コンコン。
「失礼します」
部活終了後、その日の総括をし、部員を帰し部誌を書いてから、跡部は部長室を出て監督の部屋へ向かった。
部活の最中に、榊から、部活が終わって後かたづけをしたら榊の部屋へ来るように、と耳打ちされていたのだ。
監督室は部長室とは階が違う。
鉄筋コンクリート4階建ての氷帝学園の部室棟の4階部分、一般の生徒は出入り禁止の階は、外部からの訪問者を接待する応接室や、各顧問、或いは監督の部屋が並んでいる。
榊の部屋は、その階のちょうど真ん中ぐらいにあった。
エレベータを降り、カツカツと廊下を歩いて、コンコンとノックをする。
声を掛けると中から入ってこい、と榊の声がした。
失礼します、と言ってガチャリ、と扉を開け中に入ると、一気に榊のものではない声が跡部の耳に飛び込んできた。
「うっ、んん……く、っッあ、は…か、んとくっっ!」
見ると、部屋の真ん中にある重厚な木の机に俯せになった忍足を、榊が後ろから立ったままで激しく突き上げている最中だった。
机のへりを、指が白くなるほど掴んで、忍足は艶やかな黒髪を乱して喘いでいた。
制服のシャツが腰の辺りまでめくり上がり、下半身は剥き出しだった。
跡部の目には机の陰になって腰から下はよく見えなかったが、その忍足の腰をがっちりと掴んで、榊が自分の腰を激しく忍足の尻に打ち付けているのが分かった。
「…入ります」
そんな光景を目にしても、全く動じることもなく、跡部は平然としてそう言うと扉を閉めた。
榊が目線でソファを示してきた。
革張りの二人掛けのソファに深く腰を下ろし、肩に掛けていたテニスバッグをソファにどさっと置くと、跡部は腕を組んで優雅に脚を組み、目の前で繰り広げられている痴態を灰青色の美しい瞳を眇めて眺めた。
「あっ、は、う、うんッッ、かんと、くッッ」
跡部が入ってきたのも気づかないのか、それとも気づいていても余裕がないのか、辺り憚らない嬌声をあげて、忍足が背中をのけぞらせる。
「は、うううッッッ!」
一際喘ぎ声が大きくなり、榊が忍足の腰を打ち付ける速度も速くなる。
ぐっと突き入れて暫く動かなかったが、やがてゆっくりと深く息を吐いて、忍足から身体を離した。
優雅な動作で下半身の汚れを拭き、衣服を紳士らしくきっちりと整えるのを、跡部はソファに背中を凭れ掛け、肘掛けに肘を突き、頬杖を突いて眺めた。
見ていると、忍足も跡部の視線に気づいたのか、はぁはぁと激しく息を吐きながら顔を上げ、ほんの少し頬を染めて恥ずかしげにそそくさと衣服を整える。
「お、お先に…」
跡部とは視線を合わせず、逃げるように去っていくのを、跡部は瞳を眇めたまま見送った。
バタン。
と、扉が閉まって、監督室には跡部と榊だけになる。
跡部がじろり、と榊を見ると、榊はふっと瞳を細め、机の引き出しを開け、中からファイルを取りだし、それを手に持って跡部の向かいのソファに腰を下ろした。
背広の胸ポケットからシガレットケースを取り出し、煙草を一本手に取ると、ライターで火を点け、ゆっくりと吸い始める。
紫煙が情事の跡の淫靡な空気の中を立ち上っていく。
「相変わらずですね、監督」
煙草を一服した所の榊に、跡部が声を掛けた。
「まぁな。……だが、最近は少々マンネリ気味かもしれん」
榊が微かに苦笑した。
「だいたい忍足はお前が開発していたからな。あまり新鮮さはなかった」
榊の言葉に、跡部もくすっと笑った。
「それはどうも。でも、あそこまで感度よくしたんですから、誉めて貰いたいものですね」
「まぁ、確かに、最初から具合は良かった」
ふぅ、と紫煙を吐き出し、榊が笑う。
テーブルの上に置かれた灰皿に煙草を置くと、細い紫煙が天井まで立ち上っていった。
「全く口の減らんやつだ」
とは言うものの、跡部を見てまんざらでもないという様子だ。
「俺と監督は同じ穴の狢ってやつですよね」
跡部も肩を竦めて笑った。
「だが、たまには初物を味わうのもいい。…いつもお前に先を越されているのもしゃくだからな」
そう言って榊はテーブルの上に手に持っていたファイルを広げた。
見ると、写真や細かい文字が並んでいた。
青春学園のデータだ。
それも、ある特定の人物。
青学の部長である、手塚国光のものだった。
手塚が試合をしている時の写真、サーブを打ったり、レシーブを返したり、或いはドロップボレーをしている写真。
それらが何枚も透明なファイルに納められている。
「なるほど。次の標的は手塚ってわけですか」
榊の意図が分かって、跡部は唇の端をつり上げて笑った。
「監督も目を付けてたってわけですね」
「なんだ、お前もか」
「勿論です。こいつ以上にそそられるやつはいないでしょう」
「ふ、やはり目の付け所は同じか…」
榊が瞳を細める。
「お前がよく慣らしたやつも悪くないが、たまには初物をな…」
「監督も悪人ですね…」
「お前ほどではあるまい。言っておくが、今回は俺が最初だからな、いいだろう、跡部?」
「了解しました」
跡部が頷く。
ファイルの中の手塚を見ると、彼は真剣な顔をしてボールを打っていた。
「手塚は独りでヤるには少々不安があったんですよね。なにしろ高嶺の花ですからね」
「お前がそんな弱音を吐くとは珍しい。まぁ、手塚ならお前がそう思うのも無理はあるまいな」
「ええ、そのぐらい想う相手だからこそ、楽しみもそれだけ大きくなるという事で」
「ふふ、なんだ、お前もよく分かっているではないか」
「監督ほどじゃないと思いますが」
「そうかな?俺は跡部にはかなわんと思っているがな」
二人は声を合わせて笑った。
「手塚、竜崎先生が呼んでたよ?」
放課後、いつものように部活に行こうと教室を出た手塚に、廊下で待っていてくれたのだろう、菊丸が声を掛けてきた。
「竜崎先生が?」
「うん。俺のクラス、6時間目竜崎先生の数学だったからな、手塚に伝言頼むって言われたんだ。授業終わったら職員室に来てくれって言ってたぜ?」
「そうか、有難う」
菊丸と別れて荷物を持って職員室に向かい、
「失礼します」
と一礼をして職員室に入ると、部屋の隅の方にある机に座って、竜崎が待っていた。
「すまんすまん。実はこの資料を氷帝へ持っていってもらいたいんじゃがの」
と言って出されたのは大きな茶封筒だった。
「顧問会議で使う資料なのじゃが、すぐに届けなくてはならなくなってな。今日はすまんが部活は行かずにこれを氷帝まで届けてくれんかの?」
「分かりました」
「榊監督がいれば榊監督に、いなければ部長の跡部君に渡してほしいんじゃ。頼めるか?」
「はい、分かりました」
直接渡して欲しいという事は、重要な資料なのだろう。
手塚は頷いて資料を受け取ると、バッグの中にしまった。
「それじゃよろしく頼むよ」
にこにこと言う竜崎に見送られて、手塚は青学を後にした。
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