◇heartthrob  1  






「あ、おはよう、山本君」
「あぁ、おはよう」
「きゃっ、山本君に挨拶してもらっちゃったー」
「はは、そんなたいそうなもんじゃねえだろ?」
「私にもー、おはよ、山本君」



いつもの光景。
朝から山本はクラスメイトの女子に大人気だ。
教室の扉をがらっとぞんざいに開けて中を覗いた獄寺は、ふん、と鼻で息を吐いて、肩を竦め教室内を睨み付けながら入った。
「きゃー、獄寺君、今日も怖そう」
「格好いいよねえ」
などと、自分を遠巻きにして騒いでいる女子たちには目もくれずに、一番後ろの自分の席にどかりと腰を下ろす。
「よ、おはよ、獄寺」
「………はよ」
山本が自分の方に顔を向けて挨拶をしてきたので、獄寺もおざなりに片手を上げて挨拶を返した。
いつもこうだ。
あの日。
屋上でキスされて、好きだって言われてから……。
自分は妙に山本の事が気になって意識せざるを得ないというのに、山本は以前と全くといっていいほど態度が変わらない。
気にしているのかいないのか。
いや、山本っていうのは元々こういう性格だったか。
獄寺は、自分に挨拶をして、すぐに女子達と話を始めた山本を見て溜息を吐いた。
あの時自分に言った言葉に嘘偽りは無いと思うが、どうも、こうして普段の山本を見ていると疑わしくなる。
コイツ、もともとタラシなんじゃねぇか、とか思ってきてしまう。
女子にも愛想がいいし、野球やっている時だって、サービス満点だ。
「あ、10代目、おはようございます!」
そこにツナが入ってきたので、獄寺の思考は途切れた。
「おはよう、獄寺君、……あ、山本も」
「おはよ、ツナ。今日の宿題、やってきたか?」
「う、うん、一応ね。……自信ないけど」
「オレ全然やってねぇんだわ。ツナ、教えてくれよ」
「え、オレ?オレなんて全然教えられないって。獄寺君に聞いた方がいいよー」
「獄寺に?……じゃ、獄寺、教えてくれねぇか?」
「……はぁ、自分で考えろよ」
宿題が分からないのだったら、最初から自分に聞けば良かったのだ。
それを、ツナに言われたからといってそれから自分の所に聞きにくる、という行動が気に入らなかった。
ツナの事はあてにしているが、自分の事は眼中になかったという事になる。
勿論、ツナに頼りにされるのは、ツナを10代目として崇めている獄寺にとっては嬉しい事だ。
が、山本が微妙に自分をあてにしていずに、ツナに言われてやってきた、というのは不愉快だ。
むす、としたままそっぽを向くと、山本が後頭部に手をやってアハハハと笑った。
「まーいいか。やっぱりツナに教えてもらう。間違っててもいいから教えてくれよなっ」
「えー、まぁ、そういうならいいけど。間違ってるからね?差されて先生に怒られても知らないよ?」
「いいっていいって。答えられりゃいいんだからよ」
自分を差し置いて、山本がツナと仲良くしているのも気に入らなかった。
ツナが山本に優しいのは当然だし、畏れ多くも10代目に対して含む所は何もないが、その分イライラが山本の方に一気に集まる。
結局、あの屋上での告白の後も、山本は普段と変わりなかった。
あの好きだっていう言葉とか、キスは───嘘だったのか?
オレをからかったのか?
いや、いくら山本でもそんな事はしないはずだ。
現にあの時だって、からかってるんじゃないか、と思った自分の言葉を否定してくれた。
山本は元々、そういう事はあまり考えない方なのかも知れない。
好きだって言っておいても、普段は忘れているのかもしれない。
でも、自分は───
自分はそんな人間ではない。
今まで孤独に生きてきた分、獄寺は愛情に飢えていた。
日本に来てツナに心酔して、ツナ、という自分の命をかけても惜しくない大切な存在が出来た。
ツナに鬱陶しがられるぐらい、ツナの事は敬愛している。
そのぐらい───何か好きなものができると、自分はそれに依存してしまう体質らしい。
………それが今度は、山本も範疇に入ってきたわけだ。
それも、ツナに対する敬愛とはまた別な、違った意味で。
是が恋愛感情だ、とは獄寺も気付いてはいた。
男同士という所がマイナーではあるが、イタリアではさほど珍しくもないので、獄寺にとって違和感はなかった。
それより、イタリアなら、大仰な愛情表現や、スキンシップは当然の事だ。
そんな中で育ってきた獄寺だから、基本認識として恋人同士は毎朝好きだ、と言ったり愛していると言って抱き合ったりするのが普通だと思っている。
さすがに日本だからそこまではできないとしても……。
それに、日本だと男同士はマイナーでオープンにはしないようだ、というのも分かってきていたから、獄寺は表だって好きとか言われる事がないのはしょうがない、と思っていた。
が、それでも、山本がまるでこの間の一件などなかったかのように普段通りなのがやはり気に食わない。
前もイライラしたが、一度イライラして山本を屋上に連れ出して、そこで再び告白を聞いて納得しただけに、更に今はイライラが募っていた。
好きなら、好き、と表現してほしい。
二人きりになる機会だってたくさんある。
そういう時に一言ぐらい言ってくれてもいいんじゃないか。
自分から言う、というのは獄寺のプライド上できなかった。
あくまで山本から言ってきてくれないと。
山本が言ってきてくれれば、それに自分も応えて、好きだ、と言う事ができる。
好きなのかどうかまだはっきりしない所はあるが、とにかく、山本が言ってきてくれない事には進展しない。
(くそ、山本のヤツ、どういうつもりなんだよ…)
自分だって、山本の事が好きなんじゃないか、と思い始めている所なのに。
好きなのではないか、と思ったら気になって、イライラしているところなのに。
獄寺は眉間の皺を深くして、後ろの席から山本の背中を睨み付けた。







「あーあ……」
結局その日も獄寺は胸のもやもやがすっきりしないまま、自宅マンションへ戻ってきた。
帰りもツナや山本と一緒だったが、ツナの家の前で別れてそれきりだ。
山本自身に自分に何か話したい事があるなら、ツナの家でツナを送った後、少しは二人で話ができただろう。
あるいは、自分が竹寿司の方に寄り道しても良かったのだ。
しかし、山本には全くそんな気持ちはないようで、ツナの家の前で、
「じゃあなっ」
と言って、すたすたと自宅の方角へ歩き去ってしまったのだ。
自分だけが山本の事を考えてイライラしているなんて、バカみたいではないか。
シャワーを浴びて寝る支度をし、ベッドにごろりと横になると、獄寺は眉間に皺をぐっと寄せて天井を睨んだ。
ベッドサイドに置いた煙草とライターを取り、火を点けて肺に深く吸い込む。
天井目掛けて紫煙を吐き出して、少しは自分の気持ちのイライラを落ち付かせようとするが、どうにもうまくいかない。
「好きだ」と自分の耳許で囁いてきた、あの山本の響きのいいバリトンの声が脳裏に再現される。
鼓膜が震えるような甘い囁き。
それに、柔らかく触れてきた唇の感触。
───ぞく、と身体の芯が疼いて、獄寺ははっとした。
下半身が、熱い。
熱くて、焦れったくて、疼いていた。
……アイツの事なんか、考えるからだ。
自分が忌々しくて煙草の火を揉み消すと、布団を被って寝てしまおうとする。
が、一度疼き始めた下半身は止まらなかった。
どんどん熱くなってきて、感覚が敏感になってくる。
またしても脳裏に「好きだ」という山本の声が響いてきた。
少し強引な口付けも……。
あのまま、ずっと触れていたかったかもしれない。
山本の唇に。山本の身体に……。
(………)
むくり、と股間が頭を擡げ、血液がそこに集まっていくのが分かる。
ぞくぞくと背筋に快感が走り、無意識に手が股間へと伸びる。
布団を押し遣って、パジャマのズボンの中に手を突っ込むと、獄寺のソコは既に堅く漲って、びくびくとパジャマの中で脈打っていた。
一度こうなってしまったら、男の生理として出すモノを出さない事には収まらない。
勃起した肉棒を握りしめると、脳内までずきんと痛みを伴うような快感が突き抜けて、獄寺は思わず呻いた。
下半身が熱く蕩けて、疼きが止まらなくなる。
脳神経から命令が言っているのだろう、血液がどっとペニスに集まり、むくむくとそそり立っては先端の窪みから露が溢れる。
我慢できなくなってパジャマのズボンを下着ごと脱ぎ、獄寺はベッドに仰向けになって両手でペニスを掴んだ。
根元から絞るように指を動かすと、快感が背骨を電撃のように走り抜ける。
背中を反り返らせ、奥歯を噛み締め、瞳を固く閉じて快感に耐える。
久しく味わっていなかった感覚だけに敏感になっているのだろうか、せっかくの快感を長引かせたかったが、堪えきれなかった。
つるりとした丸い頭を指で押し潰すようにし、指で根元から先端まで激しく扱くと、獄寺のペニスはあっという間に爆発した。
「……ッッッ!」
一気に上り詰めた熱情がパッと爆発して、白く暖かな粘液が勢いよく迸り出る。
「……チッ…」
ベッドに零れないように急いでタオルでペニスを覆って、獄寺は灰翠色の眸を眇めて舌打ちした。
───気持ち良いのが反対に憎らしかった。
結局自分は、山本をおかずにしてオナニーしてしまったことになる。
それが、山本にしてやられたような気持ちにさせるのだ。
(山本のヤツ……)
このまま何も言ってこなかったらどうしてやろう。
自分の事をこんな気持ちにさせておいて。
自分にこんな事までさせておいて。
ベッドに白銀色の頭を沈ませて、獄寺は薄いベージュの天井を睨んだ。






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