「ねースクアーロ……スクちゃん…?」
午後の談話室。
ヴァリアーの幹部が集う其処は、オフの幹部たちの憩いの場、もといごろ寝の場と化している。
スクアーロも今朝方までの任務が無事終了し、久しぶりに数日休みがもらえて、何をするか、と考えながらもとりあえずごろごろしていた。
今回の任務は、他ファミリーの関係する麻薬取引の現場を偵察し、秘密裏に仲間割れを起こさせて取引を中止させるというものだった。
ヴァリアーが関係していると知られては困るので極秘に、身を隠しての任務である。
窮屈なそれを終えて(できたらスクアーロは豪快に剣を振るう任務がしたかった)、さっさと報告書をまとめてザンザスに提出。
汚れた隊服はヴァリアー内の専門のクリーニング業者に渡してしまえば一休みだ。
という訳で、些かだらしのないTシャツにジーンズといった軽装で、スクアーロはソファに寝転んでいた。
昼飯はルッスーリアの作ってくれたトマトのパスタを食べた。
美味いエスプレッソも煎れて貰って結構ご機嫌である。
「なんだぁ…?」
なので、ルッスーリアがうるさく話しかけてきても素っ気なくあしらうと言う事もなく、スクアーロは閉じていた目を開けて、額にかかってきた長い銀髪を払うとルッスーリアを見上げた。
指輪戦から約2年。
ヴァリアーもすっかり元の体勢に戻り、自分たちの仕事も増えた。
スクアーロの怪我もすっかり治り、たまには痛むとは言え特に後遺症もない。
今や9代目直属の機関として前よりも仕事が増えて、充実していると言ってもいいかもしれない。
前のように暗殺だけという事はなく、要人警護や偵察、警備などが増えているという点が面倒くさいが。
まぁ、できたらもっと派手に暴れさせてもらいたい所だ。
「あのねぇ、武ちゃんから連絡があって、もうすぐこっちに着くってよ?」
ルッスーリアが香ばしい香りのエスプレッソを入れたカップを持ってきながら、スクアーロに話しかけてきた。
ソファにだらしなく寝転んでいたスクアーロは、ルッスーリアの言葉を聞いて眉をぐっと寄せるといきなり起き上がった。
「まぁっ、って急にびっくりさせないでよ。コーヒー零す所だったわぁ…」
「まぁッ、じゃねぇ……おいルッス……今なんて言った?」
「えっ? だから、もうすぐ着くって…」
「誰がだぁ?」
「武ちゃんよぉ…?」
しなをつくって話しかけてくるルッスーリアをスクアーロはぎろりと睨んだ。
「ゔお゙ぉい、なんだその呼び方はぁッ!気色悪いぜぇ!」
「ええ、なんでー?武ちゃんは武ちゃんでしょぉ?すっかり大人びて、ますます格好良くなったわよねぇ?」
ルッスーリアが更にしなを作って笑い掛けてくる。
背中がぞわぞわとして、スクアーロはコーヒーカップを手に持ったまま立ち上がった。
「あらどこに行くの?ねぇ、あたしが武ちゃんから連絡直接受けたからご機嫌斜めなのぉ?」
「…用事思い出した。コーヒーもらってくぜぇ!」
ルッスーリアの言葉には構わず、大股にどたどたと談話室を後にし、上階の東の外れにある自室へと向かう。
重厚な扉をばたん、と乱暴に開け閉めして自室へ入ると、スクアーロはカップをどん、とテーブルの上に置いた。
(武ちゃんだとぉ……?)
山本がイタリアに来るのは、前々から連絡があってスクアーロも知っていた。
そのためにわざわざ数日休みを取ったのだ。
だからスクアーロも楽しみにしていたのだが……。
機嫌が悪くなった原因は、ルッスーリアが山本の連絡を直接受けた事ではなかった。
そうではない。
呼び方だ。
名前の。
(……武だと…)
山本の下の名前が武なのは勿論スクアーロだって知っている。
名前ぐらいすぐに覚えた。
もっともきちんと名前(名字)を呼んでやったのは指輪戦から数ヶ月経ってからだが。
山本と一番仲が良いと自負している自分でさえ、山本のことは山本呼びだ。
というのに、ルッスーリアが武、と呼んだ…。
――いや、……別にどうという事はないのだが。
イタリアでは、相手のことは下の名前で呼ぶのが普通だし、そう考えれば、山本のことだって最初から武と呼ぶヤツがいてもおかしくはないのだ。
が……。
それはそうと分かっていても、スクアーロは面白くなかった。
オレの山本が……
そう、…スクアーロにとって、山本は「オレの山本」なのだ。
誰にも言ってない。
勿論山本にも言ってないし、秘密にしているが、でも「オレの」だ。
なぜなら、この自分を初めて正々堂々と倒した相手だから、というのもあるし、山本がスクアーロを慕ってくれてるというのもある。
とにかく、気に入ったから「オレの」なのだ。
山本に関しては、自分をさしおいて近づこうとか、許さねぇ、という気持ちがある。
山本が仲良くするのはまず自分なのであって、自分を差し置いて他の奴らが山本と仲良くするとか、気分が悪い。
そのオレの可愛い山本の大切な下の名前を、他のヤツに最初に呼ばれた……。
不愉快だ。
むかむかする。
「よっ、スクアーロ!」
突如元気の良い聞き覚えのある声が背後から降ってきて、スクアーロはぎょっとした。
掴んでいたコーヒーカップを落としそうになって慌ててテーブルに置くと、振り返る。
「……山本…」
そこにはたった今頭の中で考えていた人物が立っていた。
大きなバッグを背中にしょって、今し方着いたばかり、というようにそのバッグを背中から降ろす。
「ルッスーリアに入れてもらったんだ。なんか考え事してた?」
「……いや…」
スクアーロは、いかに考え事をしていたとはいえ、相手が扉を空けて入ってくるまで気がつかなかった自分にも愕然としていた。
これでは暗殺者形無しではないか。
(このオレとしたことが……)
……という失態に狼狽していた事もあったが、それよりも……。
「ん?どうした?また会えて嬉しいのなー」
にこにこして近寄ってくる山本をスクアーロはじっと睨んだ。
「そうかよ……」
なんとなく面白くない。
ニコニコしているのが更に面白くない。
ルッスーリアに良くしてもらって機嫌がいいんじゃないのか、こいつは。
オレなんかじゃなくても、別に誰でもいいんじゃねぇか?
オレより他のヤツに名前呼ばせてるぐらいだしな。
などと考え始めると、ますます不機嫌になってきた。
「ん、なんか機嫌悪い…?」
間近でスクアーロの表情を眺めて山本が首を傾げた。
「どうしたんだ?」
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