◇懲罰-2-  4 








こんな身体ではなかった。
キャバッローネの館で犯されるまでは、こんな事とは無縁の清い生活をしていたのに、……なぜ。
──……いや、元々自分の身体には、淫蕩な血が流れていたのかも知れない。
自分の母親が娼婦だった事は、ザンザスも覚えている。
自分だって、……今となってはどこの誰とも分からない父親と、娼婦の母の間に生まれた汚れた人間だ。
その汚れた血が、犯された事で目覚めたようにも思える。
あれから、眠ると悪夢を見た。
夢の中で犯されて、犯されているのに気持ち良くてたまらない自分。
もっと突っ込んでくれ、と強請る自分。
相手はスクアーロだったり、ディーノだったりした。
あるいは、もっと始末に負えない事には、……相手がベルになったりある時はレヴィだったり、更には家光になったりもした。
見知らぬ男複数に犯されている夢もあった。
そのたびに、目覚めて頭を抱える。
だがしかし身体は火照り、疼いて居ても立っても居られない。
永遠に続く拷問のようだった。
そんな肉体を持て余し、ザンザスは一人懊悩していた。
そんな苦悶が、ディーノとセックスをして漸く満たされた。
抱かれ貫かれて、ザンザスの身体はやっと満足したのだ。










それからというもの、ディーノはザンザスの元を定期的に訪れるようになった。
ディーノが来たくてくる、と言うのではない。
ザンザスの方に、ディーノに来て貰わざるを得ない必要があるのだ。
ディーノに馬鹿にされても、揶揄されても、我慢できない。
自分の身体が厭わしかった。
できる事なら、ディーノではなく、……どうせセックスをするのなら、スクアーロに抱かれたかった。
スクアーロなら少なくとも、自分を愛してくれている。
……しかし、だからこそ、こんな自分を愛しているからこそ、スクアーロは、絶対に手を出して来ないのかも知れなかった。
(ドカスが……)
自分に手を出してこないスクアーロを心中密かに罵ってもスクアーロが変わるわけでもない。
それならば自分がスクアーロを襲う、などという事も、できるはずがない。
そこまでしてしまったら、自分とスクアーロとの関係が決定的に壊れてしまう。
スクアーロが自分を敬愛しているのが分かるからこそ、怖かった。
スクアーロを失望させたら……。
スクアーロの意に添わない自分を見せてしまったら……。
二度とスクアーロが自分の元に戻ってこなくなりそうで、怖かった。
怖くて怖くて……ザンザスはそのことにも恐怖し、加えて肉体の暴走にも恐怖した。










「あ……は、ァ……く…ッ」
その日もザンザスはディーノに犯されていた。
ディーノの太く堅い肉棒が、肛門から直腸を押し広げてぐっと入ってくる。
ズウンと重い快感が突き抜けて、なんとも言えず気持ち良くて、ザンザスは顎を仰け反らせ、舌を出して喘いだ。
身体がぐずぐずに崩れていく。
――なんて気持ちが良いのだろう。
全身が、飴のように溶ける。
とろとろになって、熱く煮え滾る。
ザンザスは、四つん這いになって背後から犯されていた。
筋肉の付いた逞しい浅黒い身体を、ディーノの引き締まった白い身体が上から押さえ付ける。
背中に刺青のように縦横についた傷跡に舌を這わせられて、それも刺激となってザンザスは喉奥で唸りながら背筋を弓のように撓らせた。
「あぅ…は、ぅ……ディーノ……ッッ、もっと……ッッッ、深くッ」
広い、天蓋付きのベッドの中央で、シーツに顔を押しつけて喘ぐ。
尻だけを高く掲げた淫猥な格好で、背後から激しく突き上げられる。
ぎしぎしとベッドが軋み、荒い息遣いと、湿った結合音が響き渡る。
「やっぱりおまえは、淫乱ですげーよっ…」
背後から、ディーノの欲に上擦った声が聞こえた。
「いつもこうしてヤってくれる男がいないと身体が保たないんだろう? 搾り取られっちまうよな。……ザンザス、お前がこんなヤツだったなんてな…?」
侮蔑されて、その自分を貶める言葉さえ、ぞくりと身体を疼かせてきた。
黒髪をぱさぱさとシーツに乱し、ザンザスは堅く目を閉じ半開きになった肉厚の唇から涎を零した。
―――…イイ。
どうしようもなく、気持ちが良い。
何を言われても、肉体の快楽には叶わない。
……あぁ、オレは。
オレはこのままディーノにやられつづけるのか…?
……いや、やられるならまだマシだ。
そうではなくて、自分から懇願して抱いてもらう…ような存在に、成り下がってしまうのか。
――もう、成り下がっているのか…?










「じゃあ、またな」
ディーノがドアを閉める音がした。
ザンザスはベッドに突っ伏したまま、その音を聞くともなく聞いた。
身体が怠く、ぬるい湯に浸かったように心地良く、全身が情事の余韻に浸っている。
脚を開いて、その中心、アナルをしとどに濡らし、白濁を内股に零したままで。
後始末をする気力もない。
黒髪は額に貼り付き、汗でしっとりと濡れた背中は、興奮で諸処の傷跡がじんじんと疼くようだった。
「ボス、入るぜぇ」
聞き慣れた声がした。
はっとして、ザンザスは閉じていた眸を開いた。
ドアが開く音がする。
居間にスクアーロが入ってくる足音がする。
コツコツとブーツの音がし、絨毯に吸い込まれて、寝室の扉の前に来た気配がする。
どうしようか、と、逡巡している姿が目に見えるようだった。
入ってはこないだろう。
スクアーロはザンザスとディーノが何をしているか、知っている。
きっと、ディーノが部屋にいる間、自室でじりじりしながら待機していたのだろう。
重い頭を上げて扉を眺め、ザンザスは唇を歪めて笑った。
コンコン…と遠慮がちな音がする。
「ボス、いるなら…」
「入ってこい」
台詞を遮って、枯れた喉を絞って声を出す。
扉の向こうで、はっとする気配があった。
全裸で身体のあちこちを体液で濡らしたまま、乱れた黒髪もそのままで暫く待つと、やがて扉が微かに音を立てて開かれた。
「……ボス…」
故意にスクアーロに見えるようにした身体を、スクアーロが一瞬凝視して、すぐに顔を背ける。
「フン………」
思った通りの反応だ。
分かってはいてもザンザスは、胸の奥になんとも表現しようのない苛立ちが湧き起こるのを感じた。
――そうか。
そんなにオレがイヤか。
こういうオレは嫌いか。
いや、嫌いなんていう感情が残ってれば、まだマシかもしれねぇ。
ただの軽蔑。
見たくもないものを見てしまったという不快感…。
そんなもんか…?
厭わしいんだろうな、テメェには、オレが。
テメェの理想のオレじゃなくて悪かったな。
こんなオレじゃ受け入れられねぇか…。
ハッ……ドカスのくせに…。
オレはテメェが抱いてくれねぇから、ディーノなんかに……
そこまで思って、ザンザスははっと我に返った。
スクアーロが顔を背けたまま寝室に入ってきて、ベッドの傍に着替えやらすぐに処理すべき書類やらを置いていく。
「ボス、これ見ておいてくれぇ…」
スクアーロは、言葉少なに用件だけ伝えると、すぐに去っていってしまった。
ザンザスの方を一度も見ようとしないまま。
長い銀髪がふわりと宙を舞って扉の向こうに消え、重厚な扉が閉まるのをザンザスは睨んだ。
オレはおかしい……。
ぞくっ、と、恐怖が胸を締め付けてくる。
このまま、どんどんおかしくなっていくのだろうか…。
肉体の欲求に負けて、男なら誰でも欲しくなっていって…。
人前でも平気で男と交わるようになったら……。
――自信が無かった。
脳裏を遠い記憶がよぎる。
冷たい雪の降る下町。
氷のような堅い石畳。
火の気のない部屋で一人ブツブツと、まるで聖書の文句のように同じ言葉を呟いていた母親。
焦点の合っていない瞳や、呪いのような言葉。
「お前はボンゴレ10代目…」
独り言のように永遠に呟き続ける母親の、凶器を孕んだ視線。
……ザンザスは、恐怖した。
自分にも、あの母親の血が流れている。
いつ、ああいう風に狂気が発動してもおかしくないのだ。
忌まわしい遺伝子が、引き継がれているのだから。
………怖い。
助けてくれ、スクアーロ……
いや、駄目だ。
ドカスには頼めねぇ。
自分でどうにかしなければ。
――でも、どうやって。
手段が分からなかった。
しかし、このまま肉体の欲求に負けて、心まで支配されたら、自分は母親と同じになってしまう。
それだけは嫌だった。
自分が今まで生きてきた全てが、消えていくようだった。
自分が自分として生きるには……狂気に負けるわけにはいかない。
己を苛む欲求に、負けるわけにはいかない。
どうしても…………なんとしても。
――でも、どうしたらいい。
このままでは確実に、自分は内部からの本能的な欲求に負けていく。
負けて浸食されて、自分が自分で無くなって、狂っていく。
最後には理性も羞恥心も知性も何もかも失って、ただの肉欲だけの、動物以下の存在になってしまう……。








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