跡部の携帯に手塚からメールが入っていたのは、氷帝が全国大会に出場できることになり、明後日がその全国大会の抽選会、という日だった。
メールには『病院を明日の午前中に退院する。明後日の抽選会には直接会場へ行こうと思う。本当は明日でも東京に帰れるのだが、青学の部員たちとは直接会場で会いたいので、宮崎で一日滞在を延ばすかと思っている。自宅に戻ると、大石や不二に帰ってきたのが分かってしまうからな』とあった。
そのメールを氷帝テニス部の部室で見て、跡部は瞬間頬が熱くなるのを感じた。
狼狽して周囲を見回したが、運良くその時はレギュラー用の部室に誰もいなかった。
ほっと胸を撫で下ろして、携帯を握りしめてソファに腰を下ろす。
画面を開いて、暫くメールを眺めたあと、返信を打つ。
『…明日、東京戻って来いよ。自宅戻りたくないなら、俺のうちに来い。泊めてやる。俺んちから直接会場行けるぜ?』
字面を打って、送信の画面にし、暫く逡巡してから僅かに震える指先で、送信する。
(……………)
胸がどきどきと高鳴った。
携帯を握りしめたままで数分すると、携帯が振動した。
『お前の家に泊まってもいいのか?それなら明日帰ることにしよう。よろしく頼む。夕方××時に到着するJ○L××便を予約した。』
「速ぇな……」
自分から提案した事なのに、手塚が素早く対応しているのに驚き、思わず独りごちる。
『じゃ、迎えに行く。到着ロビーで待ってろ』
そう返信して、跡部はほっと溜息を吐いた。
ソファの背に頭をもたれ、天井を眺める。
氷帝のレギュラー用部室は、薄淡いブルーに白をまぜた色を基調とした、上品で清潔な広々とした部屋だった。
そのしみ一つ無い天井を睨むように見つめて、胸の動悸を抑えようとする。
手塚が、とうとう帰ってくる。
そう考えると、しかし、胸の動悸はますます大きくなるようだった。
この間会ってから、まだあまり日は経っていないはずなのに、随分手塚に会っていないような気がした。
でも、明日には会える。
-----------------しかも。
とつじょその次のことに思い至り、跡部は胸がきゅっと締め付けられた。
手塚に「泊まれ」などと、言ってしまった。
一体手塚はこの自分の誘いをどう思っただろうか。
「……まさかな………って、分かんねぇ……」
どきどきした。
手塚と一晩ずっと一緒にいられる、と思うと、嬉しさが込み上げてくる。
と同時に、手塚がどう出てくるのか、というのが不安にもなった。
どうなんだろうか。
自分はどういう気持ちなんだろうか……。
……勿論、不埒な気持ちで誘ったわけではない。
手塚が直接立海に行きたいというから、青学に知られない所といったら自宅ぐらいなもんだと思って提案してみただけだ。
……けれど。
(……手塚……)
胸がツキン、と痛んだ。
(明日は………明日は手塚と夜まで………って、へんな事考えてんじゃねぇよ、俺……)
頬が上気して赤くなるのが分かる。
ソファの背から身体を崩れさせてソファに突っ伏し、火照った頬をソファのふわふわしたクッション部分に押しつける。
なんだか、居ても立ってもいられない気持ちだった。
「くそっ……」
焦燥にも似たこの気分をどうにかしたくて、悪態を吐きながらソファで身体を転がしていると、
「なにやっとんの、跡部?」
と、後から入ってきた忍足に怪訝な顔をされてしまった。
「な、なんでもねぇよっ……俺は帰るぜ」
慌てて起きあがって、自分のロッカーに向かって着替えを始める。
「熱でもあるん?」
隣に来た忍足が同じく着替えをしながら、自分の顔を覗き込んできたので、跡部は思わず顔を背けてしまった。
「別に……気にすんなよ」
「明後日抽選会やから、体調整えておくんやで?」
「ンな事、テメェが心配しなくても大丈夫だぜ」
バーカ、と普段通りを装ってはみたものの、声が震えているような気がしてならない。
忍足とは目を合わさないようにし、跡部はおざなりに着替えると逃げるように部室を後にした。
次の日の夕方、跡部は緊張した面持ちで、羽田空港の到着ロビーに立っていた。
平静を装ってははいるが、どうしても不安な気持ちを隠しきれない。
同行した運転手が「一緒にお待ちしますか」、と言うのを断って、一人でロビーに仁王立ちする。
到着する人を待つ周囲の人々が、自分をちらちらと眺めてくるのが分かったが、そんな風に注目されるのに慣れていても、今日は苛立った。
「早く出て来ねぇかな…」
独り言を言って、出口を眺め、目を逸らして俯いて溜息を吐く。
心がふわふわと浮ついて、ウキウキしているようでもあって、それでいて不安だった。
時間が経つのが遅くて、いらいらした。
「……跡部、待たせたか?」
俯いて気持ちを落ち着けようとしていた所に、ふいに前方から声が降ってきた。
「……っ手塚……あ、荷物持つぜ」
慌てて前を向くと、TシャツにGパンとラフな格好をした手塚が、穏やかな表情で立っていた。
機内に持ち込んだのだろう、ボストンバッグを下げているので、それに手を伸ばして奪うように受け取る。
「荷物、これだけなのか?」
「あぁ、他のは自宅の方に宅急便で送った。今日一日お前の家でお世話になる分を持ってきた」
「そーかよ…」
なんだか、会話がぎこちない。
もっとスムーズに会話したいのだが、うまくいかない。
「こっちに車待たせてあるんだ。行こうぜ」
とりあえずこの人混みから逃れようと、手塚を連れて車へ戻る。
自宅までは車で30分程度だった。
山の手の高級住宅地の、その中でも一等地にそびえ立つ壮大な跡部邸の中へ車は入っていき、広い玄関前で車が止まる。
手塚を降ろして、自分も降りると、外は既に薄暗かった。
もう夜の7時ぐらいにはなるだろうか。
荷物を跡部の自室に運ぶと夕食を取り、それからまた自室へと戻る。
「夕飯までご馳走になってしまって申し訳ない。とても美味しい食事だった」
「ンな事気にしねえでいいって…」
手塚に礼を言われると、なんだか落ち着かなかった。
「それより、風呂でも入ってこいよ。移動して疲れただろ? あそこがバスルームだから。着る物とか持ってんのか? なかったら俺の貸してやるから…」
こういう風に手塚と話すのも、なんだか奇妙な感じがした。
普通の会話をするのが妙に恥ずかしくて歯切れ悪く言いながら、クローゼットから自分では着ていない、新品の大きめのTシャツとハーフパンツを取り出してみる。
「では、お言葉に甘えて。有難う…」
「別にいいって…」
また礼を言われて、妙に居心地が悪い。
手塚が自室と隣接したバスルームに消えると、無意識に疲れが出たのかほっと溜息が出た。
……やっぱり、落ち着かない。
バスルームの扉越しに微かにシャワーを使っているような音が漏れ聞こえてきて、跡部は心なしか緊張が高まるのを感じた。
これから、どうするんだ。
……どうすると言っても………。
というわけで…
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