◇ある日の午後  1







「ふぁー…」
起きると、部屋の窓から細く格子の影を作って昼の光が差し込んでた。
あー、こりゃ午後になってっかなー、なんて思いながらベッドから起き上がって着替えをする。
昨日は夜遅くっていうより朝方まで任務で外出してたから、オレが帰ってきたのは明け方だった。
王子なのに、明け方まで仕事とかあり得ねー。
働き過ぎじゃん。
だからもっと寝ててもいいっていうか一日中寝てたって悪くないんだけど、一応ボスに報告してこないとなー。
って事で起きだして着替えて、欠伸を漏らしながらオレはボスの執務室へ行った。
「ボスー、入るよ」
一応声を掛けて扉を開けると、ボスは広い執務室の中央にでんと置かれた机の上でなんかパソコンをやっていた。
ボスもさー、ホント仕事熱心だよね。
それに意外と規則正しい生活してる。
他のヤツラが夜中仕事だったり不定期だったりするのに比べると、ボスはちゃんと決まった時刻に起きてきて、決まった時間こうやって机に向かってデスクワークしてる。
その他の時間には身体鍛えたり銃の訓練とかしてるわけだから、ボスってはたから見るよりずっと真面目で努力家だよなー。
と思いながらボスの机まで行って、
「はい、報告書」
オレの汚い手書きの報告書を出す。
「御苦労」
ボスが一言言って、それを手に取る。
オレは机の脇に置かれた布張りのふかふかの三人掛けのソファにぼすっと座ってごろりと仰向けになった。
「結構大変だったんだぜー、その任務」
「テメェなら楽勝だろ」
オレの事買ってくれてんのは嬉しいけどさ、でも疲れたんだってばー、ボス。
「ボス、オレだって疲れんだったらー。ね、ご褒美ー」
「……何が欲しいんだ?」
ボスってなんだかんだ言って、オレにはすげぇ優しい。
なんでかな。
分からないけど、オレの言う事は結構なんでも聞いてくれるんだよね。
ボスがご褒美くれるみたいなんで、オレは兼ねてからの希望を口にしてみた。
「じゃーさ、…ボスとスクアーロのヤってるとこ、見せて?」
しれっとして言うと、ボスがパソコンから顔を上げ、眉を寄せてオレを見下ろしてきた。
目がすっかり被る髪の間からボスを見上げてオレはにやっと笑った。
ボスが軽く息を吐いて肩を竦めた。
「趣味悪ぃな」
「えー、ボスとスクアーロのが見たいんだもん、趣味いーでしょ、オレ?ねーねー、スクアーロがさ、よがってあんあん言うとこ見たいんだよねー。ボスも誰かに見せたくない?」
ボスとスクアーロはそういう関係だ。
ボスが眠る前もそうだったのかもしれないけど、その頃の事はオレも知らない。
8年経ってボスが戻ってきて、また関係が復活して、それから相変わらず仲良く、スクアーロはボスにぼこぼこに殴られながらヤられてる。
オレはボスのいない8年の間、スクアーロがすっごくストイックに生きてたのを知ってたから、スクアーロが殴られながらヤられてるってのがちょっと意外だった。
スクアーロって実はそういうのが好きだったのか、なんて思って。
けど、スクアーロはボスの事が死ぬほど好きなんだなーってのは分かった。
ボスの事が好きだから、ボスにどんな事されてもいいんだろうな。
それとも、そういう風に乱暴に抱かれるやり方が好きなのかも…だとしたらすげー。
ボスも悪い気はしないらしい。
スクアーロをぼこぼこにしながらその後引きずっていって寝室で喘がせるのが結構好きみたいだし。
それに、ボスって意外と他人に見せるのが好きだってのも分かった。
自分の自慢したいものっていうか…ちょっと違うけど、これは自分の所有物ってのをアピールしたい性分らしいんだ。
スクアーロの身体の他人に見えるようなトコ──例えば首筋とかにあからさまにキスマークつけてるし。
スクアーロって隊服をきっちり着込むし手袋してるから、殆ど肌が露わになってないのに、唯一見え隠れする首筋にばっちり紫色の痕がついてるし、顔には青痣。
これって、ボスが、スクアーロはオレのものだ、テメェら羨ましいだろ、とか自慢したいんじゃないかな、って王子は密かに思ってるわけ。
だから、濡れ場を見せてってお願いしても、ボスは見せてくれそうな気がした。
オレだってあのスクアーロがさ、あんあん喘いでる所とか見てみたいし。
いつもは濁声でがさつで色気の欠片もないようなスクアーロがさ、ボスに突っ込まれて色っぽくよがっちゃうわけだろ。
一度見てみたくね?
あ、別に王子はスクアーロとヤりたいとかそういう事は全く思ってないよ。
あくまでスクアーロがボスにヤられる所が見てみたいんだよね。
なんていう意味を込めてにやにやしてボスを見ると、ボスは機嫌良さそうに噴き出した。
「ったく、テメェは頭いかれてやがる……。そこで寝た振りでもしてろ。もう少しするとカスが来る」
「やりぃ!」
指をVの字にしてオレはソファに寝っ転がった。
なんだかんだ言ってボスだって見せたいんだよな。
スクアーロがどんなに可愛いか、とかさ。
いや、オレは別に先輩が可愛いのがみたいわけじゃない…けど、でもあの先輩がボスにヤられてよがってるところとか絶対見物だもん。
せっかく見せてくれるってチャンスを逃すはずないだろー。










ソファに寝っ転がって、ソファの背に掛けられていた布を被って身体を殆ど隠し寝たふりをしていると。
「う゛お゛おぃ、ボスさん、お呼びかぁ?」
程なくして扉がバタンと開き、待ちかねた人物が入ってきた。
スクアーロだ。
ししっ、相変わらずがさつだなー。
どたどた大股で歩いているのが目を閉じていても音で分かる。
スクアーロのヤツは足が長くてスタイルがいい。
その足を思いっきり開いて大股で歩く。
まぁ足が長いのは分かるけど、そう股を開かなくてもいいんじゃないかな、ってぐらい。
せっかくのスタイルの良さが泣けるよって思うけど、本人はそういうのどうでもいいんだろうな。
そんな風にして今日もどたどた歩いている。
オレの寝ているソファは、扉とボスの座っている机の中間ぐらいにある。
真っ正面から歩いてボスと相対しているとソファを追い越してしまって、オレが寝ている部分は振り返らないと目に入らないはず。
それにオレって気配消すの上手だしね。
分厚い掛け布で上手く身体を隠してるからそうそうばれないと思う。
それに伸ばしている前髪の間からなら目を開けても気付かれない。
オレは皺を寄せた布の隙間からそっと目を開いて、机の前に立っているスクアーロの後ろ姿を見上げた。
艶やかな長いストレートの銀髪が揺れて、その合間から黒い隊服に包まれた細い腰とかすらりとした足が見える。
ホント、黙って立ってるとすごい綺麗で格好良いとは思うんだけどね。
顔だってすげー綺麗だし、小さいし。
鮫に食われかけた後ちょっと傷跡が残るかなって思ってたけど、ボスがスクアーロを病院に送り込んで綺麗に直させたんだよね。
ボスもスクアーロの美を損なうのは惜しかったんだろうな。
当の本人はどうでもいいみたいだけど。
病院から戻ってきたスクアーロはすっかり元通りになっていた。
前にも増して美貌が輝いてるし。
ボスの方は凍傷の痕が増えたみたいで、それを自分では治そうとはしてないのにさ。
まぁ、傷跡のあるボスの方が格好良くて男っぽいけど。
男は傷があってなんぼじゃん?
ししっ、でもオレはできたら綺麗な身体を抱きたいかな。ってこれってボスと同じ考え?
「ほら、報告書だぜぇ」
うっすらと目を開けて覗き見ていると、ノートパソコンがしまわれて何も無くなった机の上にスクアーロが報告書の紙を、それもくしゃくしゃに丸めたのを無理矢理広げて置くのが見えた。
ボスがちょっと表情を顰めて、それを受け取る。
ボスって意外と几帳面できれい好きだ。
自分の服装は一見だらしなくしてるけど、あれにはボスなりのこだわりがあって着崩してるんであって、ただ無闇にだらしなくしてるわけじゃない。
それに比べるとスクアーロはがさつで大雑把だから、その辺でボスの機嫌を損ねる事がある。
まあでもあのボスの相手するなら、そのぐらい大雑把じゃないとやっていけないと思うけどね。
大雑把だから結構気兼ねせずに付き合えるってとこもあるし。
「……こっちに来い」
ボスの口調がちょっといつもと違う。
うわ、早速かな?
胸がどきどきしてきた。
「お゛、おお…」
スクアーロも分かったんだろう、ちょっと戸惑った感じの、でも嬉しさを隠しきれない声で返事をする。
スクアーロがボスのソファの前へ行く。
ボスがスクアーロの腰をぐっと引き寄せる。
そのまま膝の上に座らせて、顔を近づける。
キス、……してる。
何度も顔が近づいては動く。
重なって動かなくなる。
ちゅ、という微かな音が聞こえる。
「…ボス……ぅ…ン…」
──やべ、ちょっと腰に来た。
スクアーロの声が途端に変わってるんだもん。
すっげー分かりやすい変化。


「う……ボ、ス…は…ァ…ッ」








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