lovelorn  2 






その日は結局、獄寺はツナと顔を合わせられなかった。
ツナが不審に思っているのは分かる。
俯いていても視線を感じた。しかし、顔を上げられない。
教室の一番後ろの席で、いつもと違って下を向いて、机に突っ伏していた。
「獄寺、具合でも悪いのか?」
あまりにもいつもと違うからだろうか、休み時間には山本が獄寺の席まで来て、心配そうに尋ねてきた。
ツナは、と窺うと、やはり席に座ってはいるが振り返って、自分の方をじっと見つめている。
微妙にツナから顔を逸らし、背中を向けるようにして、獄寺は山本に返事をした。
「べつに。……なんだよ…?」
山本とも今日は話をするような気分ではなかった。
とにかく、ツナの視線から逃れたかった。
まだ動揺が収まらない。
「なんだ?って……今日はいつもの獄寺じゃないだろ? 熱でもあるのか?」
「ねーよっ。とにかくなんでもねぇ!」
山本が呆気に取られた顔をした。
肩を竦めて席に戻り、それからツナの所へ行ってぼそぼそと何か話をしている。
ツナが自分の方を怪訝そうに見つめているのが分かった。
視界の端にそれを捉えて、獄寺は我慢できなくなった。
今は、ツナと相対できない。
罪悪感が先に立って、居ても立っても居られなくなる。
とうとうその場に居られなくなって、獄寺はバッグをひっつかむと、荒々しく席を立ち、教室を後にした。






「10代目、どうか…」
重厚な布貼りの椅子の猫足が目に入る。
俯いて額を絨毯に付くほどに頭を下げる。
髪が絨毯に落ちて、暗い灰色の絨毯の上に銀色の輝きを散りばめながら広がる。
「…今更だろ、獄寺君。キミはもうボンゴレファミリーの一員じゃないんだから」
「そうおっしゃらず、ファミリーにもう一度、入れてください。お願いします。どうぞもう一度、チャンスを下さい」
「…チャンス、ね…」
「10代目、お願いします。10代目のおっしゃる事はなんでも致します。失敗しません」
必死の言葉を自分の喉から絞り出す。
獄寺は息を詰めて額を絨毯に擦り付けた。
周りには誰もいなかった。
広い部屋の、高い天井に、自分の声が反響する。
「なんでも、するの?」
「…はい、10代目のご命令なら。10代目に背くような事は決して致しません」
「ふうん……じゃ、本当かどうか、試してみようか。…獄寺君、顔を上げて?」
あくまで冷静な、抑揚の無い声。
ツナの顔が見られなかった。
全身がすくみ上がり、鼓動が頭にまで響いた。
震える身体を叱咤して、漸くの事で顔を少しずつ上げる。
(…………!)
目を上げて、獄寺は驚愕した。
瞳を見開いて、呆然とした顔でツナを見つめる。
ツナがくすっと笑った。
黒いスーツ姿のツナは、椅子に座って、ズボンの前をくつろげて、中から彼自身を引き出していた。
目が霞んでよく見えなかった。
ツナが手招きした。
「キミにしてもらいたいんだよね…。できるよね?」
操り人形のようにふらふらと、獄寺はツナの前に膝を進めた。
ツナは脚を少し開き、獄寺の身体を脚の間に誘った。
伸ばした手で獄寺の唇をなぞる。
触れてきた手の感触に、獄寺は背筋を強張らせた。
「ここで……満足させてよ…獄寺君…」
唇をすっとなぞられる。
ぎくしゃくと、身体を屈めて、獄寺は目を閉じた。
唇に、熱く弾力のある肉の感触が当たる。
震える唇を開いて、そっとそれを咥えると、それはぴくりと脈打ち膨らんで、獄寺の口腔内を刺激してきた。
全身が沸き立った。
触れている唇から、甘い戦慄が走り抜ける。
(10代目………!!)
夢中で口を動かした。
前後に顔を揺らし、口の中で蠢く肉竿に、愛おしげに舌を這わせる。
ぞくぞくと、えも言われぬ快感が背筋を駆け抜け、鼓動が早鐘のように鳴った。
「嬉しそうだね、獄寺君。…本当はこういう事、したかったんだろ? 分かってたよ、キミの目を見れば…」
頭の上でくすっと笑う声がした。
「オレの、こうして咥えたかったんだろう? いつも物欲しそうな目をしてたもんね。キミがいくら隠そうとしてたって、キミの目を見れば、キミが心の中でどんな事を考えているかなんて、分かっちゃうんだよ。オレの事、10代目って尊敬しているようなふりをして、本当はこうして触れたかったんだろう? いや、これだけじゃ足りないよね。もっと、違う事もしてもらいたいんだろう、オレに…」
頭上で揶揄するような声が聞こえる。
しかし、今の獄寺にはそんな皮肉もどうでも良かった。
今こうして、ツナに触れている、ツナを直接感じている。
その事で脳内が席巻されていた。
口の中で大きく堅くなってくる肉塊を舌先で舐り回し、先端から滲み出る少し苦い液体を吸い取る。
深く咥えて、根元の柔らかな毛に鼻を埋めて、一心不乱に顔を動かす。
「獄寺君、ホント綺麗だよ。そういう姿、似合うんだね。キミのそのスーツの下の肌が見たいな。…裸になって、自分から誘ってみてよ、オレの事」
頭上から笑い混じりの声が聞こえた。
「なんでもでいるんだよね、獄寺君。キミの望んでいた事だよ。できたら、ファミリーに戻してあげてもいいよ…?」
声が部屋に反響して、木霊のように耳に響いてくる。
獄寺は夢中で頷いた。
(…10代目!)
一際強く吸い上げて、先端を舌先でぐっとつつくと、口の中のツナ自身がドクン、と脈打った。
咥内にあっと言う間に熱く苦い粘液が溜まっていく。






「………………!」
不意に目が覚めた。
いつもの自分のマンションのグレイの天井が目に入った。
天井は汗が目に入ったからか、ぼんやり霞んでいた。
全身が汗びっしょりになり、パジャマが重く湿っていた。
鼓動が頭まで鳴り響き、異常な程の疲労感を感じた。
重い腕を上げて、ようやくの事で額を拭う。
ごろり、と寝返りを打って俯せになると、獄寺は肺から息を絞り出した。
全身が細かく震える。
今見た夢は、一体…………。
頻りに目を擦る。
霞んだ視界がやっとクリアになってくる。
頭が痛む。
下半身が重く、怠い。
布団を捲り上げて、獄寺は呆然とした。
穿いていたボクサーパンツがじっとりと湿って、嗅ぎ慣れた匂いがたち上ってきた。
(…………!)
狼狽して、パジャマのズボンを下着毎脱ぎ捨てる。
べっとりと濡れた股間に、眩暈がした。
まさか、夢で射精してしまうとは。
しかも、ツナの夢────それもあんないやらしい内容の夢。
夢の中のツナの言葉が、脳裏に木霊する。
『いつも物欲しそうな目をしてたもんね。キミがいくら隠そうとしてたって、キミの目を見れば、キミが心の中でどんな事を考えているかなんて、分かかっちゃうんだよ…』
───そうなんだろうか。
怖かった。
自信がない。
心の奥底深く、隠してきたつもりだったが、もしかしたら感づかれているかもしれない。
もし、ツナに嫌われたら。
───汗まみれの身体がすうっと冷えていった。
背筋が粟立ち、震えが止まらなくなる。
自分がどれだけツナに依存しているか。ツナを必要としているか。
思い知らされたような気がした。
ツナがいるから、自分はこうして生きていられるのだ。
ツナを知らない前は、一匹狼の時は、それでも良かった。
十分だと思っていた。
でも、今は、違う。
ツナの傍にいる心地良さを知ってしまった。
もう昔には戻れない。
ツナから離れることなんてできない。
けれど、もし、自分のこの疚しい気持ちがツナに知れたら、ツナは自分の事をどう思うだろうか。
それでもツナの右腕として傍にいる事を許してくれるだろうか。
───いや、駄目だ。
ツナは、こんな自分の暗く淫猥な思いなど、軽蔑するだろう。
気持ち悪いと思うに違いない。
自分がこんな気持ちを抱いていると分かったら、その瞬間から、口も聞いて貰えなくなるだろう。
そうしたらどうしよう……。
(………ッ)
突如パニックが襲ってきて、獄寺は胸を押さえた。
ベッドに突っ伏し、はぁはぁと息をして、なんとかパニックを堪えようとする。
頭がずきずきと痛み、胸が締め付けれれるように痛んだ。
駄目だ。この気持ちは封印しなければ。
────そうしなければ、自分が壊れてしまう。
ツナの傍にいられなくなったら、なんの意味もない。
生きている価値がない。
だから、知られてはならない。なんとしても、隠し通さなければ。
獄寺は眉間に深い縦皺を寄せ、枕に顔を押しつけて目を閉じた。






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