生贄
 《3》












こんな表情をする跡部は知らない。
自分が今まで見てきた跡部は、自信満々で傲岸不遜な態度はとるものの、あくまでテニスプレイヤーとしての彼だった。
ところが今、目の前にいる跡部は、表情に欲望を漲らせている。
ぞっと背筋が凍って、手塚は思わずソファの上で後ずさった。
「跡部、服を脱がせてみろ」
榊がよく響くバリトンでそう言ってきた。
はっとして榊の方を向き、信じられないという目で見上げると、榊が満足げに瞳を細めた。
「いい表情をする、手塚君、本当に君は素晴らしいね。最高の獲物だよ」
「…獲物?」
(獲物とはいったい……)
と混乱した頭で考える間もなく、跡部が手塚のシャツのボタンを荒々しく外してきた。
はっと息を飲んで身を捩って逃れようとするが、ソファの後ろから榊が手塚の肩をがっしりと掴んできた。
「……ッ!」
強い力で掴まれ、肩が痛む。
「そういう顔もたまらねえな。…色っぽい顔するぜ、手塚…」
手塚が暴れないようにと、手塚の両足に乗り上げた格好で、跡部がシャツのボタンを外していく。
全て外すと、ばっと左右に広げ、手首の所まで脱がせる。
手首が拘束されているため、シャツはそれ以上は脱がされなかったが、手塚の上半身は臍の上からすっかり露わになってしまった。
「ほう……いい肌をしている…」
榊が感嘆するような声を出す。
「いつも服に覆われて見えなかったが、滑らかで、美しい…」
「やめてくださいっ!」
二人がいったい自分に対して何をするつもりなのか。
榊が入ってきた時からうすうすと察してはいたものの、自分の裸の胸を見つめてくる二人の瞳の色に、紛れもなく欲情の色が浮かんでいるのを見て、手塚は心の底からすくみ上がった。
───まさか。
まさか、跡部が。
いや、跡部よりも、まさか、顧問の榊が。
信じられない。
しかも、二人は共謀しているのか。
そんな事が現実にあるのか。
眩暈がした。
「う……ッッ」
その時不意に、なんともいえない刺激がして、手塚は無意識に呻いた。
跡部が手塚の左の乳首を、親指と人差し指ではさんでぐりっとひねってきたのだ。
「たまんねえ声出すな。手塚……」
思わず視線が合う。
跡部は微笑していた。
「いい声だぜ」
そう言って跡部は更にくりくりと乳首を弄った。
刺激によって、手塚のそこはぷっくりと膨れあがり、痛みにも似た鋭い刺激が間断なく手塚の脳に突き刺さってきた。
「よせっ!」
ぱさぱさと髪をソファに振り乱して呻く。
「はは、お前が嫌がれば嫌がるほど、こっちはそそるんだぜ、手塚?」
跡部が笑いの混じった声で言ってきた。
こんな仕打ちは許せない。
どうして自分が……。
手塚の頭の中は、怒りと憤慨と恐怖と、それから跡部から与えられる刺激によるなんとも言えない感覚とが入り交じって、爆発しそうだった。
激しく身体を動かして逃れようとしても、押さえ付けられていて如何ともしがたい。
「跡部、下も脱がせろ」
榊が上から落ち着いた声で指示してきた。
跡部がにやっとして頷くと、乳首を弄っていた手を手塚の制服のズボンのベルトに掛ける。
カチャ、と自分のズボンのベルトが外されジッパーが下ろされるのを、手塚はわなわなと目を見開いて見下ろした。
ぐっとズボンをずり下げられ、渾身の力を込めて抵抗する。
「くそ、なかなか脱げねえな」
跡部がいらつく。
いらついて、両足を押さえ込む跡部の力がほんの少し弱まった所を、すかさず手塚は身体を捩って跡部を振り払った。
「くそ!」
跡部が体勢を崩してソファから転げ落ちそうになる。
もう少しだ。
なんとか跡部を振り払えばここから逃げられる。
こんな裸同然の格好で、とは思ったが、とにかくこの場を逃げることが先決だ。
「大人しくしてろ!」
しかし次の瞬間、鳩尾にどすっと跡部の拳がめり込んで、手塚は意識が混迷し、すうっと気を失った。












「おい、あまり手荒なことをするな」
「このぐらい大丈夫ですよ」
そんな二人の声がうっすらと聞こえてくる。
「ほら、起きろ」
次に気が付いた時、手塚は別の部屋に連れ込まれていた。
薄明の視界がだんだんとはっきりとしてくる。
白い天井が目に飛び込んできた。
「ったく世話焼かせやがって」
跡部の声が聞こえた。
脳が一部機能していないのか、手塚は数秒自分の置かれた立場が分からなかった。
だが、少し経つと先ほどまでのことが明白に思い出された。
そうだ、突然跡部が襲いかかってきて……。
はっとして起きあがろうとして、手塚は途端に眉を顰めた。
身体が起きあがらない。
ぐっと腕を引かれて、仰向けに沈み込む。
見ると、手塚が寝かされていたのはベッドだった。
顔を振って回りを見て、手塚は更にぎょっとした。
自分の手が、頭の上でひとくくりにされて、ベッドヘッドのパイプに縛られていた。
そして、両足も、足首に紐のようなものが巻かれ、それぞれベッドの両端のパイプにくくられている。
ちょうど、両足を大きく開いた状態で横たわっていて、脚が動かせないのだ。
しかも、手塚は全裸だった。
いつの間に脱がされたのだろうか、上半身はもとより、下半身にも何も身につけていない。
自分の開いた脚の中心を、跡部がにやにや笑いながら見つめているのが視界に入って、手塚は震撼した。
「あ、とべっ!」
「ははは、気が付いたかよ、手塚」
跡部がゆっくりと唇をつり上げた。
驚きの表情を隠せないまま跡部を見上げると、跡部が嬉しげに笑った。
「いい表情だぜ、手塚。こっちも…いい…」
ぎし、とベッドに上がって、跡部がおもむろに、開いた脚の中心に手を伸ばしてきたので、手塚はびく、と身体を震わせた。
萎えた手塚自身を、跡部が下から掬い上げるようにして手に乗せる。
無意識に逃れようとして身体を動かした途端、足首の紐がぎちっと軋み、鋭い痛みが走り抜ける。
「動くと、痛いぜ?大人しくしてろよ…」
手に乗せて重みを確かめるように、跡部がゆっくりと掌の中で、手塚を握り込んでくる。
「………!」
そんな所を他人に弄られるなど、手塚には想像も出来ない事だった。
羞恥が全身を震わせ、冷や汗が浮かぶ。
激しく顔を振り、動かない体を無理に動かして、なんとか跡部の手から逃れようと虚しい抵抗を繰り返す。
「手塚…」
跡部が低く透る声で囁いた。
手に握ったそこを、根元の陰毛を指に絡めて軽く引っ張り、形をなぞるように扱いていく。
どうして、こんな……。
まだ信じられなくて、手塚は闇雲に顔を振った。
自分が、これから何をされるのか、頭では理解できるものの、感情がついていかない。
これは、夢だ。
まさかこんな事を跡部が……榊監督がしてくるとは…。
「怯えているのかな。…勃起はせんな…」
跡部の背後から涼やかなバリトンの美声が聞こえた。
はっとして声のした方を向くと、榊が腕組みして微笑していた。
「この状態では難しいでしょうね」
跡部が肩を竦める。
「後ろを使ってみろ」
榊の言葉に跡部が笑いながら頷いた。
手塚はただ呆然と二人の様子を眺めているだけだった。