◇移木之信 2   








濡れた、欲情を含んだ色気の滴るような声に、対抗できるはずもなかった。
彼は今、高校2年生だったが、相変わらずの野球バカであり、異性にもてはやされる事はあっても、一対一で付き合った事もなければ、このような性的交渉も持った事がなかった。
そして、年上の相手から誘惑されることも。
同性の相手だということも。
全て初めてで、どこか異様なのに…。
目の前の抗いがたい吸引力に、誘蛾灯に引き寄せられて燃え死ぬ蛾のように、燃えさかる中心へと吸い寄せられてしまう。
「ス、…スクアーロ!」
上擦った声を上げて、山本はスクアーロに抱きついた。
乱暴に抱き締めて、スクアーロをベッドに押し倒す。
艶やかな純白の絹糸のような髪がベッドに散って、光が乱舞し、得も言われぬ程美しかった。
「がっついてんじゃねぇぞぉ…オレが全部教えてやる…」
笑い混じりにスクアーロが囁いてくる。
腕を伸ばし、山本の短髪を撫で、指を移動させて項を絶妙な指遣いで刺激してきた。
「ほら、まずはキスだろぉ…」
「…う、うん」
顔を上げると、後を追うようにして、スクアーロの小さな顔が追いかけてきた。
ちゅ、とリップ音を立てて、唇同士が一度触れ合う。
それだけでも山本はどうしようもなく興奮したが、スクアーロはそのまま数度唇を触れ合わせたのち、顔を傾けて唇を開き、深く合わせてきた。
「──………」
熱くぬめった舌が入り込んでくる。
スクアーロの舌はまるで軟体動物のように蠢き、山本の舌を捉えてねっとりと巻き付いてきた。
味蕾同士の擦れ合う感触まで絶妙で、山本は堅く目を閉じてがちがちと身体を震わせた。
唾液が、甘くとろりと流れ込んでくる。
こんなキスなど、した事がない。
キスなんて、唇が軽く触れ合うぐらいの、そんな軽いものだと思っていた。
こんな、まるで食い付き合うような激しいキスを、されるとは。
舌がじんじんと痺れてきた。
巻き付かれ絡み付かれて根元から吸われ、ぬるりと押し込められてまた吸われる。
口腔内も痺れ、その甘い痺れが脳まで達する。
甘くとろけた唾液を喉を上下させて飲み下すと、舌がするりと蠢いて離れ、最後に柔らかく唇を押し当てられた。
「………」
「そのまま寝ていろぉ…」
掠れて濡れた低く響く声。
ズキンと腰に来て、山本は瞬時顔を顰めた。
股間が痛いほど張り詰めていた。
うずうずとしてすぐにでも爆発してしまいそうだった。
低く笑う艶やかな声が聞こえる。
潤んだ眸を上げてスクアーロを見おろすと、彼は薄く艶麗な笑みを浮かべていた。
銀色の虹彩がすっと狭まり、きらりと虹彩の縁が光る。
下唇を舌で舐める仕草が淫靡で、山本は目が離せなかった。
スクアーロが首を傾げ、白くしなやかな首を山本に晒す。
銀色の流し目で艶冶に見つめられて、山本はごくりと唾を飲んだ。
誘われるように首筋に顔を落とし、内部より込み上げる情欲に任せて唇を押し当て強く吸い上げる。
スクアーロがくぐもった笑いを漏らした。
「ヤマモト、うまいじゃねぇかぁ…もっと、痕、つけてくれぇ…」
甘く語尾を流して強請られれば、脳内がスパークした。
息を詰め、首筋にむしゃぶりつき、紫色になるほど強く吸い上げて点々と痕を残す。
鎖骨付近までそうしてから顔を上げると、スクアーロが唇の端を微かに上げて笑った。
「ヤマモトぉ……こっちはどうだぁ…?」
スクアーロのしなやかな右手がすっと山本の肌に触れて動き、股間へと這わせられる。
既に腹につくほどそそり立ったペニスを、指先で形を辿るようになぞられて、山本はうっと喉を詰めて呻いた。
身体を強張らせ、その甘い衝撃に耐える。
「なんだぁ、もう、我慢できそうにねぇかぁ…?」
笑いを含んだ甘い声が耳を犯してくる。
若く経験のない山本にとって、それは抗いがたい誘惑だった。
スクアーロの手管にいとも容易く翻弄され、何も考えられなくなる。
「スクアーロ…!」
衝動のままにスクアーロを抱きすくめると、背中をしなやかに反り返らせて、スクアーロが白い喉を蠢かせて笑った。
「まだだぁ、ヤマモト…もう少し我慢してろぉ…」
しがみついてくる山本を軽くいなし、スクアーロは上目遣いに相手を見つめ、形良い唇を吊り上げて笑った。
ベッドサイドからローションを取り、右手に垂らし、甘い芳香の立ち上るそれで指を濡らす。
その指を自分の股間へと持っていく。
山本に見えるように殊更ゆっくりと脚を広げ、濃い銀色の柔らかく渦巻いた陰毛の中、勃起している自分自身を一撫でする。
とろりとした流し目をくれ、それから更に脚を広げ腰を浮かせて、奥まった陰の部分へ指を這わせていく。
ごくっと唾を飲み込む音が脳内に響いて、山本ははっとした。
全身が熱く煮えたぎり、心臓がまるで胸から飛び出してしまいそうに激しく鳴り響いている。
頭はすでにぼんやりと霞がかかり、理性は席巻され情欲のみが脳を支配している。
「ここに、入れるんだぞぉ…分かるだろ、ヤマモト…」
ぬる、と指が出し入れされる桃色の襞の入口を見せつけられて、山本は眩暈がした。
こんなに凶暴な情欲を感じた事などなかった。
山本も健康な男子であるから、女子を見て興奮する事も、或いはその手の雑誌に触れて自慰をする事もあった。
が、それは一過性の、簡単に言えばさっぱりとした性欲処理であり、決して自分が全て囚われてしまうような、そんなものではなかった。
あくまで自分が主であり、自分の中で処理がすんでしまえば忘れてしまうような、そんなものだった。
しかし、今、自分を襲っているこの情欲の波は違う。
自分が自分でなくなり、相手に囚われ相手の好きなようにされる感覚。
吸い込まれ、引き寄せられ、食虫植物の罠に落ちた虫のように、後戻りの出来ない感覚。
制御できない衝動が山本を不安にもさせ、更に欲情の波に溺れさせた。
「スクアーロッッ!」
寸時も我慢できず、スクアーロをベッドに縫いつけて、開いた脚の間に入り込む。
自分の猛った凶器を、スクアーロの奥まったひそやかな襞口に擦り付ける。
長くしなやかな脚を山本の腰に絡め、濡れた指で山本のペニスをそっと握りしめ、スクアーロが甘く掠れた艶やかな声を上げた。
「ヤマモト…ッ…」
しなやかな指に誘導されて、自分のペニスが熱くうねる粘膜に呑み込まれる瞬間を、山本は眉をぐっと寄せて迎えた。
先端が入り込めばそこをきゅうっと締め付けられ、それだけで全身に痙攣が走った。
堪えきれず腰を突き進めると内部は溶けるように熱く柔らかい。
ぬめって蠢く内筒を貫き、絶妙に蠕動する粘膜に包まれれば、ペニスから駆け上る悦楽に全身狂いそうだった。
最早ほんの少しの我慢もできなかった。
衝動と本能の赴くままに山本はスクアーロを強く抱き締め、無我夢中で腰を動かした。
「あ゛、あ゛ぁっっ…ヤ、マモトっっ…ぉ……い、いいぜぇ…ッ…ンぁ…ッ…はッぁあ゛ーッッ」
切れ切れに耳に響く喘ぎ声が、山本の身体を更に燃え上がらせる。
凶暴な情欲が身の裡を吹き荒れ、全身を覆い尽くす。
息も出来ないほどに興奮して、山本は激しくスクアーロの内部を貪った。
絶頂はすぐに訪れた。
全身を震わせ深々とスクアーロの中にペニスを突き入れ、そこで激しく痙攣して山本は精を放った。
吸い尽くすかのように蠕動して精液を飲み込もうとする腸の動きに、目の前がふっと暗くなる。
数度うねうねと包み込む粘膜の壁に粘液を叩きつけ、それから全身を弛緩させてスクアーロにくたりと覆い被さる。
「ヤマモト……」
腹が熱くぬるついた。
どうやらスクアーロも射精したらしい。
粘液を解して触れ合う腹同士の感触も心地良かった。
「……ス、クアーロ…ッ…」
どうして彼がこういう行為をしてきたのか、理由は分からなかった。
が、山本はそんな事も気にならないぐらい、夢心地だった。
山本にとってこういう行為は愛する者同士の行う、神聖で幸福に満ちたものだった。
そして、山本自身、今の自分の心が幸福に満ちあふれていると感じていた。
それは……勿論、山本の思い違いに過ぎないものであったが。


「スクアーロ……オレの事、好きなのか…?」
夢見心地のまま尋ね、返答が帰ってこない代わりに優しくキスをされて、山本はそのまま、スクアーロの身体の上で本当の夢の中へと入っていった。








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