◇Irritazione 2   








次にスクアーロがザンザスのそのような姿を見たのはそれから数日後だった。
その間ザンザスは、この間の夕刻の事などまるで夢ででもあったかの如く、あの淫靡な雰囲気など微塵もなかった。
傲岸で不遜で自信に満ち、周囲を睥睨するザンザスに、スクアーロは密かに心中安堵した。
……そうだ。
このザンザスこそが、常の彼だ。
あの時の光景は───あれは何かの気の迷いだ。
そうに違いない。
無理矢理にもそう思いこもうとしていた。
一度だけなら思いこむのも成功していたかも知れない。
──なのに。
その日もスクアーロは一人、古城の奥まった庭で剣を振るっていた。
先日の場所とは意図的に違う場所を選んだ。
更には、日の高い間に終わらせて、暗くなったらさっさと自室へ戻ろうと思っていた。
それなのに。
夕刻の涼やかな風に、思う存分剣を振るって心地良く疲労した身体が、誰もいない事も相俟って眠りへとスクアーロを誘った。
スクアーロはいつの間にか庭の鬱蒼と繁った茂みに隠れるように身体を横たえて、眠っていた。
はっと気が付いたのは、スクアーロ自身の、眠っていても他人の気配を感じると覚醒する、暗殺者としての鋭い感覚のせいだった。
スクアーロの横たわっていた草むらから見える、古いテラス。
1階部分故に庭にすぐに出られるそこは開放的なテラスになっており、古錆びたソファとテーブルが置かれていた。
既に時刻は遅く、どうやら夜もかなり過ぎた頃のようだった。
月明かりが皓々とテラスを照らし、庭に面して置かれた三人掛けの大きな木のチェアに、ザンザスがいた。
ザンザスを認めて、スクアーロは瞬時緊張した。
息をできるだけ殺し全身の気配を消して、スクアーロはひっそりとテラスを窺った。
その部屋は……というよりは、古城のその一角は誰も使っていない場所のようだった。
が、ヴァリアーのアジトとして使用されている城であるから、勿論ザンザスは出入り自由なのだろう。
ごつごつとした堅い木の椅子は痛くないのか、それは分からなかったが、ザンザスはそこに仰向けに横たわり、片足を椅子の背にかけて、もう片方の足を床に落としていた。
大きく広げた両脚の間に、……今度はスクアーロも見知った男が蠢いていた。
ヴァリアーの中では幹部に次ぐ地位にいる、剣帝の直属の部下だった男だ。
年の頃は30過ぎ。
スクアーロが剣帝テュールを倒してからは、直接ザンザスの元で働いている男だ。
何度か会った事がある。
武闘派の自分などとは違って、頭脳戦を得意とするような、そんな、自分とは肌の合わないタイプだった。
だが、がっしりとした体格で、確か拳銃の腕が素晴らしい、とは聞いた事がある。
その男が、ザンザスの脚の間で、激しく動いていた。
「ッ、……く…ッッ…ハッ…」
熱を孕んだ、甘く低い喘ぎ。
ザンザスの腕が、男の首にかかる。
顎を仰け反らせ、背中を撓らせて、男と下半身とぴたりと密着させ、男の動きに合わせて腰を振っている。
瞬きするのも忘れて、スクアーロはその光景に見入った。
男が腰を動かすたび、ぐちゅっという粘った淫靡な音が響いてくる。
「っあ……ハッ……も、っと、動けッッ……」
苦しげで、それでいて脳髄を溶かすような、色気を含んだ低く甘い声。
スクアーロは息を呑んだ。
胸が苦しい。
息を詰めているせいで、呼吸ができず、かといって息を吸おうとするとその音がザンザスに聞こえてしまうのではないか、と恐ろしくなる。
「イイですか…?」
男の密やかなテノールの声に、ザンザスが気怠げに頭を動かし、唇を吊り上げ微かに笑ったのが見えた。
瞬時、かぁっと体内が熱くなった。
思わず息を吸い込んでしまい、慌ててスクアーロは途中で息を止めた。
「ハッ、あ、……イ、イイ……ッ…もっと、来い、ッッ」
男の動きが激しさを増す。
粘膜同士が擦れ合う、表現しようのない湿った水音が、スクアーロの鼓膜を直撃する。
「う、ぁああ…ッッッ!」
ザンザスの掠れた叫びに、隠しようのない悦楽が混ざっている。
二人は激しく動いたかと思うと、ぴたりと動きを止めた。
ザンザスがだらりと身体を弛緩させ、チェアに身体を投げ出した。
大きく開かれた素足が月の光に照らされて、白く輝いてスクアーロの目を射る。
やがて、男がゆっくりとザンザスから離れ、一礼をしてテラスから部屋の方へと去っていった。
テラスにはザンザスだけが残される。
ザンザスは、片足をチェアの背凭れに掛け、股間を大きく晒したあられもない格好のままだった。
庭の片隅に隠れているスクアーロの目にも、ザンザスの開いた脚の間の、月の光を受けて黒々と濡れ光る陰毛と、その中心で白い液体にまみれた男根が垣間見えた。
電撃がぞくりと背筋を走り抜け、スクアーロは無意識にぎゅっと眉根を寄せた。
下半身が、痛いぐらいに勃起していた。
唇を噛み締め、押し寄せてくる興奮に耐える。
自分の心臓の鼓動が、ザンザスにまで漏れ聞こえそうだった。
暫く寝そべったままだったザンザスが、上体を起こした。
気怠げに黒髪を掻き上げ、頭を振る。
濡れた肉厚の紅い唇が光り、潤んだ深紅の瞳まで見えた。
昼間のザンザスとは、まるで別人のようだった。
情欲に濡れた赤い瞳は蠱惑的で、肉厚の唇は半開きになって恐ろしいほどに淫猥だった。
いけないものを見たような気がして、スクアーロはさっと視線を逸らした。
が、見ずにはいられなかった。
心臓が破れそうに拍動し、股間は更に熱くなった。
視線を戻すと、ザンザスは裸のまま立ち上がるところだった。
はだけたシャツ。
何も穿いていない下半身。
後ろを向いて部屋へ戻るザンザスの、引き締まった形の良い尻が、月の光を浴びてよく見えた。
スクアーロはじっとその白く光る尻を見つめた。
ザンザスがいなくなっても、一点を見つめたままで動けなかった。
瞬きも、何もできなかった。
息詰まるような沈黙の中、自分の鼓動だけががんがんと脳裏に響いていた。










それから、スクアーロは独りで隠れて剣を振るうのを辞めた。
剣の稽古をするときは、それ相応の場所を借り切る事にした。
大仰な事は嫌いで、他人に見られるのも嫌で、だからこそ、いつも隠れて剣の稽古をしていたのだが、それもやめた。
ヴァリアー内の他の隊員達の話も、それとなく注意して耳に入れるようにした。
例えば、古城内でも下っ端しか行かないような談話室に行って、目立たないように片隅で独り酒を飲んでみたり。
また、自分がまだ少年でヴァリアーに入隊して間もない事を利用して、何気ない風を装ってザンザス付きの使用人たちが暇を潰す厨房に入っていったり。
そうしてスクアーロは、ザンザスの新たな一面を知った。
それも、何気ない、しかし決して表立って話されない噂話から。
その口さがない話からすると、ザンザスは、──どうやら、見境無く誰とでも身体を重ねているようだった。
それも、女ではなく、男と。
たまに、ではなく、下手をすると毎日かも知れなかった。
「あの方の身体は、すげぇからな」
「なんだ、おまえ、抱いたことあるのか?」
「いやぁ、オレみてぇな下っ端なんざ相手にしてくれねぇが、上の方のヤツから自慢話みてぇに聞かされたのよ」
「へぇ……そりゃ、オレ達も一度は味わってみてぇもんだぜ」
「ははっ、無理だろうよ…。満足させられなかったら、殺されちまうぜ、あの炎で」
「っと、そりゃ勘弁だな。怖くてナニも勃たねぇ」
などと密やかに、しかし事実だろうと思われる内容を、スクアーロは一言一句聞き漏らさないように聞いた。
───自分の目で、確かに見た。
ザンザスが、男に貫かれて喘いでいる所を。
彼の忘我の表情を。
淫靡な痴態を。
暗がりの中で、彼が悦楽に浸っている所を。
湿った結合部分の音まで。
まさか、ザンザスがそんな性癖を持っていたとは。
いや、別に彼がどんな性癖を持っていようと、それと、スクアーロがザンザスを自分の主として崇める事とは全く関係がない。
スクアーロはザンザスの憤怒の炎に、憤怒のカリスマに惹かれたのだから。
彼がたとえ、…よしんば死体性愛者であったとしても、そんな事で、ザンザスのカリスマ性が損なわれる事はない。
──それは、理性では当然の事であって、なんら異論を差し挟む余地のないものであった。
が、そうは思っても、スクアーロの感情は内心激しく揺れ動いていた。
今まで自分が関係を持った女性達を思い出す。
どの女性も…最も多くは年上で経験豊富な娼婦であったが…スクアーロに優しく接してくれ、その思い出は心地良く楽しいものだった。
セックスは嫌いではなく、むしろ好きな方だ。
女のふくよかな胸に顔を押し当て、包まれ、導かれる絶頂のエクスタシーを思い浮かべる。
……が。
「クソ……」
スクアーロは自室の簡易なベッドにごろりと横になった。
古城の縦長の格子窓にかかった重厚なカーテンの隙間から、月の光が、窓枠を床に映して入り込んでいた。
今まで自分がセックスだと思っていたものが……根本から覆されたような気持ちだった。
あの、深紅の瞳を欲情に光らせ、肉厚の唇を半開きにし、熱に浮かされたような表情をして悦楽に浸っているザンザスは。
スクアーロが今まで接したどのような相手とも違う。
比べものになどならない。
大きく開かれた脚の間の、ザンザスの性器……白濁にまみれた股間。
引き締まった形の良い尻。
それらを思い浮かべると、ドクン、と心臓が胸から飛び出しそうになる。
ぞくぞくと背筋を何かが走り抜けて、思わずスクアーロは呻いた。
下半身が、熱い。
息が、苦しい。
今まで感じた事の無いような、出口の見えない興奮が体内を犯してくる。
ザンザスの喘ぎ声が、脳内に木霊する。
低く掠れた、一度聞いたら忘れられない、名状しがたい色気を含んだ声。
彼はあのような声を、あのあられもない肢体を、毎夜誰かに晒しているのか。
男のものを受け入れて、赤い瞳を情欲に潤ませて──。
ザンザスの恩恵に浴している男たちが、たまらなく羨ましかった。
あの深紅の潤んだ瞳で見つめられ、あの声を耳許で紡がれて、あの……引き締まった身体の中に入って……そして、内部へ自分の欲望を叩きつける事の出来る男たちが。
身体を震わせて、スクアーロは堅く目を閉じた。
───そうだ。
相手の男が羨ましい。
自分が、……ザンザスの相手になりたい。
ザンザスを組み敷き、脚を開かせ、あの赤い瞳で見つめられて、……あの身体を貪りたい。
間近で匂いを嗅ぎ、声を聞き、繋がってザンザスを自分のものにしたい。
「ハッ……何考えてるんだぁ…」
わざとらしく自重して頭を振ったが、その欲望は決して消えなかった。
いや、消えるどころか、ますます脳内を支配した。
ザンザスが欲しい。
抱きたい。
自分の身体の下で喘がせ、あの壮絶なまでの色気のある表情を間近に見てみたい。
眩暈がした。
堪えきれず、スクアーロは乱暴にズボンを引き下ろし、既に想像だけで堅く張り詰めていたペニスを掴んで扱いた。
数回扱いただけで、あっと言う間に絶頂が押し寄せ、白濁が指を濡らす。
特有の匂いが立ち上ってスクアーロは顔を顰めた。
汚いものにでも触れたように顔を背け、舌打ちして、スクアーロは白濁を乱暴に拭き取った。








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