◇悪戯   2  






ティーカップに紅茶を注いで飲もうとした所にいきなり剣呑な雰囲気で入ってきた相手を見てシャマルは眉を顰めた。
それまでののんびりとした空気が一変する。
「…どうした?」
「…別にたいした事ねぇんだが、ちっと肩痛めたみてぇで、…。オレは大丈夫だって行ったんだが10代目がな、ちゃんとみてもらえって言うからよ…」
確かに、肩はかなり痛そうだった。
獄寺は平気な振りをしているが、少しでも肩が動くと眉をぎゅっと顰める所から見て、脱臼ぐらいしているかもしれない。
額の方は、派手に血が流れているが、傷は浅いだろう。
「なにバカやってんだ…?」
立ち上がって獄寺を治療用のベッドに座らせると、シャマルは呆れた口調で言った。
「10代目に失礼な事するやつらがいたからちょっと懲らしめてやっただけだぜ。まぁ、卑怯なやつらで鉄パイプとか持ち出してきたけどよ、そんなもんでやられるようなオレじゃねぇぜ」
ぷい、とそっぽをむいてしぶしぶ返答する様子に、シャマルは苦笑した。
「肩はそれでか?」
「10代目をかばった時にな…。でもたいした事はねぇ。経験で分かる」
「そりゃそうだろうな。お前はイタリアじゃいっぱしのマフィアだったんだしな」
「おい、日本でだってボンゴレ10代目の右腕だぜ」
「はいはい、分かりました。……で、とりあえず診てみるから、服脱いでみろ?痛くて脱げねぇか?」
「いや、大丈夫だ…」
大丈夫、とは言いつつも、やはり痛いらしく、獄寺は肩に負担がかからないように注意深くネクタイを解き、シャツのボタンを外した。
中に着ていたTシャツを脱ぐ時が一番痛かったようで、灰翠色の瞳を堅く閉じて一気に脱ぐ動作がさすがに痛々しい。
「どれ……」
左肩が赤く腫れていたが、どうやら脱臼等はしておらず、軽い捻挫のようだった。
「湿布でも貼っておけば大丈夫だな…」
(…にしても、随分と綺麗な肌をしてるよな、コイツ……)
シャマルはふと思った。
なぜそんな事を考えたのか、不思議だが、その時は不意にそういう考えが頭に浮かんできたのだ。
日本人とイタリア人の血が混ざっているのだから、両方の良い部分を受け継いだのだろう。
しっとりとした滑らかなきめ細かい白磁の肌に、シャマルは暫し目を奪われた。
こんなふうに間近で、成長した獄寺の素肌を見た事はなかった。
小さい頃は勿論天使のように愛らしく綺麗だったが、イタリア人の幼児の多くは皆そのように愛らしい。
だから特に気にする事もなかったし、それよりイタリアの女性にしか目が行ってなかったというのもある。
改めて獄寺を間近で見て、シャマルはその美しさに舌を巻いた。
色白だが、ヨーロッパ人のように白いというわけではなく、どこか乳白色の、しっとりとした色合い。
直射日光に照らされても、そばかすなどができない体質だ。
上半身裸になっているので、シャマルの目には、獄寺の首や肩、胸が余すところ無く見て取れた。
一見華奢に見えるが、過不足無く筋肉の付いた張りのある肌。
胸の二つの突起は淡い桃色で、乳輪が小さく、上品に呼吸に合わせて上下に揺れている。
(……と、何見てんだ、オレは……)
いつの間にか獄寺の身体に見とれていたのに気付いて、シャマルは狼狽した。
「湿布湿布……と、額はどうだ?」
誤魔化すように慌てて湿布を貼り、それから獄寺の額を見る。
「もう、血は止まったぜ…」
湿布を貼って貰って気持ちいいのか、獄寺が少し和らいだ雰囲気でシャマルを見上げてきた。
さらりと、銀砂のようなアッシュグレイの髪が流れ、一筋額の血に貼り付く。
見上げてきた瞳は、虹彩の縁が濃いグレイに縁取られ、中心にむかって灰色と緑の混ざった幻想的な色合いを醸し出していた。
長い睫越しに見上げられて、シャマルは無意識にごくりと唾を飲み込んだ。
(おいおい、コイツ、こんなに色っぽかったかぁ?)
まじまじと獄寺の顔を見る。
不審に思ったのか、獄寺の眉間に軽く皺が寄る。
すると、美しい中にもどこか厳しく人を寄せ付けない孤高さが滲み出て、シャマルは思わず手を伸ばして抱き締めたいような衝動に駆られた。
高く整った鼻梁と、少し半開きでつんと上向いた桃色の唇。
(………キス、してぇ……)
この唇は、どんな感触だろうか。
薄く開いた唇の間から、濡れた舌先が垣間見える。
口付けて、舌を絡めてみたい。
…きっと、甘いだろう。
驚いて、逃げかける舌を追いかけて、深く唇を合わせ、舌を巻き付けて柔らかさと熱さを味わいたい。
震える身体を抱き締め、耳朶に息を吹きかけ、『最高に可愛いぜ…』と呟きたい。
不意の衝動は、シャマルを無意識に突き動かした。
「…………ッッ!」
眼前に広がる、灰翠色の虹彩。
よほど驚いたのだろう、綺麗に見開いたその瞳の奧、すっと開いた奧は真黒で、縁取った虹彩の銀の円環がきらりと煌めく。
唇を押し当てて、歯列に舌をあてて唇の裏側を舌先で擽ると、腕の中の白い身体が微かに震えた。
歯列を割って舌を獄寺の咥内へと滑り込ませて、シャマルは角度を付け、深く獄寺の咥内を侵した。
予想通り甘くて……自分と同じ、煙草の味がした。
舌を根元から引っ張るように吸い上げると、苦しいのか、獄寺が更に眉を寄せ、見開いていた瞳をきゅっと閉じた。
長い睫が微かに震えるのを至近に眺めると、シャマルの身体の中で、何かが疼いた。
この感覚は───情欲だ。
しかも、久し振りの、直接的に感じる性欲。
身体の芯から揺り動かして、全身をゆるがすほどに大きく燃えさかってくる原始的な本能。
「……ン、ン……ッ」
獄寺が漸く我に返ったのか、抵抗を始めた。
「……な、に、すんだよッッ!」
顔を背けて口付けから逃れて悪態を吐いた所を、逃すかとばかりにシャマルは荒々しく獄寺をベッドに押し倒した。
上から体重を掛けて圧し掛かり、顎を掴んでぐいっと自分の方を向かせて、再び深く口付ける。
獄寺の咥内を舌で舐め回し擦り上げ、強く吸い上げては唾液を送り込み、舌を巻き付けて甘噛みし、喉奧間で舌を蠢かす。
「…………」
抵抗していた獄寺の力が弱まった。
キスに酔ったらしい。
乱暴にしたから、肩も痛いのだろう。
固く閉じた睫に、透明な雫が滲んでいる。
長い睫の間を濡らし、睫の先に小さな玉となっている涙に、シャマルはぞくぞくとした。
凶暴な性欲だ。
あきらかに、獄寺に対して欲情している。
(……女に興味がなくなるかわりに、もしかして、男に興味でちまったのかよ、俺……)
とんだ副作用だ。
内心呆れながらも、ここまで興奮してしまっては、獄寺を離すわけにはいかない。
今まで、どんな女相手にも、ここまで興奮した覚えはなかった。
たいていは女性の方から誘いを掛けてきたし、軽く楽しく、その場限り、お互いに楽しむ、というのがシャマルの恋愛のスタイルであったからだ。
(…なんで、隼人なんだか……)
とは思うものの、既に下半身は凶悪なまでにその存在を主張していた。
「わりぃな……少し我慢してくれよ?」
ここまで来たら、後戻りはできない。
シャマルは獄寺に囁いて、獄寺が脱いだシャツからネクタイを抜き取って、それで獄寺の両手を縛り、ベッドの上の柱にそのネクタイをくくりつけた。







「……な、なに、しやがるっっ!」
大人のキスをされてぼおっとしていたとは言え、さすがにはっとして、獄寺がシャマルを睨み付けてきた。
茫洋として潤んだ灰翠色の瞳がきっと鋭い光を帯び、潤んだ中にも猛禽類のような鋭さを滲ませ、その対比がまた壮絶な色気を感じさせる。
(そんな目をしても俺を興奮させるだけなんだがなぁ…)
これも、モスキートの副作用なのだろう。
普段なら、ただの目つきの悪い小僧、としか思わないに違いない。
「わりぃな、ちょっと大人しくしててくれよ?」
「って、おい、シャマル、冗談きついぜっっ!」
万歳の格好にされて手首を拘束されたとはいえ、足は自由に動く。
思いきり蹴り上げてくる所を、シャマルは無造作に押さえ付けて抵抗を封じた。
「…抵抗されっと面倒なんだよ…しゃーねえな…」
今までセックスする時に抵抗された事のないシャマルである。
抵抗される、というのもある意味刺激的ではあるのだが、この場合相手が男だ。
半端なく抵抗されたらすることも楽しめない。
「お前だって痛いのはいやだろうしな…」
シャマルは催淫剤を含ませた蚊を取り出すと、それで獄寺の首を刺した。
「ぅ……」
即効性の強力な催淫剤である。
たちまち、藻掻いていた足の力が弱まり、鋭く自分を睨んでいた灰翠色の瞳が潤み、霞がかかったように緑色が淡い色に変化し、白皙の頬に赤みがさしてくる。
「これなら、お互い気持ちいいって事になるな。……ま、悪く思うなよ?」
抵抗がやんで、くったりとなった獄寺を上から眺め下ろし、シャマルは黒い眸をすっと細めた。
邪魔な武器やズボンを下着もろとも脱がせ、全裸にする。
脱がせるときに、少し嫌がる素振りをしたものの、すっかり身体が火照っているらしく、獄寺は潤んだ眸を狭めてシャマルを少し睨んだだけだった。
「てめ……なに、して……」
切れ切れに問う唇も、濡れて赤く輝いている。
「何か……まぁ、大人の遊びってトコ?いい子にしてろよ…」






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