◇懲罰-2-  5 








「……ん、どうした?やらねーの?」
それから数日後、ディーノがいつものようにヴァリアーにやってきた。
部屋に入ってくるなり、ザンザスを抱き締めてセックスに及ぼうとするのを、ザンザスは必死の思いで拒絶した。
これ以上、ディーノとこういう爛れた生活を送っていては自分が駄目になると思った。
自分が壊れる前に、なんとかしなくてはならない。
どうしたらいいのか、分からなかったが、ともかくもディーノからまずは自分の意志で離れなければ駄目だ。
ディーノとの情事が麻薬のように心地良く甘美なものであるからこそ、この関係は断ち切らなければならない。
でないと母のように…いづれは狂って、自分自身を破壊してしまう。
それだけならまだしも、恥をさらして性欲の塊のようになって生きていたら……生き恥を晒して、醜く性をを貪るだけの自分に成り果てていたら…。
そうならないように、今のうちに、まだ引き返せるうちに、なんとかしなくては。
これ以上無いほど堅い表情をして、ディーノを拒絶する。
「もう、やらねぇ。こういうのは終わりにする。テメェも来なくていい」
ディーノが不審な表情をし、それから琥珀色の瞳を眇め、肩を竦めて笑った。
「お前、男なしじゃ生きていけねー身体じゃねぇか。無理すんじゃねーよ?」
「うるせぇ…かっ消す…」
死にものぐるいで嗄れた声を絞り出す。
身体の反応と脳が相反する態度を取るよう命令してきて混乱する。
本当はそのままディーノに抱かれてしまいたい。
身体はいつもの爛れた快楽を隅から隅まで覚えていて、もうどうしようもなく疼いている。
ディーノが欲しくて欲しくてたまらない。眩暈がする。
身体がぶるぶると震え、頭に血が上って、倒れそうだった。
しかし、ここで肉体の誘惑に負けてはならなかった。
たとえ自分が壊れても……、もう、こういう事は終わりにしなければ。
ディ−ノの拘束から身体を強張らせて逃れ、視線を合わせずそのまま後退る。
思わぬ抵抗をされて気分を害したか、ディーノがはっと鼻を鳴らし、肩を竦めて乱暴にザンザスを離した。
「あーいいぜ。オレなしでどこまでやっていけるのか、見物だな。せいぜい頑張ってみろよ。その辺の誰彼構わず誘って腰振りまくって咥えてんじゃねーぞ?天下のボンゴレヴァリアー暗殺部隊のボスがだいなしだぜ?」
下品な捨て台詞を吐き捨てるように言うと、豪奢な金髪をさっと振って、ディーノはザンザスを一瞥し踵を返した。
バタン、と扉を乱暴に開けると、そのまま振り返りもせずに去っていく。
その後ろ姿をザンザスは眉間に深い皺を刻んで見つめた。









「あ、あぁ……っ」
はっとして目を開く。
暗い天蓋の天井が目に飛び込んでくる。
全身に汗をびっしょりと掻いていて、心臓が口から飛び出るほどに跳ねている。
厭らしい夢を見た。
誰とも分からぬ男に犯され、深く咥えこまされて、喜びに悶え狂っている夢。
嬌声を上げ、足を大きく広げて、もっともっとと言うように浅ましく強請っている自分。
ここの所毎日夢を見た。
いつも決まって、犯される夢だ。
犯されてよがって悦ぶ自分の夢。
誰の前でも、誰に対しても脚を広げ誘っては咥え込む夢。
狂った母が出てきた事もあった。
犯されている自分のそばでぶつぶつと同じ言葉を唱えてはあらぬ方向を見て笑う母。
乱れた黒髪や汚れたスカート。
『お前はボンゴレ九代目の息子』
「…違う、嘘をつくんじゃねぇっ」
「おい、また正気保ってるのかよ、もっと欲しいのか、この淫乱っ」
ディーノが笑う。
ディーノの部下が、何人もいっせいに襲ってくる。
口に、アナルに咥え込まされて、全身を硬直させてザンザスは喘いだ。
気持ち良くて死んでしまいそうだった。
「……くそっっ!」
はっと目が覚めれば、股間を濡らす感触に、気が狂いそうな程の自己嫌悪と、身体の奥底から死にそうな飢餓感が襲ってくる。
眠らなければいい。
仕事を入れて、入れて入れて、眠る時間など無いようにしてしまえばいい。
今まで部下に任せていた書類の点検なども自分でするようにした。
一日中パソコンに向かい、それから銃の訓練や、危険な任務に対するトレーニングと称して、自分の身体を極限まで痛めつけるようなハードな訓練をする。
身体をこれ以上、もう立てないほどに疲れさせて、……それでも眠れば淫夢を見た。
眠ってはいけない。
眠れば、狂う。オレがオレでなくなる。
ザンザスは恐懼した。









「ボス最近なんかふらふらしてるわねぇ、大丈夫かしら」
「大丈夫なわけないじゃん。どしたのあれ…。跳ね馬のせい?」
幹部たちもそんなザンザスを見て、彼の異変に気づかないはずがなKった。
「ねぇスクちゃん、どうなの……?あなた何か知ってるんじゃない?」
「……知らねぇ」
「跳ね馬が来なくなったのと関係あるのかしら…?」
「さぁな…」
「んもう、冷たいんだから。ボスが倒れたらどうするの?あなたしかボスを窘められる人いないのよ?」
ルッスーリアの言葉が背中に突き刺さる。
ある意味その通りだった。
ザンザスを止められるのは、自分しかいないかもしれない。
ディーノが来なくなった理由は分からないが、ザンザスが今どんな状況にあるか、それは分かっていた。
あの気位の高いザンザスが、ディーノの前でどんな痴態を晒し嬌声を上げているのか……考えただけで気が狂いそうになる。
しかし自分にはどうする事も出来ない。
ザンザスを抱きたい、欲しいと心の底から渇望していても、スクアーロにはそれは、もししてしまったら取り返しのつかない事態を引き起こしそうで怖かった。
自分が8年間もザンザスを待っていたのは、そんな汚れた関係に自分たちを貶めるためでは無い。
そんな関係になってしまったら、自分が歯を食いしばって待っていた8年間が全て無意味になり、しいてはこの左手を落とした事さえ、無駄な事のように思えてしまいそうだった。
怖かった。
かと言って、ザンザスをこのままにもしておけない。
彼が何を思ってディーノを遠ざけたのかは分からないが、そうした事で、ザンザスは今自我崩壊の危機に陥っている。
……どうしたらいいのか。
ザンザスが一度自分を襲った時の事を思い出す。
抱いてやればいいんだ。
ただそれだけの事なのに、それがどうしてもできない。
いや、身体はザンザスを欲している。
勿論心だって欲している。
彼をこの腕に抱いて、熱い体内へ入ることができたら、天国よりも天国だろう。
しかし、できない……。
ではザンザスがこのまま壊れていくのを見てるしかないのか?
いや、それの方がもっと駄目だ。
たとえ自分が壊れても、死んでも、ザンザスだけは助けたい。
それがスクアーロの嘘偽りのない本心ではあった。








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