◇Stained Glass  1  






「うっ…く、ぁ…ッッ!」
身体の中心で、溶鉱炉の内部のように熱く溶けた何かが蠢く。
下半身が熱く煮え滾ったマグマに変わり、自他の境界が曖昧になる。
マグマが噴火するたびに、その爆発が脳髄まで達して、全身が戦慄く。
熱く、眩暈がする。
身体全部が性器になってびくびくと蠢き、身悶え、まるで火傷したようだ。
痛みを伴った地獄のような快感が、獄寺の全身を凌駕する。
堅く瞑目し、奥歯を食い縛って、与えられる快感を少しでも逃すまいと、貪欲にむさぼる。
目は閉じていた方が、いい。
その方が、よりリアルに聴覚を、嗅覚を、触覚を感じ取れる。
自分の体内を犯し、貫いているものの熱さ、形、匂いまでつぶさに感じ取れる。
自分の身体の中心を、熱く焼けた鉄の棒が行き来する。
蕩けた身体にめり込んでは、縦横無尽に内部を掻き回す。
ズキン、と脳天まで悦楽の直撃が襲って、獄寺は汗にまみれた顔を歪めた。
弓なりに形良く造形された細い眉の間に深く皺を刻めば、その溝を汗が滴っていく。
固く閉じた瞼の裏に極彩色の閃光が舞い飛び、明滅する。
いつの間にか半開きになっていた唇から漏れる忙しい息づかいと、造りの雑なベッドの軋む音、結合部位からの粘着質な体液の音が、視界を遮った事で敏感になった耳を犯してくる。
何もかも───全て、忘れる。
理性も、プライドも、過去も、拘泥も。
忘れて、自分はただの動物に成り下がる。
身体に感じる、今この瞬間の快楽だけが全ての、感覚だけの、動物に。
「──ァ…アッ、アッ!」
──全身が………犯されている中心が──熱い。
煮え滾って、蕩けて、どろどろになっていく。
「……ッ、相変わらず、スキモンだな、Hayato」
陳腐な台詞も、今この時だけは、自分を更に燃え立たせる燃料となる。
───もっと。
もっとオレを壊してくれ。
熱くしてくれ。
何も考えられない程に、翻弄してくれ。
めちゃくちゃにして。
…………………殺してくれ。






ふっと身体が宙に浮いたような気がした。
電撃を受けたかのように身体が知らぬ間に反り返り、頭の中で何かが爆発した。
自分に圧し掛かっていた男が、低く呻いて、ぶるりと身を震わせた。
腹部に、生暖かい何かが流れる。
男がぐったりと、身体を弛緩させる。
突然掛かってきた身体の重みに、獄寺はけぶるような長い睫を瞬かせて、うっすらと目を開けた。
透明なグレイに深い翠を湛えた宝石のような瞳が、欲情と落胆の影を落として、身体の上の男を見つめる。
自分よりはかなり年上の、逞しい身体がまぁ、悪くない、それだけの男だ。
「………良かったぜ、Hayato。……お前は本当絶品だよ」
白々しい言葉。一気に興が冷める。
獄寺は圧し掛かっていた男をベッドに押し遣って、気怠げに銀糸の髪を払った。
暗い部屋にきらり、と室内灯を反射して、獄寺の銀砂のようなさらりとした髪が光る。
灰翠の瞳をすっと細め、獄寺は小さなステンドグラスを配した窓の外を見た。
翠や黄色、青のガラスを通して、外の光が薄暗い部屋にぼんやりと差し込んでいる。
「どけよ…」
「なんだ、つれないな。…終わればそれかよ?」
男が鼻で笑い、肩を竦めて獄寺から離れた。
「何がつれないだよ。嘘言ってんじゃねぇ」
「フン、まぁいいさ。…それより、Hayato、お前日本に行くんだってな?」
ベッドにごろりと横になって頭の後ろに太い腕を回し、男が獄寺を見上げてきた。
胡散臭げに相手を一瞥し、獄寺は薄く笑った。
「あぁ、そうだ」
「日本には俺達ファミリーの重要人物が何人かいるそうじゃねぇか。その関係か?」
「さぁな。……知ってたとしても、てめぇに言うわけねぇだろ」
上体を起こすと、尻から生暖かい体液が滴り落ちてきた。
形の良い細い眉を顰めて、獄寺は乱暴に局部をタオルで拭った。
立ちこめた生臭い匂い。暗い部屋。小さな縦長の窓から差し込む、ぼんやりとした光。
イタリアは、まだ寒かった。
「まぁな、お前ならどこに行ってもマフィアとしてやっていけるだろうよ。…俺としちゃ、お前が抱けなくなるのが残念だがな」
「代わりはいくらでもいるだろ。バカくせぇ。気持ち悪い事言ってると殺すぜ」
「スモーキンボムに言われたら、冗談じゃすまねぇところが怖いぜ」
男が薄笑いを浮かべる。
自分を小馬鹿にしているような態度に、獄寺は口端を歪め、ぺっと唾を吐き捨てた。
どろりと後孔から流れ出してくる精液を顔を顰めたままで拭い、更に自分の吐き出したもので汚れた腹も拭うと、ジャリ、と金属音を部屋に響かせて、服を着る。
ダイナマイトを装着した腰ベルトをすると、漸くいつもの自分が戻ってきた気がした。
「じゃ、あばよ」
「Hayato、もう逢えないか?」
「二度と会うかよ。まぁ、短い間だったが楽しかったぜ。じゃあな」
男の方は二度と振り向きもしなかった。
立て付けの悪いドアをばたんと開けて、所々木の腐りかけた階段を降りる。
外に出ると、イタリア特有の地中海からの湿った風が、獄寺のさらりとした銀砂の髪を吹き流していった。
石畳の道を、大股に歩く。
白っぽく薄い太陽の光を喘げば、色素の薄い、灰翠の瞳がすっと細められた。
…………日本か。
灰翠の奧に、茫洋とした色が浮かぶ。遙か遠くの国。
複雑な感情が渦巻く、極東の国。
イタリア人にしては肩幅の狭い、華奢ともとれる肩を竦めて、獄寺は口端を歪めた。






back  next