◇お正月 1   








「はー……」
今日何度目になるか分からない溜息。
綱吉は頬杖を突いて顔を力無く振った。
12月31日。大晦日。
いつもなら、沢田家では母が作ってくれた年越し蕎麦を食べ、のんびりと紅白歌合戦を見て、次の日の元日は雑煮とお節を食べて初詣に行く、というのが恒例である。
綱吉が高校生になって初めてのその年も、そうなるはずだった。
──ところが。
「あ゛ーツナヨシかぁ?明日日本へ行くからなぁ、テメェんちに泊まるから宜しく頼むぜぇ!」
と突然不躾な国際電話が昨日あったのだ。
イタリアからの電話という事でもしや9代目から、と緊張して受けた綱吉だったが、出てきた相手の声の大きさにまず耳ががんがんしてしまった。(まぁ一発で誰か分かったが)
それから言われた言葉の意味を考えるのに少し時間を要した。
「……え、ええー!」
意味を理解してやっと驚くと、電話の向こうで呆れたような声がした。
「あ゛ぁー、不満かぁ!」
ドスの利いた声にうっと詰まる。思わず電話を持ったまま後ずさりする。
「い、いえそんな……」
「じゃー決まりなぁ!うちのボスさんが一度日本の正月見てみてぇっていうからよぉ!オレぁ去年ヤマモトの所に遊びにいって見てんだろ、それ自慢したらボスさん悔しかったようでなぁ。ってわけで明日ボスとオレで行くからなぁ。2日に帰っからまー少しの間宜しく頼むぜぇ」
「ちょ、ちょっと待ってて、ザンザスも来るのー!?」
更に驚愕して綱吉の声も大きくなった。
それは困る。
スクアーロだけならまだしも(それでもまぁ突然で困ると言えば困るが、スクアーロはどちらかというと綱吉にとっては怖くないほうだった)、そこにザンザスがついてくるとか。
……絶対無理!
怖くて正月じゃなくなっちゃうよ!
と思ったが時既に遅し、電話は切れていた。
「はー……もう……」
「あら、つっくん、イタリアからお友達が来るのね!」
電話の声を聞いていた奈々が弾んだ声を出した。
「ランボちゃんもビアンキさんもちょうどイタリアに戻っちゃっていないから寂しかったのよね。お蕎麦とお雑煮の準備、がんばらなくっちゃ!」
とウキウキしている母を見ると、
『いやあの、すっごく怖い人たち来ますからー』、とも言えなくなる。
「男の人が二人来るよ……お布団用意しておいてね…」
「男の子なのね!じゃあ、食べ物もいっぱい用意しなくちゃね!お部屋はビアンキさんが今いないからビアンキさんが泊まってる部屋にしましょうね!」
るんるんとしている母を脇目に、綱吉はしおしおと自室へ戻っていった。










そんなわけで憂鬱に過ごしていた所に、
「う゛お゛おぃ、ツナヨシぃ!いるかぁ!!」
大音響が響いて、とうとう二人が到着したのだった。
びくっとして自室から階段を駆け下りて玄関に向かうと、玄関に黒いスーツの派手な外人が二人立っていた。
一人は銀色の髪を靡かせて大きく脚を広げて仁王立ち。
もう一人は黒髪に極彩色の派手な髪飾りを揺らし、不機嫌そうに腕を組んで眼光鋭く睨み付けている。
(うわぁ……すっごい違和感…)
和風の玄関に似合わない事甚だしい。
「ツナヨシぃ、宜しくなぁ!」
どさ、とバッグを玄関に投げ出しながら、スクアーロが豪快に話しかけてきた。
どうやら空港からこの家までタクシーで来たらしい。
中年の人の良さそうなタクシーの運転手が二人の背後から恐る恐る綱吉を窺っていた。
「あの、料金こっちの方が支払ってくれるって事で」
「えー!無賃乗車してきたの?」
「あー、急に来たからよぉ、日本の金持ってねぇんだぁ。あとでユーロで返すから払っといてくれぇ!」
「………」
成田空港からだから途轍もない料金だった。
母に出して貰うわけにも行かず、綱吉は自分が小遣いを地味に溜めてきた小金を部屋に戻って全部取りだした。
それでも少し足りなかったが、なんとか負けてもらった。
「わりぃなー、まぁ後で返すからなぁ!っと、上がらせてもらうぜぇ!う゛お゛おぃ、ボスさん、靴はちゃんと脱げぇえ!」
ザンザスがむすっとして靴のまま上がろうとしたのをスクアーロが止める。
「ほら、ここに座れぇ」
示されて、玄関の上がり口にどかりと腰を下ろしたザンザスの靴を、スクアーロが丁寧に脱がす。
「あら、お友達いらっしゃったのね、こんにちは」
奈々がにこにこして出てきた。
「う゛お゛おぃ、奥さん、泊まらせてもらうぜぇ?」
「どうぞどうぞ。まぁ元気な子ねぇ」
(子って年じゃないと思うけどね…)
はぁ、と溜息を吐いて綱吉は母が上機嫌で二人を部屋へ案内するのを見送った。










二人が部屋へ行った後暫く玄関に佇んで様子を窺い、とりあえず落ち着いたようなのでおずおずと部屋を見に行くと……。
八畳の客間の中央に座布団を枕にし、ザンザスがシャツ姿で寝転んでいた。
隣でスクアーロがザンザスの着てきたスーツの上着をハンガーに掛けている。
ザンザスが横になったままじろりと自分を見上げてきたので、綱吉は引きつった笑顔を浮かべた。
「あ、あの…こんにちは…」
「ツナヨシか。明日はハツモーデに行くぞ。テメェも一緒だ、いいな?」
「え、ええっ……って、ホントに初詣行くの……?」
「あぁ゛、行くぜぇ!ボスさんすげぇ興味津々なんだぁ。オミクジ引きてぇんだよなぁ?」
ザンザスが鷹揚に頷く。
(うわぁ、なんか違和感バリバリ……)
この二人が神社に行ってお神籤を引くのか…。
非常にその場の雰囲気に合わないと思う。
(……っていうか、周りの人に迷惑かけたらどうしよう…。あ、山本誘って良いかな……)
「あの、山本も一緒に行ってもらってもいい?」
綱吉はおずおずと聞いてみた。
「あ゛ー、ヤマモトかぁ!逢いてぇなぁ!じゃあ、明日一緒にハツモーデだぁ!」
一人では心許ない。
スクアーロが親密にしている山本が同行すれば、少しはましかもしれない。
早速山本に電話をすると、
「お、スクアーロ来てんのか!そりゃ勿論絶対行くぜ。明日ツナんち行くな!」
と如何にも嬉しげに言われて、綱吉は内心複雑になったのだった。










さて、そういう訳で明日の助っ人の確保はできたが、その日は…。
「あらぁ、素敵ねぇ……ねぇ、つっくん。お友達、二人で仲良しさんなのねぇ…」
奈々が頬をぽっと染めた。
「う゛お゛おぃ、ボスさん、ソバ上手く食えねぇのかぁ?」
沢田家のダイニング。
奈々と綱吉が並んで座る向かいの席では、ザンザスとスクアーロが二人仲良く座って、むすっとしたザンザスの口許にスクアーロが汁につけた蕎麦をかいがいしく運んでいた。
ラブラブな雰囲気に綱吉はげっそりとした。
「音を立てて食っていいんだぜぇ?」
「ンな行儀の悪い事できるか…」
「しょうがねぇボスさんだなぁ…じゃあ、ほら…」
スクアーロが蕎麦をちゅるっと吸ってその口をそのままザンザスにぶちゅ、とくっつけた。
(うわぁ……)
口移しで蕎麦を食べさせている。堂々と。
「まぁ……」
奈々が目を丸くして頬を赤らめて二人を見る。
「熱々なのねぇ。イタリアの人って、進んでるわ。素敵ねぇ…映画みたい」
『映画でもこんなホモ堂々とやってませんからー!』と言いたかった。
が、言うとどうなるか分からなかったので怖いから綱吉はやめておいた。
「日本のテレビだぜぇ、どうだぁ、ボス」
ダイニングのテレビは紅白歌合戦が映っていた。
「派手な格好してやがる…。日本の歌手か?」
「そうだなぁ。でもよぉ、テレビに出てたって、たいした事ねぇなぁ!ボスさんが一番いい男だぜぇ!歌も上手いしなぁ?ボスも出てみたらどうだぁ?」
(って、紅白歌合戦は喉自慢じゃないんだから一般人は出場できませんからー!)
「まぁ、そうねぇ、ザンザス君なら出られそうよねぇ。スクアーロ君とデュオとかどうかしら?」
(だから出られないって…っていうか、デュオ……いつの時代の話だよー…)
がっくり項垂れた綱吉に、更に容赦なく追い打ちがかかる。
「テメェは歌が下手だからな、カス鮫。オレと一緒に歌えねぇだろ」
(って何マジになってんの、ザンザスー!)
という綱吉の内心の叫びも届かない。
「ほら、あんな風にオレの周りで踊ってろ。オレが歌ってやる」
「う゛お゛おぃ、踊りかぁ。悪くねぇぞぉ!アレ…確かウチワって言ったよなぁ。前に銭湯で見たことあるぜぇ。アレ持って踊ればいいんだなぁ!」
(アンタ演歌歌うんですかー!!)
おりしも画面では演歌歌手がこぶしを回して熱唱し、団扇を持った大勢のダンサーが手拍子を打ちながら盆踊りのようなものを背後で踊っていた。
「あれならテメェでもできんだろ?」
「う゛お゛おぃ、あれぐれぇなら一度見たら踊れるぜぇ!」
すっかりその気になっている二人を見ると、更にぐったり疲労感が強くなる。
「出るんだったらお母さん応援にいっちゃうわね!」
(お母さん、紅白歌合戦は、見るのも抽選だから入れないってば…ってうか、この二人、最初から出れないし…)
盛り上がっている三人にすっかり疲れた綱吉は、
「オレ、眠くなっちゃった。おやすみなさい……」
と早々にその場を後にして自室に引き上げてしまったのだった。








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