「はぁ……」
今日もどうも調子が出なかった。
獄寺はとぼとぼと歩道を歩きながら、溜息を吐いた。
ツナに認めてもらおうと思って頑張っているのだが、なぜか空回りしてしまう。
一生懸命やればやるほどツナに迷惑がられて、嫌気が差されるのではないか、と不安になる。
今日は、一緒に帰ろうとツナが言ってきたくれたのを断って、獄寺は独りで帰途についた。
ツナと一緒にいないと寂しいくせに、独りでいた方が気が楽だった。
10代目の右腕になりたい、いや、自分以外に10代目の右腕になれる人間はいない、と思っていて、それだけの技量はあると自負しているが、やはり、自信がない。
当のツナに好かれていなければ、どうしようもないのだ。
「やっぱ、オレは独りがいいのかなぁ…」
溜息を吐き、銜えていた煙草にズボンのポケットからライターを取り出して、火を点ける。
深く吸いこんで、紫煙を吐き出し、持っていたバッグをぶらぶら回しながら、歩いていると、
「獄寺」
不意に横の道から出てきた人物に、声を掛けられた。
「ぁ……山本じゃねぇか…」
それはクラスメイトの山本武だった。
獄寺は眉間に深く皺を寄せた。
「…10代目はどうした?」
自分がツナと行動を共にしていない時は、山本がツナと一緒にいる事が普通だ。
それが、周囲を見回しても山本は独りだったので、獄寺は更に眉を寄せた。
「まさか10代目を独りにして、置いてきちまったんじゃねぇだろうな?」
「違うよ。ツナはお母さんと用事があるみたいで、寄り道するからって言うんで帰ったぜ」
「……ならいいけどよ…」
自分の知らないツナの事をよく知っているような山本に、微妙に苛立つ。
元々、山本とは、ツナが間にいるからこそ交流をしているのであって、自分と山本に接点はない。
まぁ、山本の方は自分の事を友達だと思っているのかもしれないが、少なくとも自分はそうではない。
「じゃあな」
軽く手を振って、早々に立ち去ろうとしたが、山本が、
「ちょっと待てよ」
と声を変えきた。
「なぁ、これから別に用事もないんだろ?」
「……?」
「お前って、独り暮らししてんだってな。一度行ってみたいと思ってたんだ。ちょうど良い機会だし、お邪魔してもいいか?」
「……あぁ?」
「なーいいだろう? 行こう行こう!」
山本は基本的に明るく物怖じしない性格だ。
呆気に取られている間に、手を掴んで引きずられ、獄寺は山本を自宅に招待する形になってしまった。
「へー……いい所に住んでるんだな」
獄寺のマンションは、ボンゴレファミリーが調達したものだ。
中学生一人が住むには大きすぎる、1LDKの瀟洒なマンションで、エントランスは不審者侵入防止のためパスワードを打ち込むようになっているし、ベランダも広い。
「獄寺って金持ちなんだなぁ。イタリアから独りで来てるんだもんな」
山本は、獄寺がイタリアの家族から離れてこっちで独りで留学をしているのだと思っているようだ。
あながち間違いでもなかったので、獄寺は反論しなかった。
(こいつにマフィア云々を言っても始まらねえしな…)
「そうだ、途中で買ってきたんだ。一緒に飲もうぜ」
山本が、手に提げていたコンビニの袋をリビングのテーブルの上に置いた。
南面が全面ガラス張りのリビングは、灰色がかった白い天井と、大きな円形の照明、それに、フローリングの床に白毛の長い絨毯が敷かれており、円テーブルが置いてある。
勿論、獄寺の趣味ではなく、最初からそのマンションについていたものだ。
絨毯の上に座って胡座を掻き、山本ががさがさと袋を開けて、中からホット珈琲を取り出した。
「無糖のやつ買ってきたぜ。甘いと脂肪つくからな。まぁ、お前には、関係ないだろうけどさ」
機嫌の良い山本を、獄寺は胡散臭げに睨んだ。
一体、何の用だろう。
うちにまで押しかけてくるなんて。
「…で、なんだよ?」
山本の向かいにどかりと座って、獄寺は山本が勧めてくれた珈琲缶を一つ取ると、プシュ、とプルタブをあけて熱い珈琲を喉に流し込んだ。
「いや、実はさ……獄寺、お前に聞きたい事があるんだけど」
「……はぁ?」
「お前、……ツナの事好きだろ?」
飲んでいた珈琲を吐き出しそうになり、獄寺は慌てて飲み込んだ。
「なんだ、そりゃ」
「ツナの事、好きだろ?」
「勿論じゃねぇかよ、10代目の右腕は、このオレだ」
「いや、そういうんじゃなくてさぁ…」
山本が珈琲缶を口に付けて飲むと、テーブルの上に置いてにかっとした。
「右腕になりたいっていうような好きじゃなくてさー、…もっと違う意味での好きだよ」
「……てめぇの言ってる事分からねぇよ」
「そう否定しなくてもいいじゃないか。だいたい、獄寺見てるとすぐ分かるよ。獄寺がさ、ツナを見るときの目つきったら、まるで、好きな男をみる女の人の目つきだからなー」
「……は?」
くすくすっと山本が笑った。
そういう笑い方をする山本を見た事がなかったので、獄寺は眉を顰めた。
──コイツは何を言ってるんだ。
だいたい、山本といったら、ちょっと抜けていて、あんまりモノを考えていなさそうなヤツじゃなかったのか?
「獄寺って、……だからな? ツナに、抱いてもらいたい、とか思ってないか?」
──ゴホゴホッッ。
今度こそ、獄寺は飲んでいた珈琲を噴き出してしまった。
「あーあ。汚いなぁ」
白い絨毯に珈琲の茶色い染みがつく。
呆れた声で言いながら、それを山本がティッシュでごしごしと拭いた。
「ンなこたいい。なんだ、そのふざけた物言いは!」
「別にふざけた事言ってるわけじゃないんだけどな。ツナに恋してるだろ、獄寺」
「……バカな事ばっかり言ってると、殺すぜ」
「っと、待った待った。爆発は勘弁してくれよ」
山本が笑いながら手を振ってきた。
「でも、俺の言ってる事は、ホントだろ? 獄寺って男が好きだったんだなー。知らなかったよ」。
山本の言葉にかっと頬が熱くなった。
ふざけた事ばかり言いやがって、と抗議したいが、なぜか言葉が出なかった。
「ツナを見てるときの獄寺の瞳って、ホント可愛いよ。丸くなって、片思いの女の子が好きな男の子見る時の目とそっくり。ツナってホント愛されてるよな。…でもさー」
山本がすっと目を細めた。
「でも、ツナは、笹川京子が好きなんだぜ? お前の事なんて、眼中にないよな。まぁ、友達としては見てくれてるみたいだけどな」
その言葉が獄寺の胸を抉った。
なんで山本なんかにここまで言われなくてはならないのか。
そもそも山本は何の権利があって自分にこんな話をしてくるんだ。
ぎり、と睨み付けると、山本が肩を竦めた。
「そんな目をしても、オレには効果ないよ。お前の可愛い目とか見てるからな。ツナを見るときのさ。好きで好きでたまりませんっていう、まるで子犬みたいに尻尾振っちゃって」
「…おい、山本死にてえのか?」
堪忍袋の尾が切れそうになった。
「いやぁオレは死にたくはないなー…それより」
次の行動に、獄寺は驚愕した。
不意に山本が獄寺の隣に来たかと思うと、ぞんざいに獄寺の股間を掴んできたのだ。
「…………!」
一瞬、山本が何をしているのか、理解できなかった。
呆けたように、山本を見、自分の股間を掴んでいる山本の、スポーツマンらしい節くれ立った大きな手を見下ろして、それからまた山本に視線を戻す。
「………な、にしてんだ?」
「何って、ツナの事考えてるときの獄寺ってたまーにここ膨らんでる事あるからさ、まぁ、興奮してんだろうと思ってなー」
「……何、バカいって…」
「オレって野球やってるし、結構目がいいんだよ。だから、ツナとお前の様子見てると分かってくる事たくさんあるし、ツナを前にしたお前の身体の変化、とかも気付くわけ。お前、自分で気付いてないんだろ?」
山本がおかしくてたまらない、というように身体を揺すって笑った。
「今は縮んでるみたいだけどな。オレがさんざん脅かしたからかな?」
「…って、テメー、手、どけろよ!」
ドスの利いた声を出したつもりだったが、山本には全く効かなかった。
「いい加減、自分を偽るの止めにしたら、獄寺。ツナの事好きなんだろ? こういう意味で」
きゅ、と股間を捻り上げられて、獄寺は低く呻いた。
痛いのではなくて、ズクン、と自身が疼いた。
「な、なんで……」
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