ。あの弦一郎を、俺が抱くことができるんだ。
(俺の身体の下で喘がせて、あの身体に俺のものを……)
ふらり、と眩暈がした。
柳はキッチンのテーブルに手を突いて、頭を振った。
ドクン、と血がうねって、下半身に一気に流れ込んでいく。
あっという間にズボンの中でペニスが痛いほどに張り詰めていくのが分かった。
柳はふぅ、と溜息を吐いて顔を上げた。
自分がどうしたいのか、……身体は正直だ。
-----------そうだ。
俺は弦一郎を抱きたいんだ。
……あの浴衣を脱がせ、裸にさせて、腕の中に抱き締めて……一つになりたい。
どうして急にそんな風に思ったのか、自分でも分からなかった。
つい先ほどまで、真田とは親友で、そんなふうな性の対象として見たことなど、今まで一度もなかったのに。
………だが、今の自分の気持ちも嘘偽りない。
あの女体の真田を前にして、引き下がれるわけがない。
……そんな事は、死んだってできない!
表情を引き締めると、柳は茶碗を載せたトレイを持って、一足一足踏み締めるように二階へ上がった。














「待たせたな…」
自室の扉を開けると、真田が不安げな顔で座っていた。
浴衣をきっちりと着て、元々和装には慣れているのか、正座姿も堂に入っている。
入ってきた柳を見上げる瞳が、男の時よりも睫が黒く瞳に被さっているようで、えもいわれぬ艶を出していた。
跡部に抱かれたばかりだからだろうか。
きちっとした正座姿で、どこにも乱れた所などないのに、かえって色気が浴衣を通して滲み出ているようである。
柳は思わず息を飲み、内心の欲望を悟られないように表情を硬くした。
「…いろいろすまん…」
茶碗を勧めると、真田が一礼して、それを手に取る。
流れるような優雅な動作を、柳は気取られぬように眺めた。
「先ほどの跡部の話、聞いてくれたと思うが……どうだろうか?」
茶を一口呑むと、ことり、とテーブルの上に置いて、真田が思い詰めたような顔を柳に向けてきた。
「俺は、お前しか頼むものがいない。……お前に断られたら、どうしたらいいか分からん。……どうか、頼む…」
そう言って柳に頭を下げてくる。
頭を下げると、浴衣の襟元からたわわな乳房の谷間が柳の目にもくっきりと見えた。
むっちりと窮屈そうな乳房。
(……………)
ズキン、と股間が痛む。
眉を顰めて、柳はできるだけ平静な声を出そうとした。
「弦一郎。……そんなに困っているのか?」
「勿論だ。…全く、跡部の奴…」
口惜しそうに唇を噛む様が、また色っぽい。
「お前がそういう事など好まん事は重々承知なのだが……ここはどうか、俺を助けると思って目を瞑ってもらいたい。お前がどうしても気がすすまぬ、というのなら、お前にはただ寝ていてもらっていてもいい。俺の方で勝手に動く…」
と、具体的な事を言ってさすがに羞恥を覚えたのだろうか、口籠もって頬を赤らめる。
はらり、と黒い前髪が流れるようにその頬に垂れ、艶やかな様がたまらない。
柳は息を詰めて、股間の衝動をやり過ごした。
「……いや、お前ももともと人助けをしたのだろうからな。それでこういう困った事態になったのなら、俺もお前を助けるためには尽力せねばならないだろう」
「蓮二……」
「勿論、協力させてもらう。……しかし、俺は跡部のようにうまくできないと思うが、いいのか?」
「あ、あぁ、そんな事は気にしなくていい。すまん、蓮二…」
真田がぱっと顔を上げて、深い溜息を吐いた。
ほっとしたのだろう。
床に手を突いて、少しだけ安心したように微笑んでくる。
その微笑みがまた、清楚でたまらない風情で、柳は身体を強張らせた。
男の時と顔の作りはほぼ同じなのに、やはり全体の雰囲気が違う。
まさに触れなば落ちん、といった風情で、たまらなく劣情をそそられる。
すぐにでも床に押し倒して浴衣をはぎ取り、あのたわわな胸に顔を埋め、身体を繋ぎたい……。
というような、普段の柳では絶対に思わないような欲望が込み上げてきた。
自分にそんな欲望があったというのも驚きだが、相手が真田というのも更に驚きだ。
というよりは、相手が真田だからこんなに興奮するのだろうか……。
(………)
「蓮二…」
「あ、…では、……ここでいいか?」
呆けたような声で言って、部屋の片隅の綺麗にベッドメイキングされたベッドを指さす。
「…、服を脱ぐので待っていてくれ」
真田がそう言って立ち上がり、浴衣の帯をシュル、と解いていくのを、苦しいまでの興奮の中で柳は見上げた。
















真田編その10