◇懲罰-2-  1 








リング争奪戦の終了は、秋だった。
その後数ヶ月間、敗北を喫したヴァリアーの面々は個々に監視され謹慎処分を受けていた。
重症を負った者も例外ではなかった。
それはずっと続くかとも思えた。
なんと言っても一歩間違えればボンゴレ崩壊の危機だったのだ。
特にボンゴレ9代目を重症に至らしめた事は重大だった。
首謀者であるザンザスに対する処遇は、彼がいかに九代目の養子であるとは言え、熾烈を極めると思われた。
──ところが。
意外な事に謹慎処分から暫くすると謹慎は解かれ、ザンザス始め全ての者が、今まで通りに任務を遂行できるようになった。
それについては処遇が甘すぎるという声が、ボンゴレ内部から起こらないわけではなかった。
しかし、次期10代目となる沢田綱吉と、リング争奪戦において多大な貢献をしたキャバッローネ10代目のディーノが、ヴァリアーには寛大な処置を強く提言し、その反対を押し切った。
一番の被害に遭った9代目自身が、ヴァリアーの処分を望まなかった事も大きかった。
リング争奪戦でザンザスが実子でないという事はボンゴレ内部に知れ渡ったものの、9代目にとっては大切な息子なのだという事が9代目自身の行動から窺い知れては、それ以上厳罰を要求する者もいなかった。
ヴァリアーは9代目直属となったが、任務は以前の通り。
ただ人員は大幅に削減され、暗殺よりは警護や諜報活動、抗争の鎮圧に赴くような任務が主となる。
が、変化はそれだけであり、幹部にはなんの変化もなかった。
少なくとも表向きは……。










「ボス、キャバッローネ10代目が到着しました」
レヴィの事務的な低い声が、壁に設置された最新鋭のスピーカーから流れてくる。
ヴァリアーの古城内、重厚な装丁の執務室でぼんやりと物思いに耽っていたザンザスは、はっとして我に返った。
スピーカーは些か部屋の装丁には合っていなかった。
そのシルバーの金属的な色合いを眺め、
「…通せ」
眉を寄せ、表情を暗くして、手元のマイクに向かって返事をする。
返事をするとともに、小さな溜息が一つ、ザンザスの唇から零れた。
寄せた眉間に出来た皺とともに、黒く長い睫毛が微かに震えた。










あれから──リング争奪戦に敗れたザンザスが日本からイタリアのキャバッローネの本部へと連行され、そこからヴァリアーのアジトへとスクアーロと共に戻ってきてから──。
ディーノが定期的にヴァリアーのアジトを訪れるようになった。
同盟ファミリーのボスとしてボンゴレ本部へ定期的な挨拶に赴いた後に、ついでとしてヴァリアーのアジトである古城にもやってくるのだ。
ヴァリアーの城はボンゴレでも上層部しか知らないような秘密の建物であったが、ディーノは特別待遇で歓待された。
というのも、ディーノはザンザス含め幹部を助けてくれた恩人に当たるからだ。
そのためヴァリアーでは、幹部以下全員が、ディーノに対して丁重な応対をしていた。
ディーノ自身に対しては、いつもザンザスが応接していた。
二人きりで、ザンザスの私室でである。
元々ザンザスとディーノは幼少時より知り合いであるから、ザンザスが自らディーノの応接をする事はなんら不思議ではないし、同盟ファミリーのボスと、ザンザスが相対するのは当然でもあった。
ディーノとザンザス二人きりで…となると、ファミリー同士の内密な情報交換か、或いは暗殺も含めた裏取引の話でもあるのか…、と余人は想像するだろう。
普通なら、そうだろう。
──しかし、それは当たってはいなかった。
実際は何をしているのか……それは他人には公言できないような事だった。










「よー、2週間ぶりぐらいか?」
ディーノはイタリアブランドの上等な仕立ての漆黒のスーツを、ファッションモデルのように着こなしていた。
ボンゴレ本部へ挨拶に行った後に立ち寄るため、ディーノがヴァリアーに来るときは、トレードマークになっているカジュアルな格好ではなく、いつもきっちりとしたスーツ姿だである。
そういう格好をしていると、ギリシャ神話に出てくる神の彫像のようで、豪奢な金髪や甘い容姿と相俟って見とれるほどに美しい。
今日もそのすらりとした身体が部屋に入ってくる。
入るとディーノはカチャリ、と微かな音を立てて中から扉の鍵を閉めた。
「元気にしてたか、ザンザス……って、そうでもねーか?」
にこやかに笑いながら、その実不躾にザンザスをじろじろと眺める。
その視線が身体に突き刺さるようで、ザンザスはソファから立ち上がったまま動けず、伏せた視線を僅かに逸らした。
ヴァリアーに戻ってきてからバックにセットをするのをやめた前髪がさらりと揺れて、長い黒い睫と深紅の瞳に被さる。
ディーノが鷹揚に歩いて近づくと、ザンザスの背後から腕を回し、無造作に抱き締めてきた。
そのまま抱き竦め、首筋に軽く唇を押し当ててくる。
「やっぱりご無沙汰みてーだな…。身体、疼いてんだろ?」
低く響くバリトンが、ザンザスの耳元に囁かれる。
微かに揶揄を含んだ、甘い深い声。
耳孔に温かく湿った息を吹き込まれ、首筋のうぶ毛がぞわり、と逆立つ。
下半身が、ずくりと疼いた。
下品な物言いなのに、反論できない。
──その通りだった。
身体が、……下半身が、…性器が、熱く、疼いていた。
「ザンザス…」
ディーノの湿った声。
温かな息。
頬に押しつけられる唇。
ディーノにされるがまま、ザンザスは押し黙って微かに身体を強張らせた。









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