◇Sweet And Sour  1   






「あ、獄寺君だ」
「キャー、ホントいつみても格好いいよねぇ」
「先生に反抗するし頭いいし、格好良すぎっ」




今日も教室内では、女子の黄色い声が聞こえる。
獄寺が遅刻して、休み時間に教室に入ってきた途端だ。
いつもの事だからか、獄寺はそんな声にも一顧だにせず、悠々と自分の席に着くと、バッグをどさっと放り投げた。
「あ、10代目、おはようございますっ!」
女子の声で気付いたツナが、振り返って獄寺を見たのが分かったのか、獄寺がツナの方に顔を向けた。
今までの仏頂面が一気ににこにこ顔になり、飼い主を見つけた子犬のようにツナの所へ走り寄って、礼儀正しく頭を下げる。
「なんで、沢田君にはあんな態度とるわけ?」
「変じゃない?」
などと女子のひそひそ声が聞こえてきて、獄寺は内心腸が煮えくりかえった。
「よ、はよっ」
「……なんだ、山本かよ」
「なんだって事はないだろ?」
山本もツナの所に来て、獄寺に爽やかな笑顔で挨拶する。
「キャー、山本君までっ」
「山本君も格好いいよねえ。ホントこのクラスってイケメンそろってる。あ、沢田は論外だけどね…」
という声が聞こえてきて、獄寺が我慢できず、これ以上ないほど眉間に皺を寄せてその声の方を睨んだので、女子の声が一挙に静まった。
ツナが困ったような顔をする。
「獄寺君、いいって…本当のことだし…」
ぼそぼそと言ってくるので、獄寺は女子を睨んでいた顔の表情を一変させて、ツナににかっと笑いかけた。
「10代目はあんなくだらねぇ事、気にする事ないっスからね!」
「………うん」
ツナは複雑な表情をして、机の方に向き直った。






「それにしても、山本といい、獄寺君といい、本当に女子にモテるよね。俺からみたら、夢のようだよなー」
「え、だって、10代目には京子ちゃんがいるじゃないっスか?」
放課後、ツナと山本の勉強を見るという名目で、獄寺は区内の図書館にいた。
静かな学習室の一角で、数学や英語の教科書を開いて勉強をしている際に、ツナがふと口を開いたのだ。
獄寺は不思議そうな顔をして、すぐに反論した。
「10代目の素晴らしさを分からないような女なんか、最初から無視してればいいんスよ。10代目には京子ちゃんがいるし、それに、10代目っ、俺はいつでも10代目一筋ですから!女なんか目にも入らないっスよ」
「ど、どうもありがと…」
獄寺相手だとどうも調子が狂う。
もごもごとしながらも一応礼を言うと、獄寺がいかにも嬉しそうな顔をしたので、彼に分からないように小さく溜息を吐いて、ツナは山本に話を振った。
「山本もモテるよね。山本は守備範囲広そうだし、なんか何人か付き合った事ありそうだし…」
すると山本が黒い短髪に手をやって苦笑しながら言った。
「いや、オレは……実のところ、キャーキャー言われてもぴんとこないし、ああいう女の子より、こう……生意気で言葉が悪くて、オレより強そうで威勢の良い子が好きなんだよなー」
「ええ、そんな子、どこにもいないよっ、山本」
山本の返事があまりにも意外だったのでツナは吹きだした。
「全くっスよね、10代目! 山本の好みってどっかおかしいんじゃねぇ? 気持ち悪くねぇかよ?」
獄寺もツナに同調して肩を震わせて笑う。
「……」
珍しく、山本が太い眉を寄せて下を向いた。
(……は?)
いつもの反応が返ってこない事に、獄寺は戸惑った。
普段の山本なら、こういう時は笑い飛ばして「全くそうだよな。いねえか」とかなんとか言いながら、明るくその話題を吹き飛ばしてしまう所なのだが。
「……っと、ごめん、山本……真面目な話だったんだね」
「……あ、いや、いいって。ハハハ、ちょっとマジになっちまったか」
落ち込んだらしい山本に慌ててツナが声を掛ける。
山本がはっとして顔を上げ、手を振って気にするな、と言ってきた。
「申し訳ありませんが図書館内は静かにご利用願います」
煩い、と苦情があったのだろうか。
図書館員が3人の所に来て、丁重にだが注意をしてきた。
「あ、はい、すいません…」
ツナがしゅんとして項垂れる。
「10代目っ、気にする事ないっスよ。オレと山本がでかい声出してたのが悪いんすからっ。10代目じゃないっスから」
獄寺が慌ててフォローに入る。
山本も普段ならこういう時すかさず明るい声でツナを励ますものだが……。
ちら、と山本を見ると、先程は一度笑ったが、やはり眉を寄せて気落ちしたような顔をしていた。
(……なんだよ、コイツ…)
いつもと違う山本に、獄寺は戸惑いを隠しきれなかった。






図書館を出てツナを自宅まで送ると、その後は獄寺は山本と二人きりになった。
夕暮れの道を、二人で押し黙って歩く。
いつもなら、自分は押し黙って不機嫌そうにしていても、山本がどうでもいいような事をいくらでも話しかけてきて、適当に受け流して会話がそれなりに進むものだが、今日は山本も押し黙ったままだった。
微妙に居づらい。
そんなにさっきの言葉がショックだったのだろうか。山本らしくない。
「あー……なんだ、さっきはその、悪かったな。」
とうとう沈黙に耐えられなくなって、獄寺は自分から話を切り出した。
「…え?」
「え、じゃねぇだろがっ……お前の好きなタイプについてだよっ……さっきは悪かった。お前がどんなタイプの子が好きでも、オレには関係ねぇし、オレがどうこういう問題じゃなかったよな。すまねぇ」
「……………」
山本が大きな溜息を吐いたので、獄寺は内心ぎょっとした。
(なんだよ、そんなにいやだったのかよ…)
「……一応、謝ったからな?」
恐る恐る山本の顔を覗き込みながら言ってみる。
山本は獄寺よりも10センチ弱背が高いので、自然、山本の顔を見上げるような形になった。
「…ていうか、違うんだよなぁ…」
「は?」
「あのさ、獄寺…」
「ン……?」
突然、視界が揺れた。
一瞬、自分がどうなったのか分からなかった。
バッグがどさりと落ちる音が聞こえ、自分の身体がぐっと引き寄せられる。
気付いてみると、獄寺は山本に抱き締められていた。
「あの好きな子って、お前のことなんだけどなぁ……オレ、お前の事が好きなんだ…」
耳許で囁かれる。
そればかりではない。
呆気に取られて動けないでいる間に、ふんわりと、額に柔らかく暖かな感触がした。
(…………!)
驚いて声も出なかった。
山本が、自分の額に、唇を押し当ててきたのだ。
山本の息づかいが間近でする。
抱き締められた腕の力強さとか、ちょうど目の高さにあっていやでも見える、山本の太い首筋とか。
スポーツマンらしい、男臭い匂いとか。
そういうものが一度に獄寺の五感を刺激してきて、獄寺は鼓動が跳ね上がった。
「な、なにしやがる!」
全身が震えて、怒りともなんともつかない衝動が湧き上がってきた。
思いっきり拳を振り上げて殴ろうとしたが、それより早く山本が飛び退いた。
拳が空を切って、バランスを崩し、獄寺は蹌踉めいた。
「ごめんごめん!」
アハハハ、と照れ隠しのように笑いながら、山本が獄寺にウィンクした。
「でも今行った事は本当だからな!オレ、お前の事好きだし、好きなの辞める気もないからなっ!」
「……果てろ!」
頭がかぁっとした。
ダイナマイトを取り出して投げてやろうか、としたが、その前に山本がさっと走り出した。
「また明日なー!」
野球で鍛えている山本の足は速い。
あっと言う間に後ろ姿が小さくなり、視界から消える。
「………く、くそっっっ」
消えた方角をぎりっと睨み付けて、獄寺は独り悪態を吐いた。






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