◇Irritazione 3   








「何か用か…?」

夜中。
ヴァリアーは深夜に活動する事が多く、実働部隊は夕方から任務に就く。
が、実働部隊ではない、長のザンザスは、午前中から夕刻にかけて執務をするのが普通だった。
とは言っても任務終了の報告を聞くために、執務室に夜遅くまで残っている事も多い。
夕食を摂り、一端部屋に戻ったのちにまた執務室へ戻ってくる事も多かった。
ザンザスの居室は、執務室の奧の扉から直接行けるように繋がっており、それはザンザスのみの専用で他の誰も通らない扉である。
今日もいつものように一度夕食を摂りに執務室を出て食事をし、自分の部屋でシャワーを浴びて少し休んでから、ザンザスは再び執務室へと戻ってきた。
ヴァリアーは暗殺部隊ではあるが、暗殺のみならず、マフィア関係及び闇経済の情報収集等も幅広く行っている。
時事関係や世界情勢に至るまで素早く把握しておかなければならない立場として、ザンザスは下部から上げられてくるデータや情報を理解するのに忙しかった。
大抵はそういう業務に特化した精鋭部隊が責任を持って事に当たるのであるが、ザンザスもその全てに目を通しておかなければならない。
その日も、重厚な机の上に最新型のパソコンを開いて画面を見ていたザンザスの元に、夜中近くになってから、来る予定のない人物がやってきた。
銀色の短い髪を揺らし、正面の重い扉をギィ、と軋ませて入ってくる。
顔を上げてザンザスは眉を顰めた。
スクアーロだった。
ここ数日、スクアーロの姿をあまり見ていなかった事に、ザンザスはその時気が付いた。
それまでは煩いぐらいに自分にまとわりついては、剣技についてだとか、ヴァリアーの仕事について遠慮会釈もなく話しかけてきていたのに。
ふと気になってスクアーロをまじまじと見つめてみる。
すると彼が今までになかった雰囲気を身に纏っている事に気が付いて、ザンザスは眉を顰めた。
こちらを観察するような、窺うような暗い銀色の瞳。
何か言いたそうで、しかし決して口を開きそうにない沈黙。
「……なんだ?」
暗殺の任務をしてきても、今までこんな風に陰湿な雰囲気を湛えていた事がなかっただけに、ザンザスは眉間の皺を深めた。
「用がねぇなら出て行け」
「…ザンザス…」
一オクターブは低い、思い詰めたような声に、ザンザスは深紅の瞳を眇めてスクアーロを見た。
やはりいつもと明らかに様子が違う。
こんな声を出すヤツではなかったはず。
眉を寄せたまま見つめていると、スクアーロがふらり、とザンザスの座る机に近寄ってきた。
「今日は、誰ともやらねぇのか…?」
「………」
「いっつも誰かとやってんだろう、ボス…」
さすがに虚を突かれ、ザンザスは一瞬紅の瞳を見張った。
言葉の意味が分からないわけではなかったが、スクアーロがそういう事を言い出してくるとは微塵も想像していなかった。
そんな事は彼の興味を惹く事柄ではないはず。
剣技を磨き、自分に忠誠を誓う事のみが彼の興味の対象だと思っていたのだ。
「…テメェには関係ねぇだろ…」
個人的な領域にまで入り込んでこられたのが不愉快だった。
赤い瞳を眇めて睨み付ける。
しかしスクアーロは怯まなかった。
鈍い銀色に光る瞳を逸らさない。
ぎろりとその瞳が光る。
「気持ちいいのかよぉ、ボス」
「テメェに話す必要はねぇ。うせろ」
これ以上不愉快な会話を続けるつもりはなかった。
ソファから立ち上がりさっと身を翻して執務室の奧、自室へと繋がる扉へ向かおうとすると、素早くスクアーロが道をふさいだ。
立ちふさがってくる銀色の頭に拳を振り上げ、同時に蹴り上げる。
しかしスクアーロも予想していたらしく、さっと避けて身を屈めると、反対にザンザスに身体ごとぶつけてきた。
スクアーロが反撃に出るとは思っていなかったため、一瞬防御が遅れた。
体重を掛けてぶつかられて蹌踉け、蹴り上げた足を掴まれる。
そのまま絨毯の上に倒れると、上からスクアーロがのし掛かってきた。
「テメェ、殺されてぇのかっ」
「ザンザスッッ」
頭に血が上り、右手に熱が集まる。
しかし、憤怒の炎を出すよりも速く、スクアーロがザンザスの股間を乱暴に握りしめてきたので、ザンザスは驚愕した。
まさか、そんな行動に出るとは、全く予想もしていない事だった。
思わずスクアーロを見上げると、彼は銀蒼の眸をぎらつかせてザンザスを射抜くように見つめていた。
その眸の奧に、ザンザスが今まで数限りなく寝てきた男たちと同じ情欲の色を見て取って、ザンザスは愕然とした。
なぜ、スクアーロが。
つい先日まで、そんな素振りなど微塵も見せなかったコイツが。
剣技を磨く事だけしか頭の中になかったような子供が。
それなのに、今、ザンザスにのし掛かっている彼は、全身から欲情のオーラを立ち上らせていた。
「……うっ……」
握りしめられた股間が疼いて、ザンザスはくぐもった声を漏らした。
刺激に慣れきった身体は、下半身からの快感をいとも簡単に全身に広げる。
それがたとえ、どんな人間からのものであっても、スクアーロであっても、物理的な刺激は刺激だった。
ぞくりと甘い戦慄が背筋を駆け抜け、セックスによる悦楽をよく知った身体は瞬く間に熱くなってくる。
握りしめられたペニスに血液が流れ込み、海綿体が忽ち充血して堅くなる。
敏感になったそこから尾てい骨を通り、脳髄までダイレクトに快感が伝わり、ザンザスは眉を顰め瞳を閉じた。
「ははッ、アンタ、やっぱり誰でもいいのかよぉ」
こんなスクアーロの声は聞いた事がなかった。
暗く、湿った、情欲にまみれた下卑た声。
この間まで、明るく少年らしく、悪く言えば単純な、何も知らない子供のようであったのに。
──どうしてスクアーロが…。
ザンザスは困惑した。
困惑すると同時に、スクアーロなどに身体を弄られてたまるか、という気持ちと、しかし物理的な刺激に身体が疼いてどうしようもなく熱くなり、その快感を求める気持ちとが脳内でせめぎあった。
握られたペニスはすっかり勃起し、そこだけでは物足りない、とザンザスの脳に訴えかけてくる。
自分よりも体格の小さいスクアーロなど、その気になればすぐに蹴り飛ばして身体を離す事など造作もないことなのに、それができない。
「ボス…」
低く、欲情に濡れた声。
ぞくりと背筋が粟立って、ザンザスは息を詰めた。
閉じていた瞳を開き、身体の上のスクアーロをじっと見上げると、スクアーロが視線を逸らさずにザンザスを見返してきた。
「ボスはいつもやってんだろぉ……オレにもやらせろぉ…」
どこでそんな情報を仕入れてきたのか。
いや考えてみたら、自分は見境無しに男を誘い、くわえ込み、誘惑してきた。
ザンザスにとって、セックスは……一瞬でも忘我の状態に浸る事の出来る麻薬のようなモノだった。
憤り。憤怒。苛立ち。
実父だと思っていた老人に嘘を吐かれていた事を知ったときの絶望。
自分の不安定な立場。
常に気を張って、他人の前ではほんの少しも油断の出来ない自分の地位。
そんなものを一時全て忘れさせてくれる───それがセックスだった。
男のモノを体内に受け入れる時の甘い衝撃。
全身がとろけて、脳内が快感に侵される歓喜。
自分の誘いにいとも簡単に乗っては、無防備に秘所を晒し、間抜けな顔を晒してイく男たち。
内心それをあざ笑いながら、快楽に浸る自分。
……スクアーロも。
スクアーロのその一人に入るのか。
この、自分に左腕をささげ、命も掛けると誓った、唯一の存在が。



「……好きにしろ…」
不意にどうしようもない虚しさと悲しみが襲ってきて、ザンザスは身体の力を抜いた。








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