◇懲罰  1   








初めて日本に来た時は秋だった。それが既に冬になって寒風が吹きすさんでいる。
リング争奪戦で重症を負ったザンザスは、回復までに二月を要した。
その間、ボンゴレ日本支部の配下にある病院に隔離され、誰とも……ヴァリアーの誰とも会えなかった。
内臓全体が衰弱し、皮膚も自己移植を行う大がかりな治療だった。
そのお陰で身体的には以前とほぼ同じ状態にまで回復した。
ザンザスの病室は小さな窓に鉄格子がはまり、入口は二重のロックがかかっているものだった。
勿論、憤怒の炎を使えば、病院を抜け出る事などいとも容易い事ではあったが、ザンザスは病室での監禁状態を甘受した。
というのも、自分が何か更に事を起こせば、ヴァリアーの存続も、部下達の処遇も、どうなるか分からないからだった。
入院した時に言われた。
ザンザスの行動如何でヴァリアーの全てが決まる、と。
別にザンザスは自分自身はどうなっても良かった。
自分は10代目にはなれない。もう希望はない。
元々8年間も眠らされていたのであり、更に眠らされてもどうでもいいとも思った。
しかし、部下とヴァリアーの事は別だった。
自分が完全な敗北を喫した今となっては、せめて部下やヴァリアーだけは守りたかった。
それが自分に出来る最後の仕事なのではないか、とも思ったのだ。
だから、ザンザスは、自分にいかなる処分が下されようと、それを受け入れる事を決心していた。










「……は?」
「だから、処分はなしだそうです。ある条件を飲めばだって事なんだけど…」
数ヶ月ぶりに、ボンゴレの日本支部の入っているビルに連れてこられ、綱吉の前に立って本部よりの処分を聞いて、ザンザスは呆気に取られた。
綱吉は困惑したような、言いにくそうな雰囲気で、自分には不相応と言わんばかりに縮こまって重厚な椅子に座っていた。
「…何もねぇのか?」
「……あの、ディーノさんが来るから、ディーノさんから聞いてもらっていいですか…?」
「跳ね馬だと?」
「…も、もう来ると思うんで、宜しく」
そう言って気まずそうにそそくさと立ち上がる綱吉を、ザンザスは眉を寄せて見つめた。
綱吉に対して、既に思う所はない。
自分は完全に敗北した。この、頼りなさそうな少年に。
しかし、ディーノが自分の処分に登場してくるというのは予想外だった。
キャバッローネで働けと言うのだろうか。
「他のヤツは…どうなった…?」
「あ、うん……今のところ大丈夫…みたいです。えっと、ザンザスさんがディーノさんの出す条件飲めばって事みたいなんだけど」
「どうしてそこに跳ね馬が出てくる?」
「ごめんなさい。オレもよく分からないんですけど、ディーノさんには今回の事で随分ボンゴレが助けて貰ったみたいなんです。だから交換条件、みたいな感じで…」
「よっ、ツナ」
綱吉がぼそぼそと言い訳のように言っている所に、扉が開いてきらりとした金髪が輝いた。
爽やかな声と、人当たりの良い笑顔。
「ザンザス、元気そうじゃねぇか、安心したぜ」
にっこりと微笑みながら近寄ってくるディーノを、ザンザスは顔を顰めて眺めた。
「じゃあ、このままザンザス連れてっていいか、ツナ」
「あ、はい。お願いします…」
ツナがぺこりと頭を下げ、ザンザスにディーノと一緒に行ってくれ、というように上目遣いで見つめてくる。
キャバッローネで何があるのか。
しかし、ザンザスには選択権はなかった。
たとえどんな処遇を受けようと、甘んじて受けなければならない。
そうザンザスは覚悟していた。
無表情に頷くと、ザンザスはその部屋を後にした。










「荷物はもう積んであるから、一緒に来てくれるだけで大丈夫だぜ」
「………」
ビルの地下駐車場に大仰な車が止まっていた。
ディーノが近づくとキャバッローネファミリー構成員だろうが、礼儀正しい男がさっと車のドアを開ける。
促されて先にザンザスが座り、その後からディーノが座った。
車は高速道路を走り、程なくして空港へと到着する。
「……ここは?」
「あぁ、イタリアに帰るんだ。良かっただろ、イタリアに戻れて」
乗った飛行機の座席は勿論ファーストクラスだ。
豪奢な座席に腰を掛け、ザンザスは隣のディーノを深紅の瞳を眇めて観察した。
やはりイタリアに戻るのか。
向こうでキャバッローネの監視もしくは監禁の元に何か処罰があるのだろう。
自分の身柄はディーノに預けられた。
これからどうなるのか、…聞く事はザンザスのプライドが許さなかった。
しかし、ヴァリアーの他の面々の処遇については気になった。
彼らもイタリアに戻っているのか。
自分が戻るぐらいなのだから、もうとっくに戻っているかもしれない。
特にスクアーロ──…包帯でぐるぐるに巻かれた姿を思い出してザンザスは形の良い眉を顰めた。
スクアーロはどうしているだろうか。
自分に次いで罪が重いだろう、忠実な部下の事を思うと、プライドを捨てて聞いてみたい衝動に駆られる。
が、ついに言い出せないままにジェット機はイタリアに到着した。










到着すると空港にはキャバッローネの車が迎えに来ており、ザンザスはボンゴレ本部に向かう事無く、その車に乗らされてキャバッローネ本部へと向かった。
キャバッローネは風光明媚な観光地を本拠地とし、ファミリー内の結束も堅くマフィアとしては牧歌的な雰囲気も持つ。
が、その一面、ディーノがボスとなってからはめきめきと頭角を現して縄張りを広げ、政治にも食い込み、ボンゴレよりは格下ではあるが、今やかなりの勢力を誇っている。
その本部は一見長閑な古城だった。
古い石畳の街並みの外れに古色蒼然とした城が聳えており、街の中央のゴシック建築の教会と相俟ってイタリアならではの伝統を感じさせている。
が、中はボンゴレ本部同様最新鋭のセキュリティや防御措置が取られており、ザンザスとディーノを乗せた車も、城の背後から地下に潜り、厳重に守られた地下駐車場より直接エレベータで階上へと上がった。
さすがにここまで来れば、自分がどういう処分を受けたのか、分かりそうなものである。
しかし、ザンザスに対するキャバッローネ構成員の態度は丁重で客分の扱いであり、ザンザスは密かに困惑した。
エレベータを上がって城の最上部と思われる部屋へ入る。
と、そこには
「………ボスっ!!」
「……カス……」
意外な人物がいて、ザンザスは驚愕した。
その部屋は古城の尖塔の一つにあるようで、縦長の窓からは遙か空が見え、古く趣のある格調高い調度品が落ち着いた印象を与える、一流ホテルのような部屋だった。
細かい幾何学模様のついた深緑色のカバーの掛けられたベッドがあり、暖炉の上の飾り棚には大きなタペストリーが掛かっている。
その前に置かれたソファに、スクアーロが座っていた。
彼も驚いたのだろう、銀蒼の眸を見開いて、ザンザスを見上げてくる。
傷は…すっかり治ったようで白いシャツに黒いボトムというシンプルな服を身に纏っていたが、そこから見える肌に傷の跡はなかった。
顔の傷も綺麗に治っている。
ザンザスも深紅の両眼を見開いてスクアーロを見つめ、それから振り返って自分の後から部屋に入ってきたディーノを見た。
「跳ね馬、なんでボスがここに来てんだぁ?」
背後からスクアーロの声が聞こえた。
「ボスっ、ボスは大丈夫なのかぁ?」
「っと、スクアーロ、座ったままでいねーと駄目だぜ?」
「………?」
ディーノ言葉に不審に思ってスクアーロの方に視線を戻す。
スクアーロは眉を寄せてディーノを睨んでいた。
「あっ、ザンザス、スクアーロはオレが戻るまでここに一応監禁されてんたんだ。オレの命令には従ってもらうって事でな。まぁ、監禁っていっても普通に暮らしてたけどな」
「跳ね馬っ、今度はボスが監禁なのか?」
「……いや、違うぜ。スクアーロ」
ディーノがふっと微笑した。
「スクアーロ、お前は明日にはボンゴレ本部へ戻る事になる」
「じゃ、じゃぁ、ボスはやっぱりキャバッローネ預かりなのかぁ?」
「いや、……厳密には違うな…」
「……カス、余計な事言うんじゃねぇ」
「そ、そうは言ってもよぉ…やっとボスと逢えたってのに、アンタがどうなるか分からねぇのは不安だぁ!」
今まで堪えていたのだろう、スクアーロが座ったままで必死の形相でザンザスを見上げてきた。
「…ディーノ…オレはどうすればいいんだ?」
スクアーロに黙っているよう目で示すと、ザンザスはディーノに向き直った。
「ここで、何をするんだ?ここまで来たら教えろ」
「……スクアーロ、お前、鮫に食われた時、ザンザスが大笑いしたの、知ってるだろ?」
ザンザスの問いは無視し、不意にディーノがスクアーロに話しかけた。
「そ、それがどうしたぁ?オレがヘマしたんだからボスが笑うのは当然だぁ!」
「お前にはそうんだろうけどさ、……オレは我慢できなかったんだよな、スクアーロ」
ディーノが形の良い唇を上げてにっこりと笑った。
「オレはあのとき、ザンザスを殺してやりてーって思ったぐらいだぜ?」
「跳ね馬っ、テメェ!!」
「……ということは、オレをこれから殺すのか…?」
「いや、いくらなんでもボンゴレ9代目の息子を殺すわけにはいかねーだろ。たとえ実子でなくてもさ」
「テメェっ、それ以上しゃべるなぁ!」
スクアーロが激昂して立ち上がろうとする。
「そこから一歩でも動いたら、スクアーロ……ザンザスの処遇がどうなるか分かってんだろ?」
「………こ、このクソがぁ!!!」
スクアーロが顔を歪ませて、ソファの肘掛けを千切れるほど掴む。
「……で、どうするつもりだ……?」
激昂するスクアーロに比べ、ザンザスは冷静だった。
スクアーロが代わりに感情をむき出しにしているからかも知れない。
ディーノがザンザスの紅の瞳をじっと見つめ、それから微笑した。
「オレはお前の事が嫌いなんだ、ザンザス。以前からスクアーロに対する仕打ちにも我慢できなかったが、スクアーロが鮫に食われた時に笑ったお前を心底憎らしいと思った。お前は人間の屑だ。最低のヤツだ。ツナが勝って当然だ」
「……それで?」
ディーノが肩を竦めた。
「だから、お前の処分はオレにってボンゴレに頼み込んだんだ。勿論、殺すとかそういうのはできねーけどな?スクアーロも一時預かりで預かっていたが、お前と交換だからボンゴレに返す。スクアーロは元の任務に戻るだろうよ」
「………ならいい」
「へぇ、本当か?スクアーロがどうなってもお前は気にしねーんじゃねーのか?自分の事しか考えてねーんじゃねーのか、お前は」
「……テメェに何か言われる筋合いはねぇ」
「ま、いーけどな…」
ディーノが笑って壁際のスィッチを押した。
扉が開いて、部屋に見知らぬ男たちが入ってきた。
キャバッローネファミリーだろうが、年の頃は30代前後の屈強な男たちである。
4人が部屋に入ってきてディーノに挨拶をする。
「じゃあ、始めろ…」
そう言うとディーノはスクアーロの隣のソファに座った。
「おい、跳ね馬、何をっ!」
スクアーロが眦を吊り上げてディーノを睨む。
と、男の一人がスクアーロに近寄り、背後に立った。
「スクアーロ、少しでも動いたりしたらザンザスの処分が重くなるって分かってるよな。絶対動くな。一応後にオレの部下がついてるがこいつの手を煩わせたら終わりだぜ?」
「て、てめぇ……」
スクアーロがディーノの意図を図りかねて睨み付ける。
立ちつくしていたザンザスの傍にも男が3人寄ってきた。
ディーノが顎でやれ、とでもいうように指図する。
男たちが頷いてザンザスの腕を掴んだ。
「ザンザス、絶対抵抗すんなよ?ちょっとでも抵抗したり、逆らったら、ヴァリアーの存続はねぇからな?ボンゴレからオレは一任されてんだ」
リンチに掛けるつもりだろうか。
ザンザスは目を伏せ、ディーノとスクアーロから視線を逸らした。
自分の態度如何でヴァリアーがどうにかなる、というのなら、なんでもする。
それが今のザンザスの嘘偽りのない気持ちだった。
スクアーロの縋るような瞳が、残像になって目の裏に残る。
──と、突如、ザンザスはベッドに突き倒された。
男の一人がザンザスの着ていたシャツに手を掛け、びりっと勢い良く破る。
「…………!」
思わず紅の瞳を見開き、男を、更にその向こうのディーノとスクアーロを見る。
残りの二人が着衣を脱ぎ始めた。
屈強な逞しい身体が露わになり、ボディビルでもやっているかのような筋肉の盛り上がったそれを惜しげもなく見せつける。
「は、跳ね馬っ、テメェっ、ボスに何をするんだぁ……!!!」
「何って、見れば分かるだろ?」
スクアーロの絶叫にディーノが端正な唇を形良く釣り上げて微笑んだ。
「これから、ザンザスはオレたちの目の前で陵辱されるんだ。オレの目の前で、アイツがいいようにやられて、プライドも何もかもなくして生き恥を晒す…。まぁ、それだけだから…なんてことない軽い処分だろう?」









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