◇支配する快感-2- 1  






最近、獄寺君は機嫌がいい。
それというのも、オレがよく放課後に獄寺君のマンションに行って一緒に勉強するからだ。
ああもっとも勉強するって言ってもオレは勉強を教えてもらう方で、一緒に教え合うわけじゃないんだけどね。
獄寺君って憎らしいほどに勉強ができる。
イタリア語や英語もぺらぺらな上に日本語も、
それだけじゃなくて全ての教科において優秀。
人間って本当不平等に作られているようなって思わせられる典型だね。
頭もいい、顔もいい、綺麗で格好いい、お金持ちの家に生まれてるって三拍子どころかもっと揃ってる。
もっとも本人はどう思ってるか分からないけど、家族関係複雑そうだし。
でもまぁ、そういうのは置いといて、オレ達は今日も獄寺君の部屋に行った。
獄寺君のマンションはボンゴレファミリーが用意してくれたみたいで、中学生一人が住むには不釣り合いに大きくてお洒落なワンルームマンションだ。
獄寺君自体綺麗に住むのが好きらしく、掃除の嫌いなオレとは正反対。
一人暮らしでもすっきりと暮らしてる。
部屋に入ってすぐの壁際にベッドが置かれていて、大きな窓の所にふかふかの絨毯とテーブルがある。
最初は向かい合って座っていたけど、勉強教えてもらうのに何かと不便だから、同じ向きに二人で並んで座る事にした。
獄寺君は頬を赤らめて嬉しそうにしていた。
ほんの些細な事でも、オレの事になると、獄寺君は本当に嬉しそうにする。
そんなにオレの事で喜んで、いいの?
喜べば喜ぶほど、オレが冷たくした時に落ち込むくせにね。
君の感情は、オレが全部支配してる。
頭が良くて、格好良くて綺麗でなんでもできる君が…。
オエが死ねって言えば、君は死ぬんだろうね、獄寺君。
オレのためならなんでもするんだろうね、獄寺君。









「どうっすか、十代目、分かりましたか?」
「え、あ、うん……ちょっと難しいかなぁ…」
「だったら、こういう風に考えてみたらどうすかね…。ここに線を引いて…AとBじゃなくてAとCの間に線を引くんすよ」
「…獄寺君」
数学の問題を一生懸命オレに分からせようと悪戦苦闘する獄寺君の言葉を、オレは遮った。
「…はい?」
獄寺君がノートに向けていた灰翠色の瞳をオレに向けてくる。
透き通っていて思わず見とれてしまう、綺麗な瞳。
こんなに美しく造形された人間を、オレは見た事がないよ。獄寺君。
君の日の光に煌めく銀色の髪。
緑色でまるで宝石みたいな瞳。
女の子みたいに長い睫。白い頬。
まるで天使のようだね。
背中に羽根があったら、そのまま天使になれそう。
でも、君はオレにつかまった堕天使か。
…もう、天国へは二度と返してあげないからね?
君は、オレのもの。
オレが君を捕まえて汚して、オレの色に染めてあげる……。
「獄寺君ってさ、ホントモテモテだよね?」
オレは数学の教科書をぱたんと閉じながら言った。
「は?…モテモテって…ンな事ないっすよ。十代目こそ、笹川がいるじゃないっすか。それにハルも。モテモテは十代目っすよ」
本当にそう思って力説してくるから、困るよ、君って。
オレは肩を竦めて苦笑した。
「君の事を見てクラスの女の子たちがいつも騒いでるの知ってるでしょ、獄寺君。他のクラスの女子まで君の事見に来るしさ」
「…面白がってるだけっすよ。うざいっすよね、ああいうの」
うざいとか平気で言える所が獄寺君だよ。
オレだったら純粋に嬉しくなっちゃうと思うなぁ
「…十代目がその気になればいくらでもっすよ!」
だからさ、そう力説されても、皮肉にしか聞こえないんだって。
モテる君に、オレの気持ちが分かるわけないよ。
「獄寺君、イタリアでもモテモテだったんじゃない?オレなんか女の子と付き合ったこともないけど、君ってすっかり大人って感じだもんね」
「ンな事ないっす。十代目の方が大人っすよ」
「そういう意味の大人じゃないってば。獄寺君、もう経験あるんでしょ?…その辺教えてよ?」
「十代目……」
獄寺君が困ったように視線を泳がせて、瞬きした。
獄寺君みたいに綺麗でイタリア育ちだったら、どう考えてももう経験済みだろうけどね。
そういうの、どうも言いたくないみたいだなあ…オレに気兼ねしてるのかな?
──ムカつく。
獄寺君はオレの言いなりのくせして、オレを下に見てるみたいなのが気に入らない。
どうせオレがモテないって分かってるんだろ?ホントは。
「オレだって中学生だし……ちょっと知りたいんだけど、教えてくれない?」
「……十代目……その、十代目もそういう事、したいんすか?」
獄寺君が眉間に皺を寄せて言いにくそうに聞いてきた。
オレの事、なんだと思ってるんだろ。
聖人君子じゃないんだよ、ただの中学生の男子なのにね。
「そりゃ、興味あるよ。だってしたことないし、全然知らないから」
オレが全然知らない、と言った途端、獄寺君がほっと息を吐いた。
知らないってのが獄寺君的にはほっとしたみたいだ。
やっぱり気に入らない。
獄寺君は何でも知ってるくせに。
オレが純粋無垢なのがいいんだろ、獄寺君は。
獄寺君の理想のボスにふさわしく、その辺の人間と同じ事とか考えてないような、理想的な人間がいいんだろ?
勝手に理想押しつけられても困るんだよね。
君の理想は結構だけど、オレは君に迎合するつもりなんかこれっぽっちもないんだからね。
「獄寺君は…したことあるんでしょ?」
「………十代目…」
獄寺君が眉間に皺を寄せて俯いた。
嘘は吐けないみたいだね。
「どのぐらいあるの?…すっごく経験豊富そうだよね…」
「十代目、……十代目がそういう話するの、似合わないっす…」
似合わないって言われて、オレは更にむかついた。
それって、オレの事バカにしてない?
獄寺君のくせに。
…オレに何されても喜ぶ君のくせに。
心の奥底に、どす黒い何かが湧き上がってくる。
困惑して俯いている獄寺君のきらきら輝いている綺麗な銀色の髪とか、さらりと流れ落ちて見える白い項とか。
本当に綺麗だから、綺麗だからこそ、憎らしくなる。
汚したくなる。
……君がオレの事、そうしたんだよ?
「オレだって普通に男の子だし。…ねぇ、獄寺君、……教えてよ?」
「……教えるって……何をっすか?」
眉間に更に皺が寄っている。
困惑した灰翠色のくるりとした眸がオレを見つめてくる。
「獄寺君は、オレの何?」
「オレは十代目の右腕っす」
「右腕って事はオレの事補佐してくれるんだよね。掛け替えのない存在だよね?」
「勿論っす!」
オレの言葉が嬉しかったのか、獄寺君が顔をほころばせた。
笑うと獄寺君は本当に綺麗だ。思わず見とれてしまうほど。
見とれてしまう自分が憎らしくて、悔しくなるほど。
「じゃあ、オレのお願い、聞いてくれるよね?なんでも聞いてくれるんでしょ、獄寺君は」
「勿論っす!」
語るに落ちるってやつ?
獄寺君って頭いいくせに、オレの事になると、どっか脳細胞壊れるみたいだね。
「じゃあ、教えてよ…って言っても女の子もいないし…そうだ、獄寺君、オレの前で独りでやってみせて?」
「……は?」
獄寺君がぱちぱちと瞬きした。
「だから、獄寺君のやり方、見てみたいんだよね…。見せてよ?」
「見せるって…何をっすか?」
「マスターベーション……ってイタリア語でどういうのかなぁ」








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