◇僕とボンゴレ  1   






「ふぁあ……」
寝返りを打ってぼんやりと瞳を開き、ベッドに寝転がったままでカーテンの開いた窓の外、既に日の高く上がった青空を見上げる。
リング争奪戦が終わってやっと平和な日々が戻ってきて、今日は休日だ。
休日だと、寝坊しても怒られないし、学校で先生に当てられないようにと身体を縮めて授業を受けていなくてもいい。
「あーあ。…このまま寝ていたいなぁ…」
ツナは青空にぽっかりと浮かぶ白い雲を窓越しに見上げて、だらしなくベッドに身体を横たえたまま呟いた。
別に今日は何にも予定はないし、まぁ、獄寺あたりが押しかけてくるかもしれないが、それでも平和でのんびりできそうだ。
ランボやイーピンが部屋に入ってきたり、ビアンキがまた恐ろしげな料理を作っている可能性もあるが、とにもかくにも、今のところ自分はさしあたってすることもないし、こうしてのんびり、ベッドで寝ころんでいられる。
「休日に寝てられるっていいなぁ…」
今まで昼間は修行、夜中は生きるか死ぬかのバトルを繰り広げていただけに、平和でのんびりとした日常が嬉しい。
寝癖のついた髪をくしゃっと掻き上げて、枕に頬を埋め、寝ている間に蹴飛ばしてしまったらしい布団を引っ張りあげて二度寝を決め込もうとした時、
「つっくん、起きたー?ご飯できてるからいらっしゃい」
と、トントンと部屋の扉が叩かれて、母が顔を覗かせた。
「えー…もう少し寝てたいんだけど…」
「ご飯食べたらまた寝てもいいんじゃない?暖かいうちに食べましょうよ」
「…うん」
折角母が作ってくれたものを無碍にはできない。
起き上がってぼりぼりと頭を掻いて、パジャマのままふぁ、と生欠伸をしながら階段を降りる。
ランボやイーピン、リボーンもいるかもしれない。
「……おはよ」
欠伸を噛み殺しながら挨拶をしてダイニングに入ると、
「クフフ……朝のキミは随分と無防備ですねぇ。おはようございます、ボンゴレ」
と、低く響く声で挨拶が帰ってきた。
「………は?」
(あれ、今返事してきたの、誰…?)
まだよく目覚めていない頭では答が出なかった。
頭を振って考える。
声のした方を見る。
母と一緒に、キッチンでエプロンを着けて立っている人物がいる。
背が高くて、少なくともイーピンとかランボじゃない。10年後のランボとかでもない。
エプロンは黄色に緑のパイナップル模様がついたファンシーなものだった。
にこにこして、自分を見つめている。
ツナは首を傾げて相手を見た。
藍色の髪と、左右目の色の違うオッドアイ。
漸くツナは目の前に立っている、エプロンを着けた背の高い人物が誰か思いだした。


「…む、むくろ──────!!!」







「な、な、なんで骸がここにいるのっ!!」
「あらツっくん、知らないの?お父さんがねー」
「…と、とうさんが?」
「そ、お父さんが、骸君はツっくんの大切な仲間で当分居候させてやってくれっていうのよ。うちはランボちゃんもイーピンちゃんもいるし、お父さんがいない分お部屋も余ってるから大丈夫だし。今日から一緒に住む事になったの。ね、骸君?」
「はい、お母さん」
「って、骸、お母さんじゃないだろ、お母さんじゃっ!」
どこから突っ込んでいいのか分からなくて、ツナは目を白黒させた。
だいたい、骸は、復讐者の牢獄に収監されているんじゃないのか?
それに、なんでこんなににこにこしてるんだ。
骸ってこういうキャラだったか?
しかもエプロンなんかつけてるし。
「あぁ、このエプロンどうですか、ボンゴレ。僕はパイナップルが好きなんで、パイナップルのエプロン買ってみたんですよ。居候させてもらうのに家事を手伝おうと思って。僕に似合いますよね?」
骸がエプロンをひらひらさせて小首を傾げてウィンクした。
(き、気持ち悪いんですけど─────!)
あまりにも骸じゃない骸で、ツナはどう反応していいか分からなかった。
「まぁ、難しい事は考えなくていいじゃないですか。今回ボンゴレファミリーの霧の守護者になったので、執行猶予付きのようですが、とりあえず牢獄出してもらえたんですよ。君の傍にいるっていう条件付きでね。僕も異存ありませんから、早速来たというわけですね。あぁ、明日から一緒に中学校にも通いますよ。並盛中」
「え、おまえ、黒曜中じゃなかったっけ?」
「黒曜中から転校する事になりました。クラスも同じみたいですよ」
「はぁ?」
「まぁまぁ、積もる話はあとにして、さ、ツっくん、座って朝ご飯たべましょ。今朝は骸君が作ってくれたのよー」
「骸がぁ?」
「日本料理勉強中なんで、あんまり美味しくなくても許してくださいね?」
ツナの目の前に、茶碗に盛られたご飯と味噌汁が出てくる。
「味噌汁とか、骸が作ったの?」
呆気に取られていると、更に野菜炒めとコロッケも出てきた。
「いただきまーす」
母が機嫌良く言って、食べ始める。
「あれ、リボーンやランボやイーピンは?」
「リボーンちゃんと一緒にちょっと旅行行くって言ってたわよ?イタリアかしら」
「えー、じゃ、骸とオレだけ?」
「ほんと人が減った時だから骸君来てくれて良かったわぁ。ツっくんも骸君を見習ってしっかりおうちの手伝いしてね?」
茶碗を手に取ってもぐもぐと押し黙って食べながら、ツナは骸と母をちらちらと横目で見た。
母は美味しそうににこにこしながら食べているし、骸も行儀良く茶碗を手にして上品そうに食べている。
(……うーん……)
今自分の目の前にいる骸は本当に骸なんだろうか。
額に皺を寄せて骸を見る。
視線に気付いたのか骸がツナを見て、にっこりと微笑した。
───なんか、怖い。
骸が善良そうに笑うのが、不気味だった。
「あ、お母さん、食器は僕が洗いますよ?」
「骸君ったら、ありがと。ツっくんもほら、少しお手伝いお手伝い!」
「えー…」
「クフフフ……ボンゴレも、家ではとても可愛いんですね…」
「…って、骸……」
なんか気が抜けてしまった。
一緒に、と言われてツナもしぶしぶキッチンに立ち、骸が洗った食器を布巾で拭いて片付けていく。
「……オレの事、乗っ取ろうと狙ってるの?」
「クフフ、まだそんな事言ってるんですか?僕も平和主義者になりましてねぇ…」
「……ホント?」
「…さぁ?クフフフ…まぁ、いいじゃないですか。君と一緒に生活できるなんて、夢のようですよ、ボンゴレ。明日は一緒に学校に行きましょうね?」
骸が並盛中……。
「っていうか、骸ってオレ達と同い年なの?」
ふと浮かんだ疑問を言ってみると、骸が肩を竦めた。
「年齢なんてどうでもいいじゃないですか。一緒のクラスで僕は浮き浮きしてますよ」
「………」
まぁ、骸だったら、なんでもやりそうだ。
それにしても、この事態はどう解釈したらいいんだろう。
ツナにはまだまだ理解できそうにもなかった。






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