◇応接室 1 






「はぁ、雲雀が呼び出し?」
山本からそれを聞いた時、獄寺は思いきり渋面を作った。
ちょうど授業が終わった所で、獄寺は機嫌良く綱吉の所へ行こうとしていた。
そこに山本が来て、言いづらそうに雲雀が応接室で待ってるからすぐに来てくれってよ、と言ってきたのだ。
(なんでオレが雲雀に呼ばれなければならないんだ?)
別に何か悪い事でもしたか?
記憶がない。
雲雀の嫌いな群れる行動はしているとはいえ、気に障るほどの事はしていないつもりだ。
「まぁ、あの雲雀の事だから、すぐに行った方がいいんじゃねぇの?」
山本の言葉に獄寺は眉間の皺を深くした。
どうせろくな呼び出しではないんだろう。
見当は付かないが、いい事じゃないだろう、という事は分かる。
黒曜中との戦いの時だって、折角ダイナマイトで爆発させて壁を壊して雲雀を出してやったのに、その後酷い扱いされたもんな…。
「獄寺君、雲雀さんに呼び出されたの?」
「あ、10代目、大丈夫っすよ。ちょっと行ってきます」
綱吉が心配そうに寄ってきたので、獄寺は彼には心配を掛けてはいけない、と笑顔を作って返事をし、教室を出た。
教室を出て長い廊下を歩き階段を降りると応接室がある。
普通の中学校なら応接室といったら御客を迎える大切な場所だと思うが、ここ並盛中では応接室は風紀委員会のアジトだ。
気が進まぬままに獄寺は応接室の扉を開けた。
「何か用かよ?」
───ガツン!
入った途端、後頭部を棒で殴られた。
まさか入って早々攻撃されるとは思っていなかったから、さすがの獄寺も虚を突かれ、身構える暇もなかった。
「……………」
意識が薄らぐ。
眩暈がして視界が霞む。
この衝撃は雲雀のトンファーか…?
しくじったな…と思う間もなく、獄寺の意識は薄暗闇に沈んでいった。








(…………)
ぼんやりと、視力が戻ってくる。
天井の蛍光灯の光がやたら眩しい。
ごしごしと目を擦って、獄寺は顔を巡らせた。
途端にずきん、と後頭部に鈍痛が走る。
雲雀のトンファーに殴られた部分だ。
(くそ、油断した…)
普段ならいかに雲雀の攻撃とは言え、まともにそれをくらうなんていうヘマはしないのに。
今日は呼び出し、と言うから、学校内という事もあってすっかり油断した。
「ワオ、さすがに気が付くの、早いね?」
頭の上で声がして、痛む頭を堪え灰翠色の眼光を鋭く眇めて相手を見上げると、逆光で表情はあまり分からなかったが、いつもの如く雲雀が悠然と立っていた。
「テ、メェ……なに、すんだよ…」
掠れた声を振り絞る。
声を出すたびに頭ががんがん痛むので言いたい事も言えない。
「なにって、君、普通に話そうとしてもすぐにダイナマイト取り出したりして物騒だからね、ちょっと大人しくなってもらったってわけさ」
「ふ、ざけんじゃ、ねぇ」
「ほら、そんな風に噛みついてくる所が、その辺の草食動物とは違うよね。まぁ、いいけどさ…」
トンファーを収めて、雲雀が向かいのソファに腰を下ろした。
黒い眸をすっと細め、獄寺を見つめてくる。
「……で、なんか、用なんかよ…」
「まぁ、君に借りを作ったから返しておこうと思って」
「……借り?」
「黒曜ヘルシーランドでは不本意ながらお世話になっただろ?僕は借りを作るのが大嫌いなんだ。気になってね。返しておかないとね」
黒曜ヘルシーランドで……?
獄寺は相変わらずずきずき痛む頭をなんとか働かせた。
そうだ。コンクリートの部屋の中に閉じこめられていた雲雀を、バーズの鳥が並盛中の歌を歌った事で気付いて、ダイナマイトで壁を爆発させて雲雀を解放したのだった。
「…借りって程じゃねぇだろ…。っていうかよ、お前の借りを返すってのは、トンファーで頭殴る事なのかよ…」
ようやく頭の痛みが治まってきた。
トンファーで殴られたにしては意外と軽い。
もしかしたら雲雀が加減したのかもしれない。
「咬み殺してあげてもいいんだけど、どっちがいい?」
「どっちも遠慮しとくぜ。お前が言うと洒落にならねぇ」
「なんだ、つまらないな。草食動物の中でも君はましな方だと思ってたんだけどね…」
雲雀が口端を僅かに吊り上げて笑った。
ソファから立ち上がると、テーブルを避けて獄寺の蹲っているソファに座ってくる。
「君を咬んだらどういう味がするだろうね…ちょっと興味、あるよ…」
「……は?」
ずきずきと痛む頭を上げて傍に来た雲雀を睨もうとしたがそれより前に、雲雀の顔が獄寺の首筋にすっと埋められた。
ひやりとした感触。
耳の下から筋にそって喉元まで。
ちり、と痛みを感じて獄寺は眉を寄せた。
…と、急に鋭い痛みが首筋を走り、息を飲む。
「ふーん……そういう感じ、なんだ?」
顔を上げた雲雀が、間近で獄寺を見つめてきた。
吸い込まれそうな黒曜石の瞳に、獄寺は睨み返しつつもつい視線を逸らしてしまった。
「ちょっと咬んでみたよ。君の血、結構美味しいね…」
「って、テメェ、何してんだよっ!」
「何って……そうだね…君をからかって遊んでるってトコかな…」
「おい、そんなふざけた用件でオレの事呼び出したのかよっ、帰るぜっ」
雲雀のどこか暢気な物言いに獄寺は腹が立った。
雲雀と仲が悪いとは言え、こんな悪ふざけに付き合わされる筋合いはない。
しかも、頭を殴られた上、首を咬まれた。ろくでもない。
雲雀を睨みながら立ち上がろうとして、獄寺はふらついた。
殴られたのが効いているのだろうか、うまく立てない。
「まだ帰っていいなんて言ってないよ」
「…テメェとはもう話さねぇ」
「元気いいね、君…ま、そういう所が面白いんだけどさ」
雲雀が顎を上げて薄笑いした。
黒い眸を眇め、獄寺を覗き込んで顎をぐっと掴む。
「い、てぇ…」
頭がずきんとして獄寺は思わず呻いた。
「もう少し遊ばない?暇してるんだよね、僕」
「はぁ?テメェと遊んでる暇なんざねぇんだよ。10代目が教室でお待ちだ」
「君って本当、沢田の事好きだね」
「当たり前だろがっ」
「ふーん……」
雲雀の瞳がすうっと細くなった。
機嫌の悪い証拠だ。
「いつもいつも沢田の事ばかりで、ちょっと気に入らないな…」
「は?なんだ?」
「………別に。まぁいいよ。君で遊ぶから」
突如トンファーがまた獄寺の頭に降ってきた。
既に負傷していた獄寺は避けられるはずもなかった。
側頭部を思いきり殴られ、獄寺は一瞬で意識を失った。






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