◇Vacation 1   







「おい、カス」
ある晴れた気持ちの良い初夏の午後。
任務も無事終了しのんびりと自室で休暇を満喫していたスクアーロの元に、突然ザンザスがやってきた。
「あ゛あ、なんだぁ?」
ヴァリアー幹部の居室は、アジトのある古城の一角のフロアに並んでいる。
スクアーロの部屋は南東の角で、ザンザスの居室は、ヴァリアーの長という事もあってセキュリティの関係上、同じフロアの中央だった。
そこからスクアーロの部屋まで、大した距離ではないが回廊が続く。
そこをわざわざザンザス自らが歩いて、スクアーロの部屋まで来るなど、まずない。
いつもなら、部屋でくつろいでいようが、シャワーを浴びていようが、寝ていようが呼び出しがあり、即座にザンザスの部屋まで赴かなければ殴られている所だ。
なので、スクアーロはだらしなくベッドに寝転んでぼんやり読んでいた雑誌をばさっとベッドに投げ捨てて、慌てて起きあがった。
「緊急の任務かぁ?」
俄に緊張してザンザスをじっと見据える。
が、ザンザスはわざわざスクアーロの部屋まで赴いたとは思えぬようなのんびりした調子で言った。
「綱吉から日本へ招待された。テメェも一緒に連れて行く。用意しとけ」
「あ゛ー?日本?」
「そうだ。言っておくが別に暗殺の任務があるわけじゃねぇ。綱吉がオレに相談してぇ事があるそうだ」
「……はぁ…」
「綱吉にはテメェを連れて行くとは言ってねぇが、テメェは勿論一緒に行くな?」
「あ、あぁ、勿論だぜぇ!」
当然だ。
ボスであるザンザスを独りで行動などさせるわけにいかない。
スクアーロはこくこくと頷いてベッドから飛び起きた。
「で、いつ出発するんだ?」
「明日だ。テメェも今日中に用意しとけ。つっても身体だけでいい。あとは何もいらねぇ」
「剣はどうする?」
「でけぇやつは駄目だ。なにもいらねぇ所だが、それじゃテメェが不安だろうからな、護身用の小さいのぐらいなら携帯していい」
「分かったぜぇ」
「じゃあな」
そう言ってザンザスはさっさと部屋を出て行ってしまった。
起きあがったスクアーロは、虚を突かれて頭をゴシゴシと掻いた。
「なんでぇ、そのぐらいの用事ならわざわざ来るこたねぇだろ…」
ぼそぼそと独り言を言って、ベッドに再び寝転がる。
銀髪がシーツに広がって滑り落ちるのをスクアーロはじっと見つめた。
ザンザスが部屋に来たので、微かに期待してしまった。
抱き締められて、……ベッドに押し倒されるのを…。
「ちっ、最近ご無沙汰だからなぁ…」
スクアーロは肩を竦めると、枕に顔を押しつけた。








リング争奪戦後、暫く療養を兼ねて謹慎していたザンザスとスクアーロだったが、それから数年経った現在は、イタリアで元のように活発に活動していた。
次期10代目に決定した沢田綱吉とも徐々に打ち解け、特にザンザスは、綱吉の事をリング争奪戦で反対に気に入ったようで、今では綱吉とはかなり懇意にしているといっても良かった。
ザンザスを10代目に、と信じていたスクアーロとしては複雑な心境だが、ザンザス自身が綱吉を信頼している様子なので、口は出さない。
それに、確かに綱吉は、外見に似合わずボスとしての資質があった。
ザンザスとは性格が違うものの、互いに相補う形の、よいコンビネーションがとれるかもしれない。
そんなわけで最近はスクアーロも綱吉の事をボスに相応しい、と認めていた。
「暑いぜぇ…」
イタリアから直行便に乗って成田空港に着く。
降りて数歩歩いただけで、むっとするような熱気が肌にまとわりついてきて、スクアーロは眉を顰めた。
「文句言うな。連れてきたやったんだ、有り難く思え」
「あ゛ー、そうだったなぁ…有難うよぉ…」
ボンゴレの送迎車にのり、高速を走る。
ザンザスは暑い中でも涼しげに深紅の瞳を細め、黒革張りのシートに優雅に背中を預けている。
仕方が無くスクアーロも押し黙った。
車は1時間程度走り、ゴシック調建築の壮麗なホテルのエントランスに横づけた。
スクアーロから先に降り、次にザンザスが降りる。
「こちらでございます」
あからじめ手配されていたようで、礼儀正しい初老の紳士が進み出て、二人を奥まった豪華なエレベータに案内した。
特別のゲストのみを運ぶエレベータだ。
それには地上50階以上の階数しかパネルがない。
そのパネルの最上階の部分が光り、シュン、と涼やかな音を立ててエレベータが見る見るうちに上がっていく。
物一つ落ちない滑らかさでエレベータが止まると、最上階の部屋の前だった。
フロア一つ全てが専用になっているらしい。
自分一人で任務に行くときなど、いつも粗末なホテルに泊まっているだけに、スクアーロは目を見張った。
ボンゴレがイタリアに所持するホテルにも勿論豪華で壮麗なものはあるが、さすがに近代的でこれだけ設備が整ったものはないかもしれない。
「おい、アホヅラ晒してんじゃねぇ」
ぼか、と頭を殴られて、スクアーロははっとした。
「お、おう……すまねぇ…」
ザンザスの後について部屋に入る。
入るとまずヴァリアーのアジトのような広く重厚な居間があり、落ち着いた茶色の布貼りのソファがいくつか置かれていた。
部屋の一方の壁にはカウンターがあり、ソファからもカウンタの椅子からも見えるような巨大スクリーンがもう片方の壁に配置されている。
30畳以上はあろうかという居間の向こうには寝室、それから外を見下ろせるバスルームも二つ。
さらに鹿脅しと水琴窟の音の響く箱庭のついた和室もあった。
ザンザスは堂々と入っていくが、スクアーロはやや気後れがしてザンザスの後に身体を縮めて続いた。
「久し振り、ザンザス!」
居間に入ると、シックなカーテンのかかった窓際に立っていた人物が振り返って弾んだ声を掛けてきた。
「綱吉か。あぁ、久し振りだな」
窓際には綱吉以外に、背の高い人物もいた。山本だった。
「元気そうで何よりだよっ!」
いかにも親密そうに駆け寄ってきて手を握る綱吉を見て、スクアーロはなんとも言えない微妙な気持ちになった。
「あれ、スクアーロもいるの?」
ザンザスの近くに来て初めて分かったのだろう。
綱吉がザンザスの後に隠れるようにひっそりと立っていたスクアーロを覗き込んだ。
「一人で来るって言ってたから、二人分用意してなかったけど、大丈夫?」
「気にするな。…コイツには特別の任務があるんでな」
「えっ……暗殺、とか困るよ!」
(任務だぁ…?)
綱吉も困惑の声を上げたが、スクアーロも首を傾げた。
今回は任務関係は何もないはずだったが。
そう言うからいつもの大剣も持参していない。
「スクアーロ、来てたのかっ、逢えて嬉しいのなー」
山本は暢気に声を掛けてくる。
「いや、暗殺とかじゃねぇ。安心しろ、綱吉。コイツの任務は性欲処理だ」
「………は?」
一瞬、ザンザスを除く3人の目が点になった。
「オレが何日も独りで夜を過ごせるはずがねぇだろ、綱吉」
ザンザスがにやっと笑って言う。
「日本じゃ好みの女を呼ぶってわけにもいかねぇしな…。だからコイツだ」
「へ、へぇ……」
「コイツは頭はイマイチだが、身体は最高にいい。いい声でなくし、感度も抜群だ。夜の相手には丁度いい」
「う゛、う゛お゛ぉい!何言ってやがる!!」
「ハッ、テメェを褒めてやったんだ。文句あるか?」
「あ、そ、そう……」
綱吉が頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。
スクアーロは唖然として綱吉と山本を見つめた。
綱吉は俯き、山本は興味津々といった様子で自分を見つめてくる。
山本の黒い眸がきらきらしている。
(この、クソボスがぁ!!)
ザンザスを睨むと、ザンザスは何処吹く風、と言った感じで平然としている。
スクアーロはがっくりと肩を落とした。






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