図書館にて
 《3》












自宅に帰ってくると、どっと疲れが出た。
自室に早々に引きこもり、着替えるとベッドにどさりと身体を投げ出す。
なんだか急に世界が暗くなったような気がした。
今まで光り輝いていたのに、そこに突然雲がわきたちどんよりと曇ってきて精彩を欠いているような、そんな感じ。
溜息を吐いて、枕に顔を埋める。
眼鏡が邪魔になってむしり取るようにして外すと、脇のテーブルに放り投げる。
急に何もしたくなくなってしまった。
(へんやな、俺………)
枕に顔を埋めたままで考える。
手塚が女子を連れてきた。
たったそれだけで、なぜこんなに衝撃を受けているのだろうか。
あの女子はただの友達かも知れない。
自分だって女子と一緒に図書館に行ったではないか。
きっとただの友達だ。
----------どうして自分は、あの女子がただの友達かそうでないかなどにこだわっているんだろうか。
ふと忍足は眉を顰めた。
ただの友達じゃなかったら……つまり、手塚とあの女子が付き合っているのだとしたら……。
そう考えると、急に胸がむかむかした。
吐き気が込み上げてきて、忍足はぐっと眉を寄せて唇を噛んだ。
付き合っている---------つまり手塚は、彼女に優しい言葉をかけたり、……触れたり、……キス、したり、するんやろか……。
キスだけじゃなくて………。
(……まさかな…)
頭を振ってつまらない考えを脳裏から追い出そうとしたが、駄目だった。
反対に、頭の中に見たくもない想像が次から次へと広がった。
手塚と彼女が……手塚の手が彼女の肩を抱き、手塚の瞳が優しげに彼女に向けられて、二人の姿が重なっていく……。
「…くそっ!」
むかむかしてたまらなかった。
忍足は乱暴に枕を壁に向かって投げつけた。
バスッ、と鈍い音がして、枕が壁に当たる。
息を吸い込むとくらくらした。
ものすごい怒りが湧いているのが分かって、忍足は狼狽した。
いや、怒りではなくて……。
---------嫉妬だ。
(……嫉妬……俺がか?)
「……………」
嫉妬、という言葉が浮かんでくると、すとん、と胸に使えていたもやもやがすっきりと落ちた。
そうだ。これは嫉妬だ。
(俺は、あの女子に嫉妬しとるんや…)
手塚の特別な存在に、あの女子がなっているかもしれないから。
(……俺は、手塚が好きなんや…)
好き。そうだ。
好きなんだ。
「………そうか…」
ごろり、と仰向けにベッドに沈み込む。
白い天井をぼんやりと見上げる。
(そうやな……俺は、いつのまにか手塚のこと好きになっとったんや…)
友達じゃなくて、……手塚に触れて、それでもって、こう、抱き締めて……。
両手を上げて目を閉じ、手塚を抱き締めているつもりになる。
手塚の髪に触れて、あの瞳を間近に見て……。
(……………)
「なに考えとんのやっ!」
ぱっと目を見開いて、忍足は大きな溜息を吐いた。
(変態や……)
手塚は男、自分も男。
別に男同士が悪いわけではないが、女性が相手ではどうみても分が悪い。
というか、もう……。
(あの女子と付き合ってるかもしれんのやで、手塚は…)
ますます気が重くなってきた。
(見込みないやないか…)
自分の気持ちに気づいたのはいいが、……これ以上どうにもならない。
(手塚……)
どうにもならないと思ったら、ますます手塚が恋しくなった。
胸が詰まって、忍足は両手で目を覆った。
(どうしようもあらへん。…忘れるしかない…)
手塚と図書館で会っていた事も何もかも、全部忘れてしまう事だ。
彼の笑顔も、しっとりとした話し方も。
二人で過ごした時間も。
胸がずきっと痛んだ。
(…………)
こんな苦しい気持ちは初めてだった。
「バカやな、俺も…」
自嘲気味に呟き、忍足は力無く笑った。














いつの間にか眠ってしまったらしい、
風呂にも入らずに寝てしまって、起きた時は頭がどんよりとしていた。
ベッドから起きあがって、髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
熱いシャワーを浴びると、なんとか頭がはっきりとしてきた。
携帯のメルアドを教えてもらっていたので、学校に行く前に忍足は手塚にメールを出した。
『学校で用事できてしもて、図書館もう行かれへん。今までありがとな。メールの返事とかいらんから』
短い、なんの素っ気もない文面。
だが、何か理由をこしらえようとすると、いらない事までいろいろと書いてしまいそうだったので、忍足はあえて書かなかった。
どうせ、もう手塚には会えない。
少なくとも、二人きりで会ったりはできないと思った。
会ったら、何かまずいことを口走ってしまいそうだった。
自分が抑えられそうにないと思った。
なんで、こんな事に……。
とは思ったが、一旦自覚した自分の気持ちは隠しきれない。
(しゃあないな。……なにかして忘れないと…)
とは思っても、忍足の足取りは重かった。














それから数日。
跡部にどうしたんだよ、と言われながらも、忍足はなんとか日常生活を送っていた。
元々自分が空回りをして勝手に手塚のことを思っていただけだという事もあり、こんな事は恥ずかしくて誰にも言えない。
ひたすら隠し、出来る限り速やかに忘れよう。
忘れて、次に手塚に会う時は、……手塚には、他校の選手として礼儀正しく接しよう。
決して取り乱したり、不自然な振る舞いをしないように。
そう思って、忍足は手塚のことは思い出すまいと努めた。
授業中は授業に専念し、放課後は部活動でへとへとになるまで身体を動かす。
急に熱心になって何かに憑かれたような忍足に、向日も不審げな目を向けてきていたが、そんな事を気にしていられるような余裕もない。
へとへとになって自宅へ戻り、風呂に入ってその日の宿題や勉強をすると、泥のような眠りが待っていた。
疲れているお陰か、夢を見ることもなく眠れる。
こうして過ごしていれば、そのうちなんとかなりそうだ。
自分にそう言い聞かせながら過ごしていたある日。




その日も部活で身体を酷使して帰ってきた忍足を、手塚が待っていたのだった。




















忍足純情すぎですね(汗)