◇Vita Rosa(ヴィータローザ) 2   






シャマルはツナの家の前に車を停めていた。
赤い二人乗りのスポーツカーだ。イタリア車でもあるのだろうか。
「ほら、乗れよ」
言われておずおずと助手席に乗り込む。
シャマルと一体これからどこに何をしに行くのか。
………そこはかとなく、不気味な予感がする。
だいたい、リボーンが呼んできた先生、という所で不気味だ。
しかも、何を自分に教えるのかというと、──性行為の仕方──らしい…。
(って、冗談じゃないよ!)
そこまで考えて、ツナはぶんぶんと首を振った。
セックスなんて、──って、言葉にするだけでも恥ずかしい。
そんな事は自分にはまだまだ遠い、遙か先の話だと思っていた。
現実感の全くない話題だ。
今は学校生活を平和に過ごせればいい、というささやかな希望と、京子ちゃんと仲良く話せたらいいな、ぐらいのほのぼのとした希望しかない。
それなのに、なんでいきなり「契約」がどうとかで、どう考えても荒唐無稽な、守護者達と自分で……
(セ、セックスって……)
───絶対無理。
到底無理。
どう考えても想像もできない。
「シャマル…?」
「ン、なんだ、ボンゴレ坊主」
車を運転しながら、シャマルが答えた。
「あのさー…リボーンがなんか変な事頼んだみたいだけど……オレ、絶対そういうの、無理だと思うんだけど…」
「無理とか言ってる場合じゃねえぜ?ボンゴレ10代目としてやっておかなければならねぇ儀式だからな」
「えー、だって…そ、その……エッチな、事、するのがぁ…?」
「まぁエッチっていやぁエッチだが、それより崇高な目的があるんだからしょうがねぇだろ。お前と守護者たちの肉体の交わりによって、よりファミリーとしての結束が高まり、名実ともに、守護者はお前の部下となるわけだからな。神聖な契約だから、軽く見ちゃいけねぇ」
「……そ、そんなぁ…」
「そんな、とか言っててもしょうがねぇだろ。坊主は今までだって戦いに巻き込まれてもそのたびに大きく成長してボンゴレ10代目としてふさわしくなっていっただろ?今回も大丈夫だ。お前の守護者達はみな優秀だからな。きっと素晴らしいファミリーになるぜ?」
シャマルがいやに真面目なので、ツナは押し黙らざるを得なかった。
ファミリーの結束が堅くなる、とか、素晴らしいファミリーができるとか、まぁ、ツナとしては未だにマフィアに偏見があるのでその辺は微妙だが、でもまぁ悪くない話ではある。
が、どうしてそれに……エッチ系の話が出てくるのだろう。
「……ねぇ、どうしても、オレがやらなくちゃ駄目なわけ?」
「勿論だ。お前、覚悟がたらねぇな。まぁ、全く経験ねぇようだし、しょうがねぇか…。大丈夫だ。おじさんが優しく教えてやるからな?」
語尾がなんとなくいやらしくて、ツナは俯いた。
シャマルと一体、何をするんだろう………。
(エッチ系の…事……?)
シャマルと……?っていうか、シャマルでなくても、獄寺でも山本でも想像つかない。
(雲雀さんとかランボとかとも……?)
眉間に皺を寄せて茶色の大きな瞳を伏せて考え込んでいると、赤いスポーツカーが道路を曲がり、すっと地下駐車場に入った。







「……ここ、どこ?」
「なかなかいいホテルだろ?ボンゴレファミリーも出資しているシティホテルだ」
地下駐車場に車を止めて車から降りると、エレベータでフロントまで上がる。
内部は重厚なヨーロッパ風の内装になっており、フロントの従業員も礼儀正しく、
「シャマル様ですね、お待ちしておりました」
と挨拶をして、カードキーをシャマルに渡した。
高い吹き抜けの天井や、随所に置かれている格調高い調度品に目を奪われていると、エレベータが降りてきた。
「ほら、乗るぜ」
「あ、は、はい…」
シャマルに呼ばれて慌ててエレベータに乗り込む。
そのエレベータも西洋調で重厚なものだった。
リン、と涼やかな音がして、エレベータが止まる。
階数は40階を指していた。
降りてさっさと足早に歩くシャマルの後を追いかけると、シャマルが突き当たりの扉にカードキーを差し込んだ。
後について中に入ると、ツナが一度も泊まった事のないような、豪奢な部屋だった。
入ってすぐに全面鏡張りのエントランスがあり、鏡の内面が広いクロークになっている。
大理石でできたバスルームや洗面所が反対の鏡の扉の向こうにあり、きょろきょろしながら部屋の中央まで進むと、丸く張り出した床から天井までの大きな窓と、ベルベットの深い茶色の絨毯に暖炉。
暖炉の上には蝋燭が数本、これは本当の蝋燭ではなく電気のようだが眩く輝いており、落ち着いた色調の油絵が数点掛かっている。
壁を背にして大きな木の机がどっしりと置かれており、その脇にはロココ調のスタンドが数基、大きなダブルベッドを挟んで輝いていた。
「………」
だいたい、ホテルと言ったら、小学校の修学旅行で行った、何人かで一緒に泊まる狭い部屋のものしか知らないだけに、ツナは目を丸くした。
「ここはボンゴレファミリーがよく使う部屋なんだぜ?」
シャマルが茶色の布貼りのソファに腰掛けて行った。
「……ボンゴレファミリーって、……お金持ちなんだね…」
「坊主はそこの10代目なんだから、少しは自覚持たねぇとな?」
「……そう言われても…」
「ま、それはいい。とにかく、今日中にお前を開発しなくちゃならねぇからな、結構大仕事だぜ」
「…か、いはつ……?」
シャマルが肩を竦めた。
「オレは女専門なんだからな、出血大サービスだって事忘れんなよ?」
「……なに、するの……?」
なんとなく、することが想像できて、ツナは後退った。
「ほら、10代目のくせに怯えるな」
シャマルがやれやれ、と手を振って立ち上がると、壁の硝子棚から美しく装飾の施されたグラスを二つ取り、次に棚の下部に設置されている冷蔵庫から薄い水色のペットボトルを取りだした。
蓋を開けて、二つのグラスに注ぎ込むと、綺麗な薄い水色の液体がグラスの装飾を光らせる。
シャマルはツナに見えないように、自分の懐から小瓶を取り出すと、一つのグラスに数滴、その小瓶から透明な液体を垂らした。
垂らした方をツナに差し出す。
「ジュースだ。冷たくて美味いぜ」
「…はい、有難うございます…」
考えてみたら、驚いたままシャマルに連れてこられて、何も口にしていなかったので、喉が渇いていた。
シャマルの向かいのソファに座り、大人しくグラスを受け取って、口に運ぶ。
「……美味しい…」
ジュースは爽やかな甘味と酸味のある、清涼飲料水にレモンを足したような味のもので、飲みやすかった。
喉が渇いていたツナはごくごくと一気に全部飲んでしまった。
「…はぁ…」
口元を拭って、布貼りの柔らかなソファに身体を凭れさせる。
窓の方に顔を向けると、重みのある茶色のカーテンが綺麗に折り畳まれており、薄い色つきの硝子を通して、青い空と、眼下に遙か小さくビル群が見えた。
「ファミリーのボスになればこんな部屋より遙かに贅沢な部屋に泊まる事になるぜ?」
ツナが部屋の豪華さに臆しているのを見て、シャマルがくすくすと笑った。
「そ、そんなすごいとこ、眠れませんよ……」
「まぁ、そのうち慣れるさ……と、さて……気分はどうだ?」
「……え、気分…?」
シャマルが突然立ち上がると、ツナの隣に座ってきた。
びくっとして恐る恐るシャマルを見上げると、シャマルが肩を竦めて笑った。
「じゃ、授業開始と行くか…。まずは、色っぽく相手を虜にするようなキスの仕方から…」
「……はぁ?」
くい、と顎に手を掛けられて思わず上を向いた所に、シャマルの唇が覆い被さってきた。
「…………ッ!」
驚いて逃れようとすると、シャマルが少し唇を離して囁いた。
「抵抗は無しだぜ、坊主。…授業なんだから、先生の言う事はきちんと聞きな…」






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