◇衝動 -3-  1







任務のない日はオレは一日ヴァリアーのアジトである閑静な古城の中で過ごしている事が多い。
周囲が森に囲まれた人里離れた城だ。
中世に建てられたその城は外見は古色蒼然としているが、内部は最新のセキュリティが導入され設備も新しい。
その中にある稽古場で剣を振るったり、ルッスの作る料理に舌鼓を打ったり、ベルと雑談したり。
それからボスが酒を飲むのに付き合ったり。
まぁ結構やる事はあるものだ。
平和な日常ってやつに戸惑っている気持ちもあるが、──これはこれで悪くはなかった。
リング争奪戦で敗北を喫し怪我をして、その後治療して治ってイタリアに戻ってきてからというもの、オレたちは9代目直属となり管轄が代わった。
ボスも前よりは随分と人格が丸くなった。
何か考える所があったらしい。
それはそれでいいこった。
何にしろ、オレぁボスについていくだけだからな。
平和なせいか、この間は山本のやつが日本からやってきた。
ちっと揶揄ってやった。
それもまぁまぁ面白かった。
帰るときに泣きそうにしていたヤツが可愛くて、それも悪くなかった。
ボスはなんでも分かってんだろう。
オレを見てあんまり揶揄うんじゃねぇ、というような表情をしたが、オレは歯を剥いてにやっと笑ってやった。
いいじゃねぇかぁ。
そういう風に笑って見せると、ボスが肩を竦めた。
アンタ、あきれてんだろうぉ。
まぁな…呆れる気持ちも分かるけどなぁ。
まぁ、しかし、好かれるっつうのは悪い気はしねぇ。
なんたって、全身でオレの事を好きだ、大切だって表してくれるんだからなぁ。
そんなにオレがいいのかよ、って思わず笑っちまう程だ。
だが、山本が帰っちまうと、オレは山本の事なんざすっかり忘れた。
それより、剣の稽古をしている方がずっと面白ぇ。
そうこうして一ヶ月ほど経った頃。
オレはボスから特殊な任務を言い渡された。











「跳ね馬の警護?」
ボスの執務室に行って指令書を受け取る。
内容を見てオレは眉を顰めた。
「あぁ、人数を連れていけねぇって事でな、テメェなら独りで十分だろ」
「そりゃ勿論だが、跳ね馬の警護かぁ。たるそうな任務だぜぇ」
「テメェで言ってんじゃねぇよ」
ボスには叱られたが、実際たるい。
それはいつもの暗殺の業務じゃなくて、オモテの業務だった。
しかもボンゴレじゃねぇ、同盟ファミリーの跳ね馬の警護だ。
リング戦の後、任務に復帰してからはオレ達は仕事を選べねぇ立場になったから、依頼されたヤツはなんでも実行している。
要人の警護もその中の一つだった。
ボンゴレだけじゃなく同盟ファミリーや大物政治家の身辺警護などを頼まれる事もある。
今回もそれだった。
跳ね馬のヤツはリング争奪戦前からめきめきと頭角を現してきて、キャバッローネはイタリアの中でもボンゴレについででかくなってきた。
若いファミリーだけあって、跳ね馬のところはオモテの観光産業や経済、メディア業界にも食い込んでいる。
そういうわけで跳ね馬はオレのような暗殺部隊とは違って、オモテでも随分とメンが割れていた。
今回は表向き、経済関係の会議に出席するらしいが、マフィアだっていう事は一応隠して(どうせバレてんだろうがな)参加しなくちゃならねぇらしい。
となると、拳銃を仕込んだ黒服を何人も連れてくって訳にもいかねぇんで、腕の立つ護衛を一人だけってわけだ。
そんな腕の立つのはキャバッローネにはいねぇし、ボンゴレだってまぁヴァリアー以外にはいねぇだろ。
そういう訳で、オレだ。
オレなら跳ね馬とは知り合いでもあるしな、何かと融通が利く。
退屈な任務だが、まぁしょうがねぇ。
ボスから指令書を受け取ってオレは簡単に荷物をまとめると、跳ね馬との待ち合わせの場所に向かった。
でけぇ剣は持っていけねぇから、護身用の小せぇやつと、拳銃をバッグに詰める。
それにヴァリアーの隊服も着れねぇから、なるべく目立たねぇ大人しいグレイのスーツ。
髪の毛も一つに縛っていく。
地味な車でヴァリアーの城を出、待ち合わせ場所になっているキャバッローネ傘下のホテルに入り、一般人のような振りをしてエレベータを上がり、跳ね馬が宿泊している部屋をノックする。
扉が開くと、中には数人の部下がいて跳ね馬が窓際に立っていた。
部下のうち若いのがじろっとオレを見る。
オレは瞳を眇め不躾な視線を無視した。
ンな視線送って威嚇されてもなぁ?
おまえらじゃ役に立たねぇっていうんでオレが呼ばれたんだろう?
「ボス。じゃあ俺達はこれで」
ロマーリオを筆頭とした直属の幹部達が部屋を引き下がっていく。
「よぉ、跳ね馬ぁ。久し振りだなぁ」
窓際に立っている豪奢な金髪にオレは機嫌良く声を掛けた。
そういや前に逢ったのは──…ああ、あの時か。
……思い出した。
跳ね馬が山本を連れてきた時に逢ったんだ。
一ヶ月ぶりぐらいか。
あの時は……そういや、オレが稽古場で山本とセックスをしているのを跳ね馬が見つけちまったんだっけなぁ。
山本に突き入れられて仰向けになって映った視界の中に跳ね馬がいたんだった。
目が合った時一瞬蒼白になり、それからさっと頬を染めて逃げるように去っていったコイツを思い出す。
(ふん……)
コイツ、結構純情な所があんのかぁ?
跳ね馬って言えばなんつっても容姿端麗、オンナの扱いも上手くてまぁ裏でもオモテでもモテモテで有名だ。
あんな事でいちいち頬を染めるようなやつじゃあねぇと思うんだが。
まぁどうせいいか。
別に関係ねぇことだしな。
「で、跳ね馬、オレぁテメェの部下のような顔をしてればいいんだよなぁ?」
どさり、とバッグを高そうな絨毯の上に置いて、ソファに腰を掛けて足を組んでふんぞり返る。
「あ、あぁ。すまねーな。わざわざ来てもらって」
「いやぁいいってこった。テメェに恩を売っておけばヴァリアーの立場も良くなるっつうもんだぜ」
実際キャバッローネに恩を売っておくのは悪くねぇ。
オレたちぁいまいち肩身が狭いからな。
「で、明日っからだな?もう今日は寝るぜオレぁ」
「…あぁ、そうだな」
跳ね馬が宿泊している部屋はホテルの中でも最高級の大きな部屋で、寝室が別になっていてベッドもキングサイズ、それも三つある。
自分が任務で出掛ける時にはだいたいただのビジネスホテルにしか泊まらねぇから、オレはちょっと贅沢な気分になった。
もちろんビジネスホテルが不満なわけじゃねぇ。
暗殺任務だからな、いつ襲撃されてもいいように逃げ道を確保し、それでいてめだたねぇホテルに泊まるわけだ。
でも、こういう贅沢なホテルに泊まったことは一度もねぇのでちょっと心が弾んだ。
オレだってたまにはこういういい所に泊まってみてぇ。
上機嫌でシャワーを浴び、バスローブを羽織って出てくると、跳ね馬がじっとオレを見た。
「あぁ?どうした?オレひとりの護衛じゃ心配だってううのか?」
「いや、そんなことはねぇ。お前一人いれば十分だ」
「あぁ、もちろんだぁ。ンなのいちいち言ってんじゃねぇよ、おら、寝るぞ?」
着いた時は既に夜遅かったから、オレは明日に備えてゆっくり眠りたかった。
「あぁ…」
跳ね馬がいまいち元気がなさそうなのが気になったが、そりゃ跳ね馬の問題だ。
オレには関係ねぇ。
跳ね馬には構わず、オレはキングサイズのふかふかのベッドを一つ占領し心地良く眠った。








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