◇Vita Rosa(ヴィータローザ) 8   






次の日。
「ツナ、迎えの車が来たぞ」
結局殆ど眠れなくて明け方にうつらうつらしていたツナを、リボーンが容赦なく叩き起こした。
「え、も、もう……っていうか、やっぱり無理っ!リボーン、無理だってば!」
「うるせぇぞ。キャバッローネを待たせるんじゃねぇ」
「は、はい…っ」
同じボンゴレ内部ならともかく、キャバッローネファミリーを待たせたとあってはまずいだろう、とはツナでも察しがついた。
慌てて着替えると、リボーンに激励された。
「首尾良くディーノを誘惑して来いよ」
(無理ですー!)
既にツナは半泣き状態。
しかし相手を待たせるわけにも行かず、取り敢えず家を出る。









自宅を出た道路の端に、黒塗りの大きな車が止まっていた。
ホテルから差し向けられたのだろう、後部座席の扉を開けて乗務員がうやうやしくツナに頭を下げる。
「ど、どうも…」
ツナはおずおずと車に乗り込んだ。
着る物も取り敢えず出てきたので、頭はばさばさだし、朝ご飯も食べていないので腹も減っている。
いや、空腹よりも、……とにかく、ディーノが待っているわけだ。
用事も知らずに。
そのディーノをその気にさせてセックスに持ち込む……。
───どう考えても実現不可能。
火を見るよりも明らか。
ツナは項垂れた。
だいたい、自分がその気になるだろうか。
確かにシャマルとのセックスは気持ちよくてどうにかなりそうだった。
今考えると恥ずかしくて顔から火が出そうだが、あのときは行為にすっかり溺れた。
…オレってもしかして、ああいう事嫌いじゃないのかも、などとも思ったものだった。
しかし、それと今回のディーノとの件はまた違う。
ディーノは全くそういう気がなく、しかも自分も薬も何も盛られていないのでその気もなく、それなのに自分が誘惑してその気のない(しかも男とそういう行為に及んだ事もないだろう)ディーノをベッドに誘う……。
…どう考えても無理。
学校のテストで全科目100点取る方が実現できそうだ。
「着きました、どうぞ」
はっと我に返ると、車がホテルのエントランスに停車していた。
「あ、ありがとうございますっ」
おずおずと礼をして車を出ると、数階分ぶちぬきの高く広いホテルのエントランスだった。
大理石でできた円柱に2階分ぐらいはある硝子の自動ドア。
びくびくしながら入ると、上品な制服を着こなした礼儀正しい従業員が丁重に出迎えてくる。
(うわぁ…)
ディーノの泊まっている部屋のナンバーを書いたメモを見せて会う約束がある、とおどおどしながら告げると、従業員がフロントとナンバーを見てフロントと相談していたようで、その後更に丁重に案内された。
ディーノは重要人物等らしい。
中央のエレベータではなく、奧の特別階用のエレベータに乗せられ、案内された部屋は、最上階のスィートルームだった。
「おはようございます……」
従業員が開けてくれた扉を擦り抜けて、ツナは恐る恐る中へ足を踏み入れた。
「おはよう、ツナ。…ふあぁ……まだちょっと眠いんだ。ツナはどうだ?」
扉を潜り抜けてそのまま足を進めると、広い豪華な部屋の中央のこれもまたものすごく豪華なベッドから半身を起きあがらせて、ディーノが欠伸をしていた。
「あ、おはようございます、ディーノさん」
「うー…やっぱり長旅はちょっと疲れるかな…」
ベッドの両脇のステンドグラスのランプの光を受けて、ディーノの金髪がきらきらと煌めく。
端正な顔は寝起きでも凛々しく、ツナは一瞬見とれた。
(ディーノさんってホント、へたれな時でも格好いいよなー)
「ツナ、朝ご飯食べたか?オレはこれからルームサービス取るんだけど、まだだったら一緒に食わねーか?」
「あ、は、はい。ご飯まだなんですけど……いいんですか?」
「一人で食うのもつまらねーしよ。じゃ、一緒に食おうぜ!」
ベッドから起きだしたディーノは、ホテル備え付けのバスローブを着ていた。
頭をがしがしと掻いて欠伸をしながらもツナに向かって微笑してくる。
ツナは内心なんとなくほっとした。
なんか、セックスするとかそういうの、どうでもいいよね…。
ディーノさんと一緒に話してるだけでいいや……。
ディーノは大切な兄弟子だし、何かと自分の力になってくれた人だ。
(リボーンには悪いけど、そういう気分になれるわけないよう……)
ルームサービスが運ばれてきた。
即席でテーブルと椅子が設えられ、白いテーブルクロスの掛けられたテーブルの上にはブレックファストの香しい紅茶やかりっと焼かれたパン、ベーコンや玉子の食欲をそそる匂いが立ち上る。
「うわぁ、美味しいー!」
「そうかそうか。ツナってホント美味しそうに食うよな」
実際、こんな美味しい食事をした事がなかっただけに、ツナは夢中になって食べた。
「ははは、随分腹が減ってたんじゃねぇのか、ツナ」
「え、いやそういうわけじゃないんですけど。…だって、こんな豪華で美味しい食事食べた事無いから。ディーノさんっていっつもこういうの食べてるんですか?」
「なんだ、ツナだってその内ボスになればいつもこういうのになるぜ?」
「……いえ、そのボスとかそういうの、オレ関係ないし…」
「まぁ、今のところはまだかもしれねぇけどな?」
食事をあらかた終えて、氷で冷やされた冷たいワインで喉を潤しながらディーノがにっこりと笑っていった。
「そういや、なんか急用があるっていうんでリボーンから呼ばれて日本に来たんだが、用事はツナに聞けっていうんだよな、リボーンが。…どんな用事だ?」
突然確信に触れられて、ツナはどきん、とした。
ど、どうしよう…。
折角和やかな雰囲気で食事ができていたのに。
ここで頼み事を言うのか。
(え、む、り……だって、ディーノさん……そんな気全然なさそうだし…)
「……えっと、その、…観光、とか…?」
「はぁ?……おい、ツナ」
ツナの返答を聞いてディーノがさすがに眉を寄せた。
「なんか言いづらい事なのか?弟弟子の頼みならなんでも聞くから、遠慮しねぇで言えよ。まさか観光のためにわざわざ呼んだわけじゃねぇだろ。あのリボーン直々の要請なんだしよ。ボンゴレで何かあるのか?」
ディーノが真剣な表情をしてきた。
きりっとした眉に涼やかな金色の眸、バランスの取れた西洋の彫像のような顔立ちと眩い金髪。
……本当に格好良い人だよなぁ。
…ああ、オレ、どうしたらいいんだろ…。
リボーンが経験豊富だと言っていたし、どう見ても女性にモテモテだろうし…。
そこに、自分みたいなしょぼくれた、しかも男を──抱いてくれ、とか……言えるわけがない!!
ツナが項垂れると、兄貴分なディーノが心配げにじっとツナを見てきた。
「どうした、ツナ。何でも言ってくれよ。お前は大事なオレの弟分だしな?」
「……はぁ……」
「そんな言いづらい頼み事でもあるのか?どこか潰してほしいファミリーがあるのか?」
「い、いえ、そんな物騒な話じゃないんですけど。個人的な話で…」
「……ほら、何でも言ってみろって」
ディーノが椅子から立ち上がると、ツナの座っているソファの所に来た。
隣に座ってくしゃ、と自分の茶色の髪を撫でてくる。
「なんでも言っていいんだぜ¥?」
優しく囁かれると、ツナは身の置き所がなくなった。
身体を堅くして、俯いて溜息を吐く。
どうしよう。
一応、言ってみるだけ言ってみようか。
今のディーノなら、自分の馬鹿なお願いも、笑って聞き逃してくれそうだ。
腹立てて帰ってしまうとかそういう事はないだろう。
「あのー…」
「……なんだ?」
ディーノが身を乗り出してきた。
ツナは後退って、もごもごと歯切れの悪い口調で言った。
「ディーノさん……オレと」
「……お前と?」
「………」
ツナはそこで詰まった。
リボーンにいろいろ言い含められてきたのだが、ディーノとのセックスには条件があるのだった。
まず、ディーノと直接交わってはいけない。
自分と直接交わるのは守護者のみだそうだ。
だからディーノにはコンドーム使用でセックスを頼まなければならない。
それから、抜き合いとかそういうのではなくて、必ずディーノに挿入してもらう事。
その場合ディーノは男の経験がないのだから、ツナが自分で尻の孔を解す、という事だ。
更に、なぜセックスをするのか、理由は絶対言ってはいけない。
「………」
どう言えばいいんだろう……。
「ツナ……?」
ディーノが心配そうに形の良い眉を寄せる。
ディーノに無用な心配はかけてはいけない。
ツナは決心して、ごそごそとポケットから用意してきたローションとコンドームを取り出すと、息を吸い込んで一気に言った。



「ディーノさん、オレと、コンドームつけてアナルセックスしてください!」








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