It's not a dream
《6》














頬が熱くなる。
自分は今、物欲しげなはしたない表情をしているだろうと思う。
期待している自分が、恥ずかしい。
「…………」
まんじりともしないでソファに座っていると、暫くして手塚がバスルームから出てきた。
「有り難く使わせてもらった。跡部はどうするんだ?」
「あ、……俺も入ってくる…」
手塚の顔がまともに見られなくて、跡部は僅かに顔を背けて小声で答えた。
自分の後ろ姿を手塚が注視しているのが分かって、背中がちりちりとするような気がした。
バスルームに入って扉を閉めると、思わず溜息が出た。
こんなに、まるで少女みたいに緊張して、どうする。
-----------自分が情けない。
だいたい、手塚がどういうつもりなのかとか、分からないじゃないか。
自分だけ変に期待して、……どきどきしているなんて。
「バカだぜ…」
熱いシャワーを頭から浴びると、少しは現実が戻ってくる気がした。
もっと、普通でいなければ。
手塚に、感づかれないように。
俺が…………期待していることを。















しかし、シャワーを浴びて部屋に戻ると、あれほど平常心でいなければ、と自分を叱咤したにもかかわらず、一気に動悸が跳ね上がった。
手塚は、毛足の長い絨毯に直接座って、ぺットボトルの水を片手にテレビを見ていた。
適当に用意しておいた、テニスの試合を撮影したDVDを見ているようだった。
鼓動が頭まで響いてくる。
が、手塚がテレビの方に集中しているのを横目で見ると、なんとなくほっとしたような奇妙な安心感とともに、肩すかしを食らわされたような、残念な気持ちがした。
手塚から少し離れて絨毯に座ると、自分もペットボトルを開けてごくりと水を飲む。
それから、顔を横に向けて、手塚を盗み見るように、ちらっと見た。
「宮崎でもテニスはしていたんだが、全国大会で試合ができると思うと、嬉しいものだな」
「……肩、もうすっかり治ったのか?」
「あぁ、完治した。全く問題なしだ。完全に治したので、心おきなくテニスができる」
「ふーん……」
気のなさそうに返事したものの、手塚の力強い返答に、心がぱっと明るくなる気がした。
今までなんとなく引っかかっていた重荷が、消え去ったような感じだ。
「思い切って病院で治して良かったと思う。跡部と試合をして悪くした事が返って早く治すのに繋がったわけだから、結果としてお前に感謝しなければならない」
「……よせよ、感謝とか、キモいぜ…」
手塚が真面目な表情をし、自分の方に向き直って堅い口調で言ってきたので、跡部は思わず視線を逸らした。
「跡部、…有難う」
しかし、そんな跡部に構わず、手塚がすっと手を伸ばして跡部の手を握りしめてきた。
途端に、どくん、と鼓動が跳ね上がって、跡部は息を呑んだ。
「明日は全国大会の抽選だ。また、氷帝と試合ができたら嬉しい」
「……今度は負けねえぜ…」
「勿論だ。…俺の方も負けない。……お前個人にも、勝ちたい…」
不意に手を引かれて、バランスを崩して、手塚の胸の中に倒れ込む。
そのまま絨毯の上に仰向けに押し倒される。
「跡部……」
手塚らしくない、押し殺したような、興奮を抑えかねる声音だった。
耳朶に濡れた感触を感じて、跡部は硬直した。
期待していたはずなのに、突然の展開に、身体が強張る。
「……好きだ…」
熱い息が吹き込まれ、掠れた低い美声が鼓膜を震えさせた。
「………」
なにか言わなければ、と思ったが、声が出なかった。
全く動けずに、木偶のように身体を強張らせたままで、手塚の愛撫を受ける。
耳朶をねっとりと舐められ、耳の下に口付けされる。
手塚の吐息の音が、耳にわんわんと響いてくるようで、自分の息が吐けない。
「…跡部…」
唇が覆い被さってきた。
顔の角度を少しずらし、深く口付けられ、舌を引きずり出されて吸われる。
全身が、震えた。
何も考えられなかった。
いざこういう場面になってみると、まるで何も………頭の中が空っぽになって真っ白になった。
(……!)
手塚のヒンヤリとした手が、自分の着ていたTシャツの裾から滑り込んできて、素肌をまさぐってきた。
思わず目を見開くと、手塚の黒い瞳が眼鏡越しに至近距離でじっと自分を見つめていた。
目線があって、慌てて目を閉じる。
手塚が軽く笑う気配があって、脇腹に触れていた手の動きが大胆になり、胸まで上がってきた。
「……ッ!」
乳首を弾くように愛撫されて、そちらに神経が行ったかと思うと、舌を強く吸われて頭がくらくらする。
手塚とこんなふうになりたいとは思っていたけれど、実際の手塚がどういう行動をしてくるかなんて、全く予想もしていなかった。
真面目で堅い奴だから、想像できなかった。
それなのに、………これは、本当に手塚なのか?
手塚が、俺にしてるのか……?
「……あッ!」
不意に顔が離れたかと思うと、ぐいっとハーフパンツを降ろされて、跡部は狼狽した。
身体を起こした手塚が、跡部の履いていたそれをはぎ取ったのだ。
羞恥が一気に込み上げてきて、身体を捩って手塚の視線から逃れようとする所を、
「動くな…」
と、低い声で命令するように言われて、跡部はびくっとした。
見上げると、手塚は真面目な表情だった。
いつもの、試合中ネット越しに見る手塚なのに………している事があまりにも違いすぎて、混乱する。
手塚が跡部のTシャツも脱がせてきた。
呆然として手塚のなすがままに全裸になって、まるで釣り上げられた魚のように、手塚の前に無防備に裸体を晒す。
「……な、に見てんだよ…」
手塚の不躾な視線が、自分の裸を突き通すように見ているのが分かって、全身がかっと熱くなった。
羞恥と期待が混ざり合って、なんとも表現しようのない興奮が湧き起こる。
既に下半身は勃ち上がって、先端から雫を漏らしていた。
そこを手塚がじっと見ているのが、たとえようもなく恥ずかしかった。
それなのに、自分の裸を見ているのが手塚だと思うだけで、どうしようもなく興奮してしまう。
もっと、自分を見てもらいたかった。
自分の全てを見て、触れて欲しかった。
「てづか……」
声が震えた。
憑かれたように自分の裸体を注視していた手塚が、はっとして目線をあげ、跡部を見た。
眼鏡の奧の切れ長の瞳が、いつの冷静な視線ではない、燃えるような情欲を湛えた視線を送ってきた。
胸がぎゅっと掴まれたように甘く痛んだ。
手塚の視線だけで、イってしまいそうだった。
「お前も、脱げよ……」