ボンゴレ暗殺部隊ヴァリアーのアジトである古城は、市街から離れた鬱蒼とした森の中に聳え立っている。
周囲は針葉樹で囲まれており、冬といえども緑が途切れる事はなく、人の出入りも勿論限られていて日中もひっそりとしている。
「う゛お゛おぃ、つまんねぇぞぉ…」
城の談話室で手酌でワインを飲みながら、スクアーロは唸っていた。
折角の大晦日だというのに、人目を憚って立つヴァリアーの城では花火もあげないし爆竹も鳴らさない。
イタリアでは正月だといって日本のように(スクアーロは日本で正月を過ごした事がありその時の異国の宗教行事に感動した)何か特別な行事があるわけではない。
せいぜい花火をあげるぐらいである。
ナターレから正月過ぎの一月六日に「エピファニア」と呼ばれるキリスト御公現の祝日があるその日までが、イタリアではナターレ休暇と言える。
正月は特別視されておらず、ナターレの飾り付けも6日まで飾ったままだ。
そういう所で育ったし、ヴァリアーの一員として存在を隠して暮らしてきたから特に何もなくても不満にも思わなかったスクアーロだが、一度山本の招待を受けて日本で正月を過ごして、日本のクリスマスから正月までを体験し、つくづく素晴らしいと思ったのだ。
地味な暮らしをしてきてはいるが、実はスクアーロは祭好きだった。
華やかで煩いのが好きなのだ。
山本の父に着物を着せてもらって、初詣にも行って、屋台で暖かいものを食べたり飲んだり、人の多い神社にも驚き、また初売りに行っても驚いた。
大道芸人のショーやデパートの福袋も気に入った。
とにかく日本では消費者を喜ばせる行事やイベントが目白押しだ。
そんな事を経験してしまったので、イタリアの正月が素っ気なく思えてしょうがない。
それでも、市街のように派手に花火や爆竹を鳴らせればいいのだが、ひっそりと森の中に立つヴァリアーのアジトではそんな派手な事はできない。
キャバッローネに遊びにでもいけばできたかもしれない(ディーノは結構そういう派手なのは好きだ)が、スクアーロはザンザスと一緒にいたかった。
談話室のバルコニーに出て、森の向こう、灯りの見える市街地の方を眺める。
微かに花火の音や光が垣間見え、市街の方ではそれなりに盛り上がっている様子が見て取れた。
「また日本に行きてぇなぁ…」
などと独り言も言ってみる。
しかし、確かに日本は楽しかったが、2週間ほどイタリアをあとにして、その間全くザンザスに逢えなかったのはかなり辛かった。
一日千秋の思いでイタリアに戻ってきたのを覚えている。
理想はザンザスが日本で正月を過ごす気になってくれることだが、祭関係が嫌いなザンザスがわざわざ日本へ行くとも思えない。
そんな面倒な事をするより、部屋で酒を飲んでくつろいでいる方が好きに決まっている。
ここヴァリアーのアジトでは、ナターレはそれなりに祝ったものの勿論内輪でひっそりとであった。
ルッスーリアが特別に料理を奮発するとか、食事を摂る部屋に小振りのクリスマスツリーが飾られていた、ぐらいだ。
「あ゛ー もっとなんかしてぇぞぉ…」
「あ、スクちゃん、いい所にいたわ」
ぼそぼそと唸っていると、背後から声を掛けられた。
振り向くとルッスーリアが立っていた。
「なんだぁ?」
「ボスにお夜食持っていってくれる?」
「あ゛ぁ?まだ仕事してんのか?」
「そうなのよねぇ。未決済の書類がたまってるみたいよ。よろしくね?」
トレイに乗ったスープとパン、それにエスプレッソが二つ。
(オレの分かぁ…)
一緒に飲んでこい、というのだろう。
受け取るとスクアーロはザンザスの執務室へと向かった。
談話室から程近い上階にザンザスの執務室はある。
歩いていって扉を叩き、
「入るぜぇ」
と一声掛けて中に入る。
執務室の中央、縦長の広い格子窓を背にしてザンザスが重厚な机に向かっていた。
スクアーロの声に顔を上げてじろりとスクアーロを見る。
机の上には書類がいくつかあったが、どうやら終わっているらしく、今はノート型パソコンが開いてあった。
「仕事終わったかぁ?」
「あぁ」
「ルッスーリアからの夜食だぞぉ」
言いながらトレイを机の上に置く。
置いてエスプレッソのカップを一つ取ると、スクアーロは机の端に行儀悪く腰を掛けてエスプレッソを飲んだ。
ザンザスがパソコンを閉じて、スープとパンを食べ始める。
静かな部屋に二人きりでいると、さっきまで感じていた不満もどこかへ消えていくようで、スクアーロはしっとりとした満足を味わっていた。
考えてみると、ザンザスさえ隣にいれば満足なのだ。
こうして二人きりで一緒にいられるだけで。
8年間離ればなれになって孤独に暮らしていた年月を思い出してしみじみとした気分になっていると、ザンザスが立ち上がった。
「……?」
エスプレッソを飲み干して後に続く。
立ち上がったザンザスは窓を開けてバルコニーに出て行く。
「う゛お゛おぃボスさん、外は寒いぞぉ…」
真冬の、しかも夜のイタリアは零度を遙かに下回る。
肌を突き刺すような風が吹いてきて、フード付きの暖かい隊服でも服の生地を通して冷気が忍び込んでくる。
「……カス」
「なんだぁ?」
ザンザスが振り向いて、羽織っていたコートのポケットから何か小さなものを取りだした。
身体を屈めて見てみると、それはライターと…日本製の花火だった。
「ボス、これどうしたんだぁ?」
「テメェ、花火好きなんだとな。綱吉が送ってきた。山本に聞いたらしいぞ」
ザンザスがライターをかち、と押して炎を灯す。
長い花火の先にライターの火をつけると、ぱぁっと一瞬青みがかった白い眩い光がバルコニーに満ち、小さな火花が滝のように流れ落ち始めた。
それは、殆ど真っ暗と言ってもいい、ヴァリアーの森の中のただ1本の花火であり、それだけに光は美しくスクアーロの目を射た。
光の粒が次から次へとこぼれ落ち、それを持つザンザスを顔をうっすらと照らし出す。
陰影のついた顔はいつにもまして精悍で美しく、さらりとした前髪が風に揺れる様も見とれるほどだ。
寒さも忘れ、光の織りなす美を堪能する。
やがて花火が光を失い、あたりはまた暗闇と静寂が戻ってくる。
「さすがに寒いな。中に入るか」
ザンザスの一言にはっと我に返ると、すっかり身体が冷えていた。
「お、おお、寒ぃな。入ろうぜぇ」
流れ落ちる光がまだ残像となって目蓋の裏で輝いている。
名残惜しく思いながら、スクアーロはザンザスの後について部屋に戻った。
部屋に入るとちょうど12時の鐘が鳴る所だった。
ボーンボーン…。
執務室の壁には、古い大きな振り子時計が置かれている。
その時計が厳かに12回鳴る。
(新年かぁ…)
先程見た花火の感動も相俟って、スクアーロはどこか厳かな気分でその鐘を聞き、それからはっとしてザンザスを見た。
「ボス、あけましておめでとう。っと、それからよぉ、花火、有難うなぁ…?ボスに花火してもらえるなんてよぉ、なんか嬉しすぎて罰が当たりそうだぞぉ?」
「はっ、何殊勝な事言ってやがる……花火だけでいいのか…?」
「………いや、その…」
ザンザスにじっと見つめられて、スクアーロはぱちぱちと瞬きした。
花火は勿論嬉しかったし、思いがけなく幸福だった。
心がじわりと温かくなって、いつにもまして嬉しくなったのだが。
寒かったせいか、冷えた身体が暖かな体温をいつになく求めている。
それだけでなくて……。
「い、いやぁ、そのなぁ…」
ザンザスに優しくしてもらう習慣が身についていないためか、どうにもうまく言葉が出ない。
(ここは、一つ……抱いてくれ、とか頼む所だろうがよぉ…)
なのに、どうもその言葉が出てこない。
恥ずかしすぎる…。
「なんだ?何もねぇなら、もう帰れ」
ザンザスがにやにやしながら言ってきた。
(くそ、こいつ分かって言ってやがるぞぉっ!)
長年のつきあいだ。
スクアーロの言いたいことなどお見通しのはずなのに、しゃくに障る。
「……」
「オレは寝る。…テメェも今日はゆっくり寝たらいい」
意地の悪い笑みを浮かべたままザンザスが踵を返し、スクアーロに背を向ける。
そのまま執務室の奥の寝室への扉を空けて入っていくのを見て、スクアーロは眉根をぐっと寄せた。
「ゔお゙ぉい!」
扉が閉まるより早く、走り込んで、ザンザスをベッドに押し倒す。
「ゔお゙ぉい、ボスさんっ、あけましておめでとうだぁっ!」
「そりゃさっき聞いたぞ…?」
「うるせぇっ!あけましておめでとうはなぁっ、こうやって祝うんだぁっ!」
相手の策略にまんまと乗ってしまった感があるが、とりあえずそんな事は今はどうでもいい。
せっかく二人きり、先程は花火までしてもらったのだ。
この幸福な時間を十分に味わわなくてどうする。
ベッドに押し倒したザンザスの羽織っていた上着を、乱暴に床に放り投げる。
それから噛み付くようにザンザスに口づける。
「んっ……ん゛ん゛ッッ……」
「はっ……がっつく鮫はもらいがすくねぇって、日本のことわざにもあるだろうがっ」
「ゔお゙ぉい、そりゃちょっと、…いやかなり違うぞぉっ!それにオレは貪欲な鮫だぁっ、がっついてももらいも多いんだぁっ!」
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