lovelorn  3 






「最近獄寺、なんだか元気ねぇよなぁ」
山本が、教室から出て行く獄寺の後ろ姿をみながら言った。
椅子に座って、ツナも獄寺の後ろ姿を見ながら眉を顰めた。
確かに、ここの所、獄寺は自分に寄ってこない。
最初は気にしていなかったし、獄寺が来ない事でほっとしていた部分もあったが、日を追う毎に獄寺がまるで自分を避けるように行動するのが腑に落ちない。
それに、中学生が行くとは思えないような繁華街で獄寺を見たヤツがいるらしい。
都内の暴力団などが闊歩するような一角。
しかも大人の女性を連れていた、という話だ。
たまたまゲームセンターに行ってそこを通りかかった並盛中生が見つけたらしく、噂になっていた。
獄寺ならありそうだ、と、周囲に怖がられている彼ならではの評価だった。
ますます獄寺に近寄るクラスメイトはいなくなり、ツナや山本の方にも来ない獄寺は一人きりだった。
一人きりで遅刻して学校に来て、誰とも目を合わせずにおざなりに授業を受けて、さっさと帰ってしまう。
そういう日が数日続いた。







「…もう学校行くの辞めるか…」
独り暮らしのマンションに戻ってきて、バッグを力無く投げ出し、獄寺は呟いた。
行っても、辛いだけだ。
ツナを見ると、恐怖と不安ですくみ上がり、自然、ツナ達を避けてしまう。
自分のそんな行動が思いきり不審に見えているだろう事は分かっていたが、そうは行っても、恐怖が先に立った。
ツナに逢えないのは辛い。
だが、もし自分の内心が知られたら…。
ばれるぐらいなら、ツナに逢えない方がまだマシだ。
…いや、違う。ツナに逢えない方が辛い。
獄寺の心は振り子のように揺れた。
本当ならばマンションでじっと引き籠もっていたいところ、遅刻しながらでも学校に一応行くのは、やはりツナに会いたくてたまらないからだ。
だが、ツナとは目も逢わせられないし、話なんか勿論掛けられない。
こんな不自然な態度をいつまでも取っているわけにもいかない。
(どうしたらいい……)
獄寺には分からなかった。
今まで、自分は自分の心の赴くまま、誰に気兼ねもせずに独りで闘って生きてきた。
心酔するような人も存在しなかったし、誰かに心を奪われるような事もなかった
常に誰とも距離を取り、身体だけの付き合いはあったとしても、その場限りだった。
こんな、気持ちを持てあますような経験はない。
まるで自分が何も知識のない子供に返ってしまったかのようだ。
どう行動したらいいのか、検討も付かない。
本当にどうしたらいいんだろう。
イタリアに帰ってしまおうか。
いや、そんな事は出来ない。
自分は、ファミリーから10代目をお守りするように指令を受けて来たのだから。
その指令を破ったら、ファミリーから追い出される。
──そう、夢で見たように。
………自分の気持ちを押し隠して、ツナに今まで通り、普通に接すればいい。
10代目として敬愛と畏怖の念を込めて。
自分の気持ちなんて、10代目の存在に比べたら、なんてことのないものだ。
消してしまえばいい。
……いや、それも無理だ。
もう、ここまで自分の気持ちが分かってしまった以上、後戻りはできないし、消す事もできない。
獄寺は、さらりとした銀糸の髪を引っ張って、ベッドに突っ伏した。
息が吐けない。
煙草を吸う気にもなれない。
何もする気になれず、こうしてただベッドの上で苦悶するだけ。
なんの解決策も思い浮かばなかった。







──ピンポーン。
その時、獄寺のマンションのインタフォンが鳴った。
ベッドに突っ伏して、自分の悩みで頭がいっぱいになっていた獄寺はびくっとして身体を起こした。
中からのぞき見ると
(……十代目!)
外にはツナが独りで立っていた。
………どうしよう。
途端に、鼓動が跳ね上がる。
どきどきと胸から飛び出しそうになる。
このまま居留守を使ってしまおうか、とも思ったが、獄寺の手は無意識にドアチェーンを外し、扉を開けていた。
「獄寺君、やっぱりいたんだ……どうしたの、風邪?」
扉が開いた事に嬉しそうにしたツナだが、獄寺が、ぼさぼさの髪によれたパジャマを着ているのをみて、眉を顰めた。
「い、いえ…ちょっと寝てたんで」
「獄寺君が昼間から寝てるなんて、……やっぱり、どこか病気なんじゃない?」
「…ちらかってますが、どうぞ…」
ツナを部屋に案内し、汚く散らかっていたものを隅に押し遣って、なんとか体裁を整える。
ツナが居心地悪そうに座った。
「ごめんね、突然来て。獄寺君が学校休んだから心配になったんだ。……最近、様子がおかしいと思うんだけど……何か、俺、獄寺君の気に障るような事しちゃったのかな…?もし、したんなら謝るから、また前みたいに、仲良くしてもらいたいんだ……」
ツナが、一言一言絞り出すように言った。
俯いてそれを聞いて、獄寺は胸が締め付けられるように痛んだ。
ツナのせいではないのに、ツナにこんなに心配させてしまった。
あまつさえ、自分のマンションにわざわざ来てくれるぐらいに。
こんな事では、自分は、ツナの右腕どころか、ただの厄介ものでツナの迷惑になるだけなのではないか。
「獄寺君が、いないと、寂しくてたまらないんだ。なにかあったんならなんでも言って欲しいんだ、ね、獄寺君……獄寺君は、オレの右腕なんでしょ?」
ツナの言った右腕、という言葉にズキン、ときた。
嬉しくてたまらないと同時に、胸が痛くてたまらない。
───苦しい。
「十代目……」
言葉が続かない。
獄寺は頻りに瞬きして、拳を堅く握った。
「十代目には、山本もいますから……」
「……なに、それ?獄寺君は、もう、オレの傍にいてくれないってこと?」
ツナが声を荒げた。
慌てて顔を上げると、ツナの真っ直ぐな黒い眸と目があった。
視線が外せない。
強い視線に射竦められて、獄寺は息も吐けなかった。
ツナの瞳の中に、怒りがあった。
自分が魅せられた、あの光だ。
強い、何にも屈しない、意志の力を秘めた、光。
瞬きもできず、その目を見つめていると、ツナが立ち上がった。
獄寺のすぐ前まで来て、しゃがみこむ。
「十代目……」
「獄寺君……オレ、今怒ってるんだけど。……今までは獄寺君が傍にいてくれないのが寂しくて、嫌われたかって思って心配だったんだけど、今は怒ってるよ…」
ツナの押し殺したような声に、背筋が総毛だった。
「獄寺君は、オレのものでしょ。……離れたり、オレの傍にいないのは許さないから…」
力強く、心に響いてくるその声の調子に圧倒される。
ツナの本来の力。
他人を圧倒し、影響を与える、ボスとしての力。
獄寺は、震えながら頷いた。
「オレに、何か言いたい事があるんだろ…言ってみてよ」
「……あの、……オレは、……好きなんです…」
「好き…?」
「はい、……十代目が、好きなんです…」
ツナの勢いに押されて、獄寺は譫言のように繰り返した。
「十代目には、京子ちゃんという好きな人がいるの分かってるから、迷惑かけたくないんです。…オレが、こんな気持ちだと、気持ち悪いだろうと思って…」
「獄寺君……」
ツナの射竦めるような瞳の力がふっと弱まった。
優しげな色が瞳に混じる。
その瞳の変化が綺麗で、獄寺はしばし忘我して見入った。



「…………」
ふと、気付くと、何か柔らかなものを頬に感じた。






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